出会い ?
Aの短い観察が終わり次のBの観察まで時間が空いてしまった。
バートン医師はわたしが患者らと話をしている間は別の作業に取り組むらしくなにか用があれば奥様である看護長に声を掛けるようにと指示されていた、が。
「どこにもいない…」
施設内を歩き回ってみるものの看護長に会うことは出来なかった。
無闇やたらに動き回ると迷子になってしまいそう…。最初に案内された時に感じたもしもが今まさに有言実行されそう。
辺りを見まわしながら歩くとふと緑が目に入る。
「ここは…中庭?」
四方を白い壁に囲まれた中にぽっかりと空いた空間。その中には色とりどり花々が植えられており、無機質な空間の中で大げさだが、ここに来てから忘れていた生命力すら感じられる。
「綺麗…」
看護長が世話をしているのだろうか。
スイートピーにフリージア。優しく搖れるヒメヒマワリ。奥にはキキョウもポインセチアもある。
色とりどりに静かに逞しく根を張っているそれらは見惚れるものがあった。
「あそこにいるのは…看護長?」
搖れる花々の中に見える姿。
その姿は施設に来た時に挨拶した看護長ではどうやらないらしい。
日の光に透ける肩まで伸びた薄いブロンド。水差しを持つ姿は今にも消えそうな程細く繊細に見える。
こちらの視線に気づいたのか彼女はゆっくりとこちらに視線をやる。
目が合うときょとんとしていた顔は微笑みを浮かべた。
「はじめまして、新しいお医者様ですか?」
優しい声が花たちのそよぐ音共に聞こえる。
「ええ…。はじめまして。シャルルと言います」
彼女も患者の一人なのだろうか。
彼女は二十代…わたしとそう歳が変わらないようにも見える。
まだ会えていない三人の中の誰かなのだろうか。
落ち着いた様子でこちらを見る彼女にも異常性は見られない。淑女としての振る舞いすら感じられる程だ。
名を名乗ると彼女は小さく復唱する。覚えるように…どこかの記憶を思い出すかのようにも見える。
「シャルルさん…でよろしいかしら。どこかお探しですか?」
ニコッとこちらに微笑む彼女はどこか人形味すら感じられる。
失礼だ、と感じつつもどこか違和感のある笑顔だった。
「ええ、その、迷ってしまって」
何とも情けないが認めざるを得ない。
これ以上動くと本当に迷子になってしまう。そんな不名誉なことはごめんだ。
正直に言うと彼女はふふふっと笑う。口元を押さえる細い手は血が通っていないのではと疑う程白くよく見ればそれは顔色にも見受けられた。
生気が感じられない姿だったが対照的に彼女の表情はニコニコと温かみのある微笑みが浮かんでいた。
「そちらの廊下をまっすぐ行けばBの部屋です。時間も迫っているのでは?」
そちら、と示された廊下はわたしが向かっていた方面と真逆。
どうやら真逆に目的のBの部屋から自分で遠ざかってしまっていたらしい。
腕時計を確認するといつの間にか次のBの観察時間まで十分を切っていた。
冷や汗が垂れる。自分だけでは絶対に間に合わなかった。
「ありがとうございます!大したお礼もできませんがもう行かないと!」
彼女はそれにまたふふ、と微笑む。
「とんでもありません。足元にはお気をつけて。お医者様」
軽く頭を下げ、Bの部屋へと続く廊下を早歩きで歩く。
あまり足音は立てないように。けれど少しでも早く…。
ふと気づく違和感。
わたしは彼女に行き先を伝えただろうか?