尋問 A
与えらえれた自室と同じ家具の配置と少し広めのベッド。
白く無機質な室内はぴっちりと閉じられたカーテンによって薄暗くかろうじて見える少女はどう見ても幼くか弱 い存在であった。
一歩こちらが足を進めると少女はビクッと体を震わせぬいぐるみを抱く腕を強張らせた。
「はじめまして、わたしは新しく赴任した医者です。貴方とお話しがしたい」
少女の目がちらりとこちらを見たがそれはほんの一瞬。すぐに右手の窓の向こうを見てしまった。
無理もない。これまでの生活環境とは大きく異なるであろう場所。満足に自由を得ることの出来ない生活。おまけに知らない大人。幼い子供が恐怖心を抱くには十分すぎる。
これ以上踏み込むのは止めだ。
反射でそう感じた。
余程のことがない限り三年という期間をここで過ごすことになる。現時点で危険性の無い彼女に不必要に警戒さ せるのは得策ではない。
すべきことはきっと…。
「わたしはシャルル。医師だというのは…。嘘。貴方達の観察に来ました」
秘密を打ち明けて信頼を勝ち取る。人の心、特に子供の感じ取る力は凄まじいもので下手に嘘をつけば逆に不信 感を抱かれる。そう考えた末に馬鹿正直に目的を伝えることにした。
「急にこんなこと言ってごめんなさい。今日はもう帰るわ。けれどここでお話ししたことはバートン医師には言 わない。絶対に」
幸いにも廊下にバートン医師の気配は無かった。精神科医ということもあってか患者のプライバシーを律儀に守 ってくれるらしい。まさかその律儀な医師としての素質がここで活きるなんて思ってもみなかったが。
Aの反応は無かった。
当然だ。急に押し掛けた知らない大人に観察対象と言われる始末。彼女の精神状態に悪影響を与えたかもしれないが嘘をつきたくない。
反応の無いAに背を向け扉を開けようとドアノブに手を掛けた時
「お姉さん、明日も来る…?」
か細い声が聞こえた。
「貴方が拒否しなければ」
毎日実施せよ、との指示ではあるものの被疑者自身が拒否すればその限りでは無い。
無理やりに実施したことによって二時犯罪や精神不調の悪化に繋がるのであれば引くのが得策だ。
何よりAは幼い。幼児に無理を強いたくないというのが本音だった。
少しの沈黙の後また声が聞こえた。
「明日もお話します…。だからまた来てください…」
消えてしまいそうな程か細い声ではあったが確かに聞こえた。
「わかりました。明日もお話しましょう。また明日」
扉を閉める前の一瞬で見えたAの顔は少し怯えているものの警戒心は無かった。
カーテンから覗く隙間から入った光でうっすら見えた口元少しだけ微笑んでいた。
きっと彼女が抱く不信感は少しは取り除けたのだろう。それが感じ取れただけでも大きな成果だと思う。
扉を閉じるのと同時にふと経過レポートの存在を思い出す。
四名の被疑者の経過観察終了後は観察結果や当人らの状況をレポートに起こしてくれと頼まれた。
それらは犯人の確定にはもちろん、彼女らの更生処置時の資料とするのだと言われた。
記録として残すのが妥当というのはわかっているが実際に作成すると彼女らの人間性はそこには存在しないのだ ということを思い知らされる。
一人の人間ではない、まるで成長まで全てを監視されるモルモットのようだと感じてしまう。
その監視員こそが自分であるのだ。当然いい気はしない。まだほんの小さな子供相手となると余計だ。
時が経つのを待つしかないということはわかっているものの気持ちは滅入ってしまう。
それはこの人里離れた環境に影響されているのだろうか。
見渡す限り真っ白な廊下に虚無感すら覚えた。
観察1日目 観察対象:A
警戒心が強く対話は不可。
体調等に目立った異変は見られない。今後も観察を継続。