二つ名認定人のバードさん
連載用に考えていた話。
「初めまして。二つ名認定人ギルドからまいりました、ヨシュアと申します」
そう言って冒険者ギルドのロビーに現れた認定人は、まだ少年というべき年齢の若者だった。銀髪銀目の細身の優男。若草色の旅装を身に纏い、背にはリュート、腰には細剣を差した吟遊詩人風のいで立ちをしている。
依頼人の戦士ロンドは認定人の風貌に顔を顰め、思わず疑念の言葉を漏らした。
「若いな……俺は一級認定人を頼んだはずだが、間違いないか?」
疑われることは予想の範疇だったのだろう。ヨシュアはポーチから自身の資格証を取り出しロンドの前に提示。ロンドとそのパーティーメンバーは、特殊な金属プレートで出来た手のひらサイズのそれを覗き込んだ。
「うわっ! 特級二つ名認定人!?」
「それだけじゃない。吟遊詩人一級に、冒険者資格もBランク……儂らと変わらんじゃないか」
「いや、それより十六歳? まだ子供じゃない」
仲間たちが口々に驚きの声を発する。しかしロンドは眉間の皺を深くし、困ったような表情で確認した。
「……特級分の料金は支払えないぞ?」
「勿論です。私が派遣されたのはあくまでギルド都合ですから。それに特級なんていっても所詮名誉資格です。できることは一級と変わりありませんよ」
そこまで聞いてようやくロンドは表情を緩め、笑みをこぼした。
「分かった。こちらとしても足手纏いを気にしなくていいのは助かる」
「……念のため申し上げておきますが、私は自衛を最優先としますので、戦力としてはあまり期待しないでくださいね?」
「分かってるさ」
本当に分かっているのかいないのか、ロンドは軽い調子で頷くと、ヨシュアとパーティーメンバーを連れて今回のクエストの打ち合わせのために借りていたギルドの小会議室に向かう。
小会議室は中央に円卓が置かれただけの簡素なもので、彼らは輪になって席につく。
認定人であるヨシュアから時計回りに、依頼人である戦士ロンド、そしてロンドの従者であり僧侶のライラ、ドワーフの聖騎士ガーヴィー、弓使いの少女リアナ、ノームで精霊遣いのクライス。
ドワーフのガーヴィーとノームのクライスの年齢は分かりにくいが、全体的に若く──ヨシュアの方が更に若いが──女性であるライラとリアナはまだ二〇歳にも届いているかどうか。
「それでは先に今回の依頼について確認させてください」
簡単に自己紹介を行うと、ヨシュアは事務的にそう切り出した。
「今回の二つ名認定はあくまでロンド様個人に関するものであり、他のメンバーやパーティーそのものの二つ名の認定は含んでおりません。ただしロンド様の査定中、他のメンバーに二つ名の資格が発生した場合、三か月以内に認定費用をお支払いいただければその方も二つ名を認定することが可能です」
そこで言葉を区切ってロンドたちの反応をうかがうが、特に質問などはない。
「二つ名の認定は確認資料を元に過去の実績を精査して行うことも可能ですが、その場合は第三者の不正介入の可能性を排除するため審査はとても厳しくなります。そのため、今回は認定人である私が直接クエストに同行し、実績を確認させていただく方式でと伺っております。認定費用は一度のクエストに付き金貨一〇〇枚。認定にかかる拘束期間は最長一週間とさせていただき、一日延びるごとに金貨二〇枚の追加料金が発生します」
ヨシュアの説明に、ノームのクライスが手を挙げて確認する。
「拘束期間は認定審査を終えるまででいいのかな? それとも無事に街に帰還するまで?」
「前者で問題ありませんよ。ただその場合、一週間が経過した時点で私は一人で帰らせていただきますが」
暗にどんな状況からでもソロで帰還する手段を持っていることを匂わせるヨシュアに、クライスは『こりゃ相当な手練れだ』とヨシュアの評価を上方修正した。
「説明を続けます。二つ名に関してはあくまで実績に基づいたものしか認定することはできません。どれほどお金を積まれても、実態にそぐわない二つ名を付与することはできませんので、予めご了承ください」
「あれ~? お金を積んでいい認定人に頼んだら、いい二つ名をつけてもらえるんじゃないの?」
赤髪のリアナがキョトンと首を傾げる。
「それは正確ではありませんね。正しくは認定人の資格によって、付与できる二つ名に制限があるということです。例えば『●●の剣聖』という二つ名を認定するとして、それを見極める目を持たない者に是非を判断することはできないでしょう? 高位の二つ名を認定するには、相応の資格を持った認定人があたらなければならない、という話です」
「あ~。一文字いくらとかじゃないんだね~」
あまり二つ名について詳しくないらしいリアナが納得したところで、ヨシュアは依頼人であるロンドに向き直る。
「一級の二つ名認定費用は極めて高額ですし、その費用に見合った二つ名が得られるとは限りません。今回、費用は前払いとさせていただきますが、本当に宜しいですか?」
最終確認。金貨一枚は一人前の職人の日当に相当し、今回の費用金貨一〇〇枚は極めて高価だ。後払いにした結果、望んでいた二つ名が得られなかったからと費用の支払いをごねるケースは少なくない。
だがロンドは全てわかっていると、力強く頷きを返した。
「大丈夫だ。これは俺が名を売るために必要なことだからな。今更金を惜しむような真似はしない」
そう言って彼は円卓の上にドシリと重みのある布袋を置く。ヨシュアは視線で断りを入れると袋の口紐を開け、金貨の枚数をその場で確認した。
数えながら、ヨシュアは事前に目を通していた依頼人ロンドの資料を頭の中に思い浮かべる。
ロンド・アナベル。家を継げなかった下級貴族の三男坊で年齢は二十五歳。一時は騎士団で従騎士として働いていたが、実家が関わる貴族の政争に巻き込まれいつまで経っても正騎士叙任を受けられず、不遇をかこい六年前に冒険者となった。
たった六年でBランク昇格は冒険者としては十分な成功と言えるが、それはあくまで冒険者というゴロツキの中での話だ。実家やかつての同僚を見返すため、分かりやすく二つ名という形で名誉を求めたのだろうと、ヨシュアは今回の依頼の意図を予想した。
「……確かに。それではクエストにはいつ出立しますか? 私はいつでも構いませんが」
「俺たちも準備はできてる。一時間後、ギルド前に再集合して出発でどうかな?」
「結構です」
頷き、そしてヨシュアは肝心のことを確認した。
「それで、今回のクエストの目的は?」
ロンドは仲間たちと顔を見合わせた後、大きく頷き、宣言する。
「ドラゴン退治さ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者や傭兵は命懸けの仕事だ。騎士や軍属であればその危険や働きに見合った報酬や待遇を得ることが出来るが、立場の弱い冒険者たちは中々そうもいかない。
英雄的な功績を挙げた一部の例外を除き、彼らの多くは世間からまともな職に就けないゴロツキと思われ、冷ややかな目で見られているのが実態だ。その仕事がどれだけ人を救い社会に貢献しようとも、そうした事情はほとんど世間には伝わらない。
だからこそ、そうした境遇を不満に思い、実利よりも名声を求める冒険者というのは実のところとても多い。
そんな彼らが求める名声の最たるものこそが二つ名だった。
二つ名はその存在の功績や在り方を分かりやすく表現するツールだ。
【蒼の剣聖】【魔神殺し】【天槍】【至高神の鬼女】──二つ名と共に英雄として称えられ、時を超えて人々に語り継がれる冒険者たち。
冒険者ならずとも、子供心にそうした英雄を夢見た者は少なくないだろう。
だがいくら立派な二つ名を名乗ろうと、それを世間に認めて貰えなければ意味がない。
かつては吟遊詩人たちに金を握らせ、自分たちに都合の良いサーガを語らせ、勝手な二つ名を名乗る者たちが多くいたが、しかしそんなことを続けていれば二つ名──ひいては英雄と呼ばれる存在そのものの信憑性が失われてしまう。
そこで吟遊詩人たちは二つ名の認定に特化したギルドを設立し、二つ名の存在に権威による裏付けと信憑性を持たせることにした。
それこそが二つ名認定人ギルド。
あらゆる偉業と技能の真偽を見抜く目を持った精鋭だけが所属することを許されたエリート集団である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──グギャァァァァァァッ!!?
大きな断末魔と共に、体長二〇メートルはあろう紅い鱗の竜種が地面に崩れ落ちる。
『…………』
竜種との激闘を繰り広げたロンドたちはボロボロになりながら、しかし油断することなく動かなくなったその巨体を睨みつけた。
十秒、二十秒……そして一分。
たっぷりそれだけの時間が経ってから、ようやくロンドたちの目に『本当に倒せたのか……?』という疑念混じりの期待の光が宿る。それから未だ半信半疑の表情で仲間同士顔を見合わせ、それが夢や幻でなく現実であることを視線で確認し合う。
「やった……?」
最初に声を発したのは弓使いのリアナ。それが引き金となり、興奮が瞬く間にパーティー全員に伝播した。
「うおぉぉぉっ!? やった、やったぞ!!」
「凄いですロンド様!!」
「うわわ? この素材だけで幾らになるかなぁ!?」
「ぐはははは! こんな時ぐらい金勘定は忘れんか、陰気なノームめ!」
「やったー! やたやたー!!」
竜種の遺体を前に歓喜の声を上げ、互いに抱きしめ合い、ハイタッチを交わすロンドたち一行。
全員、竜種のブレスや爪牙による猛攻を受けて無傷とはいかないが、死者はなく五体満足。十分な下調べを行い、万全の準備と対策を整えた上でのこととは言え、紛れもない大勝利だった。
「…………」
そんなロンドたちの様子を、少し離れた場所から見守っていたヨシュアも満足そうにうんうんと頷く。
いざとなれば助けに入るつもりだったが、そうしてしまうと二つ名の認定に支障が出てしまう。無事に彼らだけで竜種の討伐に成功したことは、認定人であるヨシュアにとっても喜ばしい出来事だった。
「おめでとうございます、皆さん」
称賛の言葉と共に彼らに近づく。ヨシュアの姿を認めたロンドは、ニカリと笑みを浮かべてそれを迎えた。
「おお、見ててくれたか? これで俺も『竜殺し』だ。【邪龍狩り】みたいなカッコいい二つ名頼むぜ!」
その言葉にヨシュアはピクリとも動かない、赤い竜種の死体に視線をやり、
「ええ。若竜とは言え、竜種は竜種。正式な『竜殺し』を名乗ることはできませんが、『若竜殺し』か『亜竜殺し』系統の二つ名であれば十分認定可能な偉業です」
『────』
ヨシュアの言葉にロンドを始めとした一同がピタリと騒ぐのを止めて静止した。
ギギギ、と人形のような動きで首を回し、ロンドが口を開く。
「……『竜殺し』を、名乗れない?」
「いえ。名乗れないというか、倒した竜種が成竜でないことを示す単語を付与する必要があるというだけ──」
「何でだ!? ドラゴンはドラゴンだろ!? そんなケチつけるようなこと言わなくていいじゃないか!!?」
ロンドだけでなく他のメンバーも責めるような視線を向ける──が、ヨシュアは動じることなく淡々と理由を説明した。
「いえ。それを認めてしまうと若竜どころか幼竜やワーム、ワイバーンを倒して『竜殺し』を名乗る輩が現れかねないので、二つ名のブランド価値を維持するためにも線引きは必要です」
「ぐ……!」
その正論にロンドは呻き声を上げて怯む。だがすぐに気を取り直して反論。
「だ、だけどそれはあまりに杓子定規過ぎやしないか……? 俺たちが倒したのは確かに成竜じゃないかもしれないけど、世間的には立派な竜だ。竜騎士が乗騎にしてる幼竜やワイバーンとはわけが違う。少しぐらい手心を加えてくれても──」
「駄目です」
ロンドの言い分は同情の余地こそあったが、ヨシュアは容赦なく切り捨てた。
「そもそも『竜殺し』というのは常人には実現不可能な偉業です。それを成し遂げたからこその二つ名なんです」
「それは分かって──」
「いいえ。分かっていません」
ヨシュアは言葉を区切り、その場にいた者たちの顔を見渡して、言い聞かせるように続けた。
「皆さんのような一流の冒険者が万全の準備を整えて挑めば、リスクは有れど若竜は十分に討伐可能な魔物です。ですが成竜以上は全く次元が異なる。あれは人類最高峰の素質を持ち己を極限まで鍛え上げた英雄が最高の装備に身を固めて挑んでなお限りなく勝ち目の薄い怪物ですからね。本来『竜殺し』とはその不可能を可能にした超人にのみ許された称号。頑張ったからで認めていいようなモノではないんですよ」
『…………』
正論を突きつけられ押し黙る一行。
確かに公式に『竜殺し』を名乗っているのはその時代に一人か二人もいない本物の英雄だけだ。自分たちがその域に達していないと言われれば反論のしようがない。
「でも……そういうことなら事前に一言教えてくれても良かったんじゃない?」
リアナが唇を尖らせて文句を言う。それにヨシュアは苦笑して肩を竦めた。
「事前にどのクラスのドラゴンに挑むかまでは聞いていませんでしたから。それに皆さんが言ったようにドラゴンはドラゴン。討伐できれば成竜でなくとも一般的には十分な偉業です。まさか私の方から『若竜じゃあ正式な竜殺しを名乗れないから、成竜に挑め』とは言えないでしょう?」
それは「死ね」と言っているのと同義だ。
「それは、まぁ……」
「それにこの討伐自体は間違いなく大成功です。ドラゴンの素材を売却するだけでも認定費用含め事前準備のための費用を差し引いても大幅な黒字でしょうし、冒険者ギルドの査定もかなり上がるはずですよ」
「確かに。あと二つ三つ大きな仕事をこなせばAランク昇格もあるかもしれないねぇ」
「二つ名にしたって、直接的に『若竜殺し』なんてカッコ悪いものをつけるわけじゃありません。分かる人には正式な竜殺しじゃないことが分かるってだけですよ。前例で言えば【抉竜剣】とかですね」
その二つ名を聞いてその場に『意外と悪くないな』といった空気が流れる。それを見てヨシュアは頷きを一つ。
「ご理解いただけたようですね。それではロンド様の二つ名に関しては街への帰還後、こちらからいくつか候補を提示させていただき、その中から選択していただく形と──」
「いや、まだだ!!」
しかし、その言葉を只一人納得していなかったロンド本人が遮る。
「そんな半端な二つ名じゃ、通用するのは精々冒険者界隈だけだ! それじゃあんたに依頼した意味がない!」
「ロンド様……」
実家から彼に付き従ってきた従者のライラが気遣わしげに制止しようとするのを無視して、ロンドは続けた。
「依頼続行だ! 追加費用は払う! 竜が駄目なら他の大物を倒してやる!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
竜の代わりといってもそんな大物がそう簡単に──まぁ、見つかるのだ。
この大陸では人類の支配領域は全体のおよそ六割ほど。残る四割は竜種を始めとした魔物や蛮族などが支配している。つまり、その支配領域を外れれば大物を見つけることはそう難しくない。
当然、そうした大物の中には先に述べた成竜のような超人でなければ手も足も出ない怪物も多くいるが、それほどでもないほどほどの大物も探せばいる。
「『竜殺し』以外で箔をつけると言えば、やっぱり『巨人殺し』だろう!!」
巨人──古の神の末裔とも言われている彼らは竜に並ぶこの世界の支配者の一角。最上位種である嵐巨人あたりは成竜どころか古代竜に匹敵する戦闘力を秘めている。
広義ではオーガやトロルも巨人に分類されるが、討伐により『巨人殺し』の二つ名が認められるのは平均体長5メートル以上の本物の巨人種のみ。
ただ巨人は強敵ではあるが弱点も多く、成竜に比べれば圧倒的に狩りやすいため、冒険者の間では『竜殺し』に次いで人気のある二つ名だった。
──ガァァァァァッ!!!
冗長になるので描写は省くが、来た見た勝った。ロンドたちは見事、冷気を纏った霜巨人の撃破に成功した。
しかし──
「討伐成功おめでとうございます。リアナ様とクライス様は『巨人殺し』系統の二つ名を認定する資格を獲得しました。二つ名認定を希望される場合は、期間内に費用のお支払いを頂ければ対応いたします。もし具体的な二つ名の候補を先に確認したい場合、手付金として金貨一枚を──」
「何でだぁぁぁぁぁぁっ!!?」
霜巨人の死体を前に淡々と説明するヨシュアに『巨人殺し』の候補から漏れたロンドが頭を抱えて絶叫する。
「何でその二人だけなんだよ!? 一緒に討伐したんだから俺が認められないのはおかしいだろ!!?」
それに関しては認められた側であるリアナたちも困惑していたが、ヨシュアの説明はにべもなかった。
「いやだって、巨人にマトモにダメージを与えられてたのはその二人だけじゃないですか。流石に有効打ゼロで認定するのは無理がありますよ」
霜巨人は10メートル近い巨体で、かつその肉体は常に強烈な冷気を纏っていた。
近接武器では碌に急所まで届かないし、近づけば冷気の影響で動きが大幅に制限される。さらに足元を狙おうにも、今回の個体はそれなりの知性を有していたようで、分厚い革を足に巻き付けしっかりガードしていた。
そのためこの戦いでロンドたち前衛は霜巨人に対し足止め以上のことができておらず、遠距離攻撃役である弓使いのリアナと精霊遣いのクライスが主にダメージを稼いでいた。
「い、いや……それはそうかもしれないけど、戦いってのはダメージを与えることが全てじゃないだろ? タンクやサポーターの存在があったからこそこの巨人も倒せたわけで──」
「勿論、戦いにおけるタンクやサポーターの重要性を否定するつもりはありませんが、それと二つ名の認定基準は別問題です。少なくとも巨人に対し碌に有効打を与える能力を持たない者を『巨人殺し』と呼ぶのは語弊があるでしょう。それを言い出したら戦いに参加していただけの荷物持ちだって認めなくてはならなくなってしまいます」
「ぐぅ……」
「というかロンド様はアタッカーですし、言うほどタンクやサポーターの役割も果たせてなかったじゃないですか」
「…………」
あっさりと言い負かされて、ロンドが力なくその場に項垂れる。
ライラとガーヴィーは気つかわしげに彼を見詰めるが、リアナとクライスは『二つ名どうしよっか?』とやや頬を紅潮させ上の空だ。
「まぁ、今回は縁がなかったという──」
「まだだ!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俗に言うカッコいい二つ名の代表例と言えば“聖”の文字が使われた聖人系統の二つ名である(剣聖などはまた別系統)。
これは高位のアンデッド──死霊王や成体以上の吸血鬼を討伐することが認定条件の一つとされており──
「討伐成功おめでとうございます。ライラ様とガーヴィー様は『聖人』系統の二つ名を認定する資格を獲得し──」
「だから何でだぁぁぁぁっ!!?」
ロンドの絶叫が木霊する。
古城に巣食っていた吸血鬼を討伐したロンド一行だったが、しかしヨシュアの答えは素っ気なかった。
「……聖人系統の二つ名なのに、聖なるオーラも神聖魔法も使えない人間に認められるわけないじゃないですか」
「くぅっ、正論を!? だ、だけど偉い人も言ってただろ? 勇者の剣を持っているから勇者なんじゃない! 勇者の剣なんてなくても魔王を倒して世界に平和をもたらせば──」
「どこの偉い人か知りませんけど、吸血鬼にダメージを与えてたのはロンド様の剣ではなく付与された聖なるオーラなので、平和をもたらしたのはロンド様ではありませんね」
「ぐふっ!?」
胸を押さえて崩れ落ちるロンド。これまで慰めに入っていたライラも今回は「これで私も聖女……!?」と興奮していてそれどころではない。
このままでは収集がつかないなと判断したヨシュアは、残酷な事実をロンドに告げる。
「…………はぁ。ぶっちゃけ『竜殺し』に匹敵するメジャーな二つ名で、ロンド様が今すぐ取得可能なものは存在しません。今回は『若竜殺し』系統で一旦収めていただいて──」
「まだだ!!!」
「…………」
『こいつ“まだだ”って言えば何でもありだと勘違いしてないか?』と内心ウンザリしているヨシュアに、ロンドはしぶとく言い縋った。
「討伐系がだめなら、『剣聖』とか『天剣』とかはどうなんだ!? あれは別に特定の魔物の名前が入ってるわけじゃないし──」
「達人系の二つ名はもっとハードルが高いですよ。該当する既存の二つ名の持ち主を正式な立ち合いで倒すか、特定流派で皆伝を認められるか、国家レベルの武術大会で優勝するか……まぁ、ロンド様には改めて説明しなくとも分かるでしょうが、どれも冒険者なんて門前払いです。最低限正騎士資格ぐらいは持ってないと、技量を試してもらうこともできませんよ」
「うぅ……!」
貴族だからと言って高位の二つ名が認められるわけではないが、身分や立場がなければ箸にも棒にもかからないケースは当然に存在する。
特にその分野で“達人”と認められるには権威による裏付けが必要不可欠。どんなに腕が立っても片田舎の剣術道場の師範が剣聖を名乗れたりはしないのだ。
それを抜きにしてもヨシュアの見たところ、ロンドの技量は一流と呼べるものではあっても、そうした達人系の二つ名が認められる超一流の域には達していない。
ハッキリ言えば実力不足──そのことをどう傷つけないよう本人に伝えようか迷っていると、ロンドは思い出したように顔を上げて口を開いた。
「──そうだ!! 昔会った傭兵団の団長が【朱の戦鬼】って二つ名を名乗ってたぞ!? そういう『戦鬼』とか『剣鬼』とかの二つ名なら俺でも行けるんじゃないか!?」
「…………」
そう来たか、とヨシュアは眉をひそめた。
これに関しては慎重に話を進めなければ取り返しのつかないことになりかねない。
「……確かに、鬼人系統の二つ名は誰でも挑戦可能ですし、特殊な魔物を討伐しなければならないというわけでもありません」
「おお!!」
「落ち着いてください。ただ鬼人系統はある意味、他のあらゆる系統の二つ名よりも取得条件は厳しい」
「ぐ、具体的には……?」
「……三日三晩の間に、ソロで千体以上の敵兵か魔物を討伐──」
「よっしゃ!!」
ロンドは勢いよく飛び出していこうとするが、ヨシュアは慌ててそれを制止する。
「待ってください! 分かってますか? 人間の体力には限界がある。いや、身体だけじゃなく武器だってそれだけ敵を倒せば消耗して使い物にならなくなるんです。敵だって貴方に都合よく湧いてくるわけじゃない。強い弱いの話じゃなく、そもそも人間の継戦能力の限界を超えた偉業なんですって。【朱の戦鬼】がそれを成し遂げたのも、殺した相手の生命力を自分の体力に変換する魔剣があったらで──」
「知ったことか!!」
だがロンドの意思は明快だった。
「俺は英雄になる! 誰もが認める英雄になって、俺を馬鹿にした騎士団の連中を見返してやるんだ! 出来る出来ないじゃない!!」
「あっ、リーダー!?」
そう言うと彼は仲間さえ無視して、どこに行くかも告げず走り去ってしまった。
「あぁ、もうまた暴走して……!」
「……仕方ないの。とっとと追うと──」
「ああいえ。皆さんは先に街に帰還してください」
後を追おうとするパーティーメンバーに、ヨシュアは溜め息を吐きながら告げた。
どういうことかと彼を見る一行の視線を気にした様子もなく、ヨシュアは溜め息を吐きながら頭を掻く。
「……皆さんがついて行ったらその時点で認定は不可能となる。一応、契約は続行中ですし、私にはロンド様の挑戦を見守る義務があります──ったく、認定人を置いて行ったら意味ねぇだろうが」
ボソリと毒づくヨシュアに訝し気な視線を向け、ガーヴィーが首を傾げる。
「しかし、それでは万が一のことが──」
「ご心配なく。ここまできたら最低限のフォローはしますよ」
軽く告げられたその言葉には、有無を言わさぬ力強さがあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロンドが仲間たちの下を飛び出して一日後。
「く、くそ……俺は、まだ……」
彼は大量の敵を求め、元居た古城からほど近い魔獣の森と呼ばれるエリアへとたった一人で立ち入っていた
魔獣討伐はこれまで何度も経験していたし、このエリアの魔獣は強さもほどほど。ヨシュアにああは言われたが、案外休み休み戦っていれば千体ぐらい何とかなるのではと思っていた。
実際、狩りを始めた直後は順調だった。適当に騒いで攻撃的な魔物を誘き寄せ、最初の一時間で約三〇体を討伐。単純計算で七二時間で千体、一時間に十四体ペースで倒していけばいいのだからノルマの倍のペースだ。
これならいける──しかしそう思ったのも束の間だった。
騒ぎ立てる戦士に襲い掛かってくるような好戦的な魔物など全体のほんの一部だ。ほとんどの魔物は狡猾かつ慎重で、ロンドを脅威と認めると身を隠し彼を避けた。
途端に魔物が見つからなくなったロンドは必死になって森の中を駆けまわり魔物を探したが、彼は魔物と戦う専門家であって斥候の専門家ではない。偶発的に遭遇した魔物を幾度か討伐したのみで、丸一日かかって討伐数は五〇体にも満たない状況だった。
いや、それどころか休みなく動き回った結果、彼の疲労は限界に達し──
「ま、まだだ……まだ、こんなところで……!」
普段であればこのような無茶は仲間が止めていてくれた。だがここにいるのは彼一人。
──ドサッ
とうとう体力の限界が訪れたロンドは、力尽きたようにその場に腰を下ろす。
そしてそれを好機と見たのか、木陰から密かに彼の様子を窺っていた一匹のサーベルタイガーが襲い掛かってきた。
『ガルルルッ!!』
──ザンッ!!
しかし、その襲撃にロンドは即座に身体を起こして抜刀、サーベルタイガーを一刀両断した。
「──クソッ。いるなら、とっとと出てこい、ってん……だ」
執念で身体が反応したのだろう。再びその場に蹲り、動かなくなるロンド。
周囲の魔物たちは暫し警戒するように彼の様子を観察していたが、五分、一〇分が経っても彼はピクリとも動かない。
本当に力尽きたのか? 魔物たちがそう考えロンドに止めを刺そうとした──その時。
──バサバサバサッ!
突如その場に現れた圧倒的な気配に気圧され、魔物たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から姿を消す。
そして──意識を失ったロンドの前に現れたのは、グリフォンに騎乗し上空から降下してきたヨシュアだった。
「……はぁ。半日もすれば諦めると思ったのに、まさか夜通しぶっ倒れるまでやるとは」
「ぐぅ……すぅ……」
魔物が跋扈する森の中で完全に寝入っているロンドに呆れ、苦笑する。
「ま、この図太さとへこたれなさは買いかもね」
ヨシュアは呪文で召喚・使役しているグリフォンに命じてロンドを背負わせると、ふと思いついたように懐から一枚の紙を取り出し、スラスラと何事か書きつけてロンドの懐にねじ込んだ。
「努力賞ってことで」
──命名【百折不撓のロンド】──
主人公のイメージはD&Dの剣バード(ビルド次第で剣も魔法も回復も死者蘇生も支援も斥候も交渉も何でもこなせる究極の器用貧乏……能力値と特技枠キツイ)。