口の中のスケルトン
「――グマグマ」
目が覚めると何かの口の中にいた。……というか、普通に食べられていた!
(――ちょっと待て! ちょっと待て!! え? 食べられてるの俺……。もしかして、死んじゃうのか……!?)
「……グマグマ」
視界が唾液に遮られて今どんな状況なのかを把握できないが、何かに食べられていることは確かだ。
喉仏見えるんだけど!? ガッツリ頭丸呑みにされてるーーッ!?
(? ……でも、なんともない……? 未だにえげつない骨が軋む音が聞こえるのに……。う〜ん、この危機的状況を解決するには……とりあえず暴れますか!)
「……? グマッグマッ!?」
すると、俺を咥えている何かが悶え苦しみ、口の中から俺を吐き出した。地面に叩きつけられ、痛み感じ……ない?
不思議に思い体に目を向けると、そこには骨があった。そう、まるでスケルトンのような手足が……。
(えぇぇぇぇえぇぇえッ!?)
……もちろん、自分の体が骨だけになってしまったという驚きはあるが、それを上回る驚きが目の前にいた。
真紅の翼、鱗に覆われた巨大な体、頭に一つ猛々しい角、間違いない……。
(ド、ドラゴンッ!? 大昔に滅んだんじゃ……? やばいッ、もう一度食べられる…………あれ?)
「ご、ごめんよ、つい美味しくてカミカミしちゃった。その骨の体があまりに魅力的で耐えられなかったんだ……」
襲う気はないのか……? ――いや、騙されるな! このドラゴンは一度俺をカミカミしてきたんだ。そうやって油断したところをパクリだッ! なんて恐ろしい奴……ッ!。
(その手には乗らない! また俺をカミカミする気だろう! この詐欺師ッ!)
「…………?」
だ、黙り込んだ? ……ふふふ、やはり図星だったか……。
「もしかしてだけど……さっき喋ってた?」
(へっ?)
…………あッ! 今の俺はスケルトンっ! つまり、肉体のある人間と違って声帯ないし、喋れてないのか?
「もしかして……声が出せないの? ……だから、さっきから口カクカクしてたの?」
相手からしてみたら、そう見えているのか……ちょっと恥ずかしい……。なんとか声を出せないかな?
「……喋られるようにしてあげようか? 僕、魔法使えるし」
(そんな便利な魔法が存在するのか? ……本当にあるのなら、ぜひお願いしたいが……)
そもそも声が出せないから、お願いしますと伝えられない、どうしよう……。
「もし、魔法を使っても良いのなら頷いてくれれば使うけど……?」
そうか! その手があったか! と頷く。……本当に悪い奴なら、ここまでしてくれないだろう。ちょっとは信用しても良いか――――
「あ〜ん、グマグマ!」
「…………やっぱり、信用できねぇ」
◇◆◇◆
「う〜〜ん、骨って美味いよね!」
「な〜〜にが、骨って美味いよね――だッ! 痛くはないけどヌルヌルして気持ち悪いんだからな! お陰で喋れるようになったけど!」
「口に入れていた方が魔法って使いやすいし、だから仕方ないよね!」
「――いや、普通にカミカミしてきただろっ! しかも、一時間ッ!」
「……テヘペロ!」
「…………」
まぁ、喋れるようになっただけ良しとするか……。
「じゃあね、また恋しくなったらカミカミしに来るよ」
「二度と来ないでくれッ!」
俺の声も虚しく、真紅の翼を羽ばたかせ雲の中に姿を消した。
「――はぁはぁ、とんでもない奴だ……」
――さて、これからどうするか。そもそも、なんで骨の体になっちまったのかすら分からない。それに加えて、人間だった頃の記憶でさえ曖昧なのに……。
「――それにしても、やけに不気味な場所だな……まだ昼なのに薄暗いし、変な人形に囲まれてるし……」
人形が俺を囲うように置かれていて不気味だ。しかも、この森の薄暗さもあり不気味度が増している。
異様な雰囲気につばを飲む。――が、さっきまでドラゴンにカミカミされていた事を思い出すと自ずとどうでも良くなり恐怖が薄まっていった。
「……実際、口の中って生きた心地がしなかったもんな~。この人形も以外に可愛らしいし、なんてことない――」
――すると、その人形達が不気味な音を立て動きだした。次の瞬間、次々と人形は破裂し木っ端微塵に。そして、その人形達の中から黒いモヤと光のモヤが飛び出してきた。
一瞬黒いモヤ達が俺の体の中に入った(スカスカだけど)が、興味をなくした素振りを見せてどこかに消えた。続いて、光のモヤは煙のように空に消えていった。
……スケルトンになってから、色々なイベントが起こり過ぎて頭が混乱してきた……。
「もしかして、夢だったのか……? ひとまず、寝て忘れよ……」
混乱した頭を休ませるため寝転んでいると、強風と共に一匹のドラゴンが舞い降りてきた。
「――また会ったね! スケルトンさん……いや、騎士団長ラバーウッド」
「――げっ、さっきのドラゴン……いきなり戻ってきて、どうした。……まさか、またカミカミしに戻ってきたんじゃ――って騎士団長?」
というか、妙に馴れ馴れしい……。やっぱり、何か企んでいるじゃ……。
「そうそう、今は元騎士団長だけどね。なぜなら…………」
「――待て待て、元騎士団長っていう話は気になるが、何か事情を知っているみたいに見える。――もし知っているなら、教えてくれ。俺は何者なんだ……?」
「……やはり、記憶を失って……。分かりました話しましょう。隅から隅まで全てお話しします――」
俺の正体、何が起こっているのかなど全て教えてくれた。
「人間の頃の俺は騎士団長として魔王を倒したが……黒いモヤに乗り移られ、なぜかスケルトンになったのち――」
「僕がドラゴンに変化し、ここまで連れてきた。そして、君の中にある黒いモヤを人形に封印、浄化したって訳」
な、なるほど?
――っあれ、明らかに浄化されていた光のモヤもあったけど……黒いモヤは……。
「――でも、黒いモヤどっかに飛んでいったぞ。数十個くらい……」
「……マジですか?……」
「マジでマジで」
「……とりあえず、お城に戻って情報を整理しましょう」
「よく分かんないけど……OK!」
◇◆◇◆
「――ヒィ、ヒィィィィィィッ!」
俺達は今、遙か上空を飛んでいる。ドラゴンの背中に乗り、必死に落ちないようにしがみつく俺。
「ハハハ、高いところ苦手なんだね。以前の君からは想像できない。人間の頃の君は冷静沈着、勇猛果敢、まさに完璧超人だったよ」
なにそれ、めちゃくちゃ気になる見てみたい。そんな人間存在するのか? ……それより、空を飛んでる本人自身、この高さ怖くないのか……?
「空飛ぶってどんな気分なの、怖くないの!? ドラゴンだから、ドラゴンだからなの!?」
「自分の体だからね、怖かったら飛んでられないよ。心配しなくても、安全第一を心がける」
――ふぅ、それにしても怖いな……。なんか、一周回って冷静になってきた。
「いきなりで悪いんだけど、なんで噛んできたの? 日常的にカミカミしてたの?」
「いやぁ、面目ない……。あの時はこっちも記憶が飛んでたから」
「記憶が飛ぶ?」
「あぁ、ドラゴンになった後遺症だね。ドラゴンになって初めの頃は記憶がハッキリしてるんだけど、ある程度時間が経ったら記憶が飛ぶんだ。しばらくしたら記憶も戻るんだけど……」
「へぇーー、だから最初、記憶飛んでてカミカミしてきたのか?」
「…………うん!」
「いや、なにその間ッ! 正直に教えてくれ!」
「……すみません、カミカミしてたら止まらなくなってしまい……」
……はぁ、結構ヤバいなこの人。しかも、知り合いだよな?
「……そう、まぁいいや。それじゃあ、その姿は本当の姿じゃなくて、本物は人間って事だろ?」
「はいっ! そして、今戻ろうとしているお城の王の息子なのです!」
「ふぅ〜ん、そうなんだ……って、えぇぇえぇ! つまり、王子!? ……様」
この感じで王子!? ヤバ……その国の未来が思いやられる。……さっきから生意気な口答えばかりしてたから……処刑されるかも?
「そう畏まらずに……あなたはこの国――いや、世界を救った勇者なのだから! あっ、いつの間にか見えましたね」
「俺が……勇者? 君の本当の姿すら知らない俺が?」
記憶を失っている俺が勇者って、なんだが変な気分だ。やっぱり、夢でも見てるんじゃ?
「そっか、人間の時の姿分からないんでしたね。今見せます――」
「あぁ…………ッ!? ちょっと待って――」
反射的に返事をしてしまったのが間違いだった。あろうことか、空中で俺を乗せた状態で人間の姿に戻ったのだ。
「「うわぁぁぁぁぁあぁぁぅぁゔぃぅいぅ!?」」
当然、二人とも仲良く地面に向かって急速に落ちていく。返事した俺もバカだが、空中で人間に戻った王子もマヌケだ。
地面も近い、もうすぐ死ぬんだ……。そう覚悟した瞬間、俺と王子の体を雲が包み込んだ。すると、落ちていく速度が徐々に緩やかになり、五体満足で地面に着地。
「――まったく、アルダー兄さんはいつもいつも世話が焼ける……ッ!? ……何、そのスケルトンは!?」
そこには、王子の顔つきに少し似た女性が俺に驚愕の表情を向けていた。
「ありがとうパイン、いつも助かってるよ。後ろの彼は、君のよく知っているラバーウッド、元騎士団長の魔王を倒した勇者様さ!」
それを聞くと彼女は、言葉遣いが柔らかくなり、張り詰めた表情も自然な表情に戻る。
「……たまたま通りかかり魔法を使っていなかったら、二人とも悲惨な目に……気をつけてください」
「……お二人は兄妹……?」
「僕の妹のパインだ。傷つきやすいから言葉づかいには気をつけてね」
「了解!」
「二人とも、ここでは目立ちます。ひとまず私の寝室に……」
俺と王子はパインの寝室に向かう、目立たぬように姿を隠して。
◇◆◇◆
三人ともベットに腰掛け、アルダー王子が事情を話しだす。
「事態は理解しました。黒いモヤ、その全てを浄化しきれなかったと……不味いですね」
「少しくらいなら良いんじゃないの?」
そう言うと、掠れた声で反論するアルダー王子。
「ンンッ! ダメなんだよ、それが……」
「え、声どうした? めちゃめちゃ掠れてるけど……」
「あぁ、ドラゴンに変化した後遺症、その二だね。しばらくしたら元通りだから気にしないで。それよりも――」
続けて、パイン王女が話を進める。
「……あの黒いモヤは魔王の種なんです。放っておいたら、また新しい魔王が再誕してしまう。その前に解決しないと……」
「放っておくと、どうなる……?」
「……黒いモヤは死という概念。魔物や人間の骨を見つけ侵食していき、成長が完了した黒いモヤは骨を離れ、また、黒いモヤ同士で集結し、最終的に新たな魔王が生まれるのです……」
黒いモヤが死という概念? よく分からないが同じように人形に封印、浄化してしまえば……。
「あの人形に黒いモヤを封印すれば、解決じゃないのか? アルダーがやったみたいに」
「一つなら間に合います。しかし、あなたの情報では数十もの黒いモヤを見たのでしょう。……とても間に合いません……」
間に合わない? 人形如き用意できない訳ないよな……。なら他に――
「――その人形、もしかして特別製?」
アルダーが俺の質問に答える。
「そうだね、相手は死という概念。最高位の修道士十人が十年がかりで祈り、神の祝福を人形に賜る。……まず間に合わない、魔王が復活する方が早いだろう」
俺が見た黒いモヤ数十、それだけの人形を用意している間に俺たち、お爺ちゃんお婆ちゃんになっちゃうよなぁ……。
「手詰まりなんです。もう、解決策は存在しない……魔王がまた再誕してしまう……」
「…………いや、解決策ならある。たった一つだけ……」
そう言うと呆れた声で返事を返すアルダー。
「そうだな、そうだよね。――って、あるのか!? 一体どんな策なんだい!」
「俺が黒いモヤを集めて回ればいい。その後は俺ごと浄化すればいい。……ただ、それだけだ」
その言葉はアルダーの意表を突いた。まさか気づくとは思わなかったのだろう……。
「バレてたのか……。僕が君の体に黒いモヤを残していたのを……僅かな希望を信じて」
「やっぱりか……。あの時、黒いモヤが俺を無視した理由に納得がいった。――ありがとうアルダー、君は命の恩人だ」
「…………」
すると、怒りを含む口調で俺に向かって叫ぶパイン王女。
「……人柱にでもなるつもりですか……ッ! あなたは……!」
「……多分、人間だった頃の俺はそんな奴だったんだろ? 最初会った時の反応ですぐ分かった。本来なら俺は死んでいた、そうだろ……」
「……はい」
「今俺がスケルトンに、魔物になって生きているのは、この時の為だったんだ……」
「そうですか……。魔物になっても変わりませんね、あなたは……」
◇◆◇◆
……スケルトンになって初めて目が覚めたのはドラゴン(アルダー)の口の中だった。それからは、黒いモヤの特性を利用して、自分の中に黒いモヤを取り込んでいった。そのたびに人間の頃の記憶を何故か思い出し、俺は本当の気持ちに気づいたんだ。
「……お疲れ様です、勇者ラバーウッド様……」
「……あぁ、ただいまパイン王女。浄化を……始めてくれ……」
「――はい……」
体が徐々にボロボロ崩れだした。
俺は息を整える。人生最後の瞬間、パイン王女に伝えたいたった一言。
「――――パイン、あなたを愛していた……」
最後に見えた彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「――――ラバーウッド、私も愛しています……後は、ゆっくり休んでください……」