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ダミアンは好みに煩いと申しております

 ダミアンはこれ以上ない紳士的な仕草で私を馬車から降ろし、そのまま私を館の入り口へと誘導する。そしてエントランスホールで私達を待っていたハウスメイドに私を手渡すと、彼はくるっと踵を返す。


「あら、馬車に忘れ物?」


「ここに泊まるのは君だけだ。私は適当な宿屋で充分だ」


「結婚したのだからと部屋は一緒だと思ったわ」


 ぐふ、と喉を詰まらせた音が聞こえた。

 やはり耳を真っ赤にしたダミアンだが、それはない、と苦しそうに言った。


「それはない?」


「一緒のベッドで眠るのは、君が私を受け入れてくれたその時だ」


 びしっと、彼はとても素敵な真面目顔で言い切った。

 が、私の了解なく意識を失わせたりと散々な事をしてくれた人が今さらである。


「だが、君がわたしと過ごすことを当たり前だと思ってくれていることは、とても嬉しいものである。君が私と同衾を望んでいるのならば」

「それは無いです」


「そうか」


 繁殖頑張るとか、自分を種馬と思えなど、頭は大丈夫ですかという発言を繰り返していた人だから、私も一応確認で聞いてみただけですもの。

 ダミアンは先程比で肩を落した様子で再び踵を返したが、そのまま凍ったようにして動きを止めた。


 去って行こうとする彼をそのまま見送るべきだったのに、私の手は去ろうとするダミアンのマントを掴んでいたのである。

 ダミアンは私に振り返ったが、彼の表情は期待ばかりの嬉しそうなものだった。


「どうした?」


「あなたの叔母様の名前も聞いておりませんわ。それから、私が魔力無しってことはご存じよね? 私が部屋に落ち着けるかの確認をしてから、宿屋でもどこにでも行ってくださるとありがたいのですけれど?」


 彼はぎゅっと両目を瞑り、そうだったね、と暗く呟く。

 貴族様のお屋敷の客間だったら、当たり前のように魔道具設備が設置されていることだろう。だとしたら私の様な魔力無しには、室内の設備を活用できないどころか起動自体出来ない。つまり私はせっかくトイレやシャワーが備え付けられている部屋だとしても、そのトイレの恩恵を一切享受できないのである。


「トイレの水も流せないようでしたら、私を教会の宿坊に連れて行って下さいな。あそこならば魔力無しの平民も利用できる仕様ですから、不自由はありません」


「そこまでなのか。わかった。では、君の部屋を確認に行こう」


 ダミアンは私に腕を差し出す。だがすぐにハッとした顔になり、その腕をひく。

 紳士が淑女をエスコートをするのは、まずは左腕にて、だ。


 彼は私が彼の左側に立った場合、彼の竜の印を見せつける事になると考えて差し出したはずの左腕を引いたのだ。

 だが私は、引きかけたダミアンの左腕に右手をかける。


「今日は何度私があなたにエスコートされたと思っているの? 見慣れたわよ」


「――君は本当に豪胆だな。それは君が人の美醜など、野に咲く草花程度にしか気にしないからだろうか」


「あら、私がおおざっぱだと言いたいの? 私は野に咲く草花こそ詳しいわよ。野花が素朴なだけだなんて思わない。温室の花と同じぐらいにきれいだわ」


「そうか。私もそう思う。私は山奥で見つけた花が大好きだ。小さな鳥が羽を広げているような形をした花でね。君は見たことがあるかな」


「いいえ。その花は山奥にしか無いの?」


「たぶん。幼い頃に母を探しに行って、迷ったそこで見つけたんだ。そしてそれ以来見た事は無いから、そうなんだろうな」


「お母様は山岳地帯の領のご出身だったの?」


「いや。山の向こうに行ってしまった、という父の言葉を信じただけだ。私と父を捨てて出て行ったと教えて貰っていれば、私は母を探しに山になど向かわなかった。母は山で迷子になっているから帰って来れない、と子供心に考えて私は山に母を探しに行ったのだからな」


 ダミアンは何てことないように笑い声を立てたが、私は付き合いでも笑えなかった。だって孤児院の子供達の顔が浮かんだのだもの。捨てられてしまった子達なのに、捨てた親達が自分を迎えに来ると信じて待っている子供達の顔が。


「――つまらない話をしてしまってすまない」


「いいえ。急に心配になっちゃったの。孤児院の子供達は私を待っているわ。来週も会いに行くねって毎回約束して次の週に必ず行くのは、あの子達に約束を守る大人がいるって信じてもらうためなの。だから」


「すまない。私のせいで来週の水曜日は行けないな。それについては私が手配する。君が望むならば子供達を我が領に連れて来ても良い」


「連れて来てもって、孤児院の子供達を?」


「もちろんだ。私は君が子供達に囲まれている姿を見て、私の子供を君が抱く未来が見えた。それで君が欲しいと思ったのだ」


 普通の出会いで言って貰えた台詞だったならば、私はきっと感激してこの言葉によってダミアンに好感を抱いただろう。


 けれど、ダミアンは誘拐者。

 私の足に魔法足枷を嵌めた男だ。

 ついでに言えば、私は彼が自分の外見に抱いている気持を知っているし、たった今彼の幼少時代の涙を誘う話も聞いた。


 だから、彼の言葉に嬉しさよりも悲しさを感じるばかりだった。


 私の孤児院の子供達は、親に捨てられた理由がわかる外見の子が多い。

 彼が、ならば自分も、と考えた気がする。


「そう。私ならばどんな子供でも愛せると。それでもこんな暴挙に出たのは、地味で貰い手が無さそうな女であれば、結婚して貰えると聞けば喜ぶだろうと思ったからかしら?」


「何を言う!!」

「きゃっ」


 私は小さな悲鳴を上げていた。

 ダミアンの声は初めて聞いたかなりの怒り声で、彼が私を睨みつける目は、彼が竜の化身だと思い知るぐらいに怖いものなのだ。


「生意気でしたわ」


「違う。私が言いたいのは、君の外見は素晴らしいという事だ。外見に苦しむ私こそ、自分が求める女性の美しさには拘っているんだ」


「え? 私は自分が地味すぎることはわかっているし、でも、自分の外見は嫌いでも無いから慰めようなんて思わないで。髪色も目の色も、よくあるものでもね、好きよ。金髪にもなりたいって思ったことは、ううん、一度か二度ぐらいはあるけど……」


「ハハハ。素直だな。だが言わせてくれ。君の髪色は他に無いと私は思う。深い森の中の苔むした神木を彷彿とする神聖なものだ。そして君のモスグリーンの瞳。その瞳に見つめられると、神話が始まりそうでワクワクする。君は美しいよ。君は森の妖精の女王、そのものだ」


 私はダミアンを見上げていた。

 言葉なんか失って、ただただ、思いがけず私の外見について語りだした彼を見つめる事しかできなくなった。


「一週間前に君を見つけた。人生に諦めしかない私は君を見つけ、屈託なく笑う君を手に入れたくなった。絶対に逃がすものかと思った」


「はふ」


 まだまだ私の声は失われたままだ。

 彼は私にかなりの好意を抱いていた、それは分かった。

 適当どころか、私は彼に選ばれてしまった、と言う事は分かった。


「こちらです」


 私達はメイドの声にハッとする。

 見つめ合っていた私達は、メイドが会話を全部聞いていた事に思い至り、とてもとても気まずいという表情を互いに作って同時に顔を背けた。


「閣下? 奥様のお部屋に着きましたよ」


「あ、ああ。わかった。では、部屋の確認だ」


 ダミアンは部屋の扉のノブに右手をかける。

 そこで私は違和感を抱き、彼が扉を開ける前に彼の左腕に思いっ切り体重を込めて後ろへと引っ張った。


「どうし、うわ!!」


 ダミアンは私を抱えて床へと転がる。

 開けかけた扉は勝手に大きく開く。

 !!

 そこに立っていたままならば、私達は上下真っ二つにされていただろう。

 戸口の幅ほどある四角い刃が、私達目掛けて飛んできたのだ。

 そしてその刃はその威力を見せつけるようにして、今や廊下の壁に突き刺さっている。


「イゼル!!どうしてわかった!!」


「メイドが主人に扉を開けさせることはありえないの。だからそれを注意するつもりだっただけで、こ、こんなの」


「ハハハ。館に女主人が必要なのは、こうして男だけでは過不足な部分を担ってくれるからだな」


 ダミアンは私の頭を右手で軽く撫でてから、右手を軽く振った。

 彼の右手には鞘に包まれた長剣が掴まれている。

 彼は左腕で私を抱いたまま器用に立ち上がり、私達に死のからくりを仕掛けたハウスメイドへと向かい合った。


「さあ、我が妻を害しようとした理由を聞かせてもらおうか」

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