ダミアンの親族関係
馬達の休憩が終われば私は再び馬車に放り込まれ、ダウンズベリーへの二時間の旅をダミアンと馬車内で過ごすこととなった。
私は休憩所の時点からダミアンを無視することにしたが、ダミアンはそんな私の仕打ちが堪えている気配など無い。一切ない。
家畜か奴隷、あるいは家具同然と考えているから、そんな私との会話など無くともどうでも良いと?
私こそイライラを募らせることになった、とは!!
そしてイライライライラと無言で過ごした二時間後、日が完全に落ちて車内が真っ暗になってしまった頃に、馬車はようやくダウンズベリーに辿り着いた。
ダウンズベリーはカーネシリア男爵領から四時間程度の距離にある。
地理的に近いだけでなく、ダウンズベリーが普通の町でなく教会によって作られた町であるため、私は幼い頃から家族と何度もこの町を訪問していた。
だがしかし、私はダウンズベリーの町を散策した事は無い。
親から離れての女性の町の一人歩きなど出来ない(宗教区では特に)ことと、私達のダウンズベリー訪問の目的が、教会に併設されている治療院での研修でしかなかったからである。
治癒魔法を使えないから、純粋に医術を学ぶしかなかったのよ。
目的がそれだから、町に泊まるにしても、教会に併設された宿舎ばかりだった。
そこで今回、馬車がいつもは通ったことの無い道を進んだことで、私は初めての風景の物珍しさに興味を引かれた。気が付けば子供みたいに馬車の窓に貼り付いていたという有様だ。
そんな私を運ぶ馬車が止まった先は、瀟洒な屋敷の前だった。
「こんなに素敵な外見の宿屋がダウンズベリーにはあったのね」
ダミアンを無視していたことも忘れ、言葉が口から勝手に滑り出す。
だって本気で外見が好みど真ん中な屋敷なのだもの。
こじんまりとした佇まいだが優美さだってちゃんとあり、門柱や雨樋などには女性が好みそうな花や蔦や小鳥の装飾が施されている。
ええ、ダミアンが選びそうではない、少女趣味とも言える建物だわ。
この宿をダミアンが選んだということは、まともな助言ができる友人も彼にはいたってことかしら?
「宿屋じゃない。叔母の家だ。安心しろ、君を迎える準備の知らせは一週間前にはしてある」
私はダミアンに振り返った。
今なんと? 一週間前、だと?
この男は、一週間前から私の誘拐を企んでいた、ということか!!
思い立ったから、の誘拐では無かったとは、確実に犯罪者思考ではないか。
私のダミアンページに新しい項目が書き加えられる。
NEW⑦誘拐は物凄く計画的です。
ドン引き!!
「お、叔母様は、あなたのこの行為について、何も意見などされなかったの?」
同じ女性であるその方は、同じ女性である私が誘拐される事について、全く何も思う所が無かったというの? 実行犯のダミアンより怖いんですけど!!
「私は彼女と会話をした事は無い。だが私が侯爵家の家長であるならば、彼女は私の要求には応えねばならない」
「会話をしたことが無いって、男子禁制とかの宗教的な理由?」
「叔母は私が生まれた事で結婚が絶望的になったと聞いている。我が子に私の様な鱗が出来ることを恐れたのか、数多くあった縁談話が一瞬で立ち消えたそうだ」
「それは、……不幸ね」
「ああ。彼女はそれでこの町に引っ込み、独身をずっと通されている」
「それは、ええと、実は今まで会った事も無かった叔母様なのかしら? そんな付き合いのない方に、私を迎える準備をしろ、と手紙を出してお終いにしたってことかしら? 大丈夫なの?」
「ああ。君が気持よく過ごせるように、君の着替えなどもちゃんと用意するように手紙には書いておいた。大丈夫だ。心配いらない」
ちょっと待て。
何が心配いらない、だ。
家長の命令は絶対だから、自分が送った手紙通りに叔母様が準備をしていてくださっているはずだと? 自分が生まれたせいで独身にならざる得なかった叔母様に、こんな無作法な事をしておいて?
誰がこんな非常識を育てたんですか!!
「あの、こんなにも家長が好き勝手しても良いの?」
「私に家督を譲った父は、好きにしていい、と私に言った」
「お父様は他には?」
「そうだな。正しくは、親らしいことができなかった。お前は好きに生きて良い、だったな」
それ、普通に親が子供に望む事。
侯爵位を笠に着て好き勝手していいって言葉じゃない!!
「――あなたが(誘拐なんて気軽にしてしまうぐらいに)天衣無縫な振る舞いなのは、お父様の言葉を(都合よく)大事になさっているからなのね」
ああ、カッコ部分こそ隠さずちゃんと言ってやりたい。ダミアンの亡くなったお父様は、自分が残した言葉の表面だけでなく、もっと深く考えて行動して欲しいと、絶対に思っていらっしゃるはずだもの。
「父も好きに生きてるからね。自由に生きろぐらいは言わないと。彼は数年前に私の五つ上の年齢の方と再婚してね。その結婚を親族に口出しされるのが嫌だったから私に家督を譲ったんだよ」
駄目な父親だったのですね。
それで、まだご存命でもありますのね。
「お父様に私を紹介していただく機会はあるのかしら」
「君が望めば。ただ、殴りたくても彼は元陸軍元帥だよ。止めた方が良い」
ダミアンは私の事が少しわかってきたらしい。
だったら、誘拐された私の気持ちを、もう少し慮ってくれればいいのに。
「さあ、そろそろ降りよう。入り口で君を待っている者達がやきもきしている」
私は屋敷を再び見返し、確かに、と呟く。
エントランスのドアの前に、いつの間にか中年のハウスメイドが立っている。