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寝相の悪い妻が一番

 結婚で人生が変わるとはその通りだ。

 私はイゼルという妻を得た事で、今日は人生の中で一番笑った日となった。


 彼女は誰もが脅える私に向かって勇敢にも拳で殴り掛かったと思えば、ドレスが脱げないから私に後ろボタンを外して欲しいと甘え頼って来る。


 こんな無邪気でどうするんだ。

 私は君に酷いことをした人間だぞ。

 己の我執だけで、君を私の永遠の虜囚にしてしまったのだぞ。


 それなのに、どうだ。

 私にされた事を簡単に許して流し、私が望むことに対して独りよがりだと撥ね退けずに、全てを受け入れてくれたのだ。

 もちろん、私の身分や存在について抱く恐怖による忖度ではない。

 彼女は生まれながらに優しいのだ。


 見るからに敵国の特徴のある子供達を慈しみ、確実に半魔である特徴を備えた子供を恐れずに抱き締める。さらに皮膚病の後遺症で肌がまだら模様となった子供が彼女に抱っこをせがんだら、彼女は躊躇わずにその子を抱き上げてしまう。

 母親が我が子にするように、頬ずりだってしてしまうのだ。


 この行為については、盗み見ていた私こそ悲鳴を上げたくなったがな。


 もう治ったから大丈夫、と君は笑っていたが、そいつの皮膚には危険な虫の卵が産みつけられていたんだ。皮膚にまだら模様の痣を残した皮膚病は完治しているが、馬や牛の皮下脂肪が好物の魔蟲の卵が産みつけられているままなのだ。

 止めろ、今すぐに離れろ。このままじゃ、君の可愛い頬にも蟲卵がくっついてしまう!!


「きゃあ!!」

「わあ!!」

 

 イゼルと子供は抱き合ったまま強い風に当たったようにして仲良く倒れた。

 起き上がった二人は怪我一つない自分達の様子に、一体何がと顔を見合わせていたが、何が起きたかなど君達が一生知る必要など無い。針の目サイズの研ぎ澄まされた炎魔法と完全回復魔法を私が放ち、魔蟲卵の消滅と火傷の回復をしてやったことなど知らないままで良いのだ。


 君が無事ならば私はそれで良い。

 そして、君は思うがままに行動すれば良い。

 君は聖女の部類なのだから。


 そうだ。私が君の障害となるもの全てを露払いする。


 ああ、一度は捨てた神に、君との出会いを感謝したいくらいだ。


 私がイゼルを見つけられたのは、全くの偶然だった。

 私は馬車の中まで聞こえる子供達の無邪気な声が煩わしいと、その騒音の主たちが憎らしいと馬車の窓を覆うカーテンを上げた。そこで見えた風景の中で、私は子供達と戯れるイゼルを見つけたのだ。


 今ならばわかる。

 子供達の声があんなにも頭に響いて私の癇に障ったのは、家族など一生手に入れられない夢だと私に思い出させるものだったからであろう。だから私は、諦めた世界を体現するイゼルを憎み、同じぐらい、イゼルを求めたのだ。


 私は己の世界に引きこむ生贄にイゼルを選んだのだ。


 子供達に向けるあの笑顔が嘘でないならば、君は私にもあの笑顔を与えてくれるだろう。私に絶望を思い出させたのだから、君の笑顔を私にも向けてくれ。


 そうして、私はイゼルを略奪して妻とした。


 なのに、私によってそんな目に遭わせられたというのに、イゼルは私に笑顔どころか怒った顔も拗ねた顔だって見せてくれる。誰からも恐れられ忌み嫌われる私を、まるで単なる幼子のようにして叱りつけもするのだ。


 まさに慈愛の女神、だな。


 エンシェントドラゴンが人類側に立って魔王の軍勢と戦ったのは、きっと竜もイゼルの様な女性に出会ったからなのだろう。竜は人間などどうでも良く、愛した女の笑顔を守りたいという理由だけで人間側に立ったのだ。


 私もそうだからだ。

 きっと世界が崩壊する時にイゼルがこの世に存在しなければ、私は世界が崩壊するに任せるだろう。あるいは、イゼルが私から奪われるならば、私が世界こそを滅ぼしてしまうだろう。


 ぐぅ。


 微かな鼾に私は眠る妻をみつめる。

 華奢で小柄な彼女は、私のシャツに包まれてぐっすり眠っている。

 その寝姿だけでも心臓が止まるぐらいに可愛いのに、彼女は寝相が物凄く悪い。


 ごろごろと左右に横移動どころか、彼女は時計の針のように縦横無尽に転がるのだ。不可侵の壁だとイゼル自身が毛布で作った国境線をベッドの真ん中に置いていたが、そんなものは彼女自身がとっくに蹴っ飛ばして台無しにしている。


 最高だ。


 だが寝相が悪すぎて、寝間着代わりの私のシャツの裾がちょくちょく捲れる。

 素晴らしき光景に堪能どころかすぐに裾を直してあげるが、私は見てしまう事になった彼女やお尻や可愛い臍のせいで、下半身が破裂しそうなほどに痛い拷問を受けている。


「どうしたものかな」


 本当に悩みどころだと、クスクス笑う。

 そして私は何度目かの毛布の掛け直しに動く。

 またすぐに布団を蹴とばして転がるんだよな、そう思いながら。


 イゼルは私に何の警戒も無く熟睡し、あられもない姿を晒してくれている。

 しかし私は彼女のそんな姿に欲情を感じるよりも、なんだか彼女の母親みたいな気持ちになっている。いいや、言い聞かせているんだ。お母さんな気持ちだと思い込め、己の下半身の熱は忘れるんだ、と。

 せっかく竜の印から逃れられたのに、野獣になってどうする、だ。


「うう~ん」


「さあどんどん転がって布団を蹴とばしなさい。君に布団をかけ直した回数でも数えて、君がまたくだらないことを言った時に仕返しさせてもらうよ」


 私は頬杖をつきながら、イゼルの寝顔を眺める。

 そして、彼女が自分に言い放った言葉を思い出す。


「私に拘る必要はなくなったんじゃない?」


 顔から竜の鱗が消えた私に対して、イゼルは祝うどころか酷いことを言った。

 私が最初から手に入れたかった女はイゼルだけだと、彼女にどう言えば信じてもらえるのか。

 風呂から上がった後、ディナーどころかサパーにもならない、ナッツやチーズを齧るだけの夕飯時に、私はイゼルに伝えてみた。


「竜の印が消えた途端に私を求めてくる女など結構だ。それに侯爵である私は選ばれる立場ではない。私が欲しいものを選ぶんだ」


 なぜイゼルは、えー、という嫌そうな顔となったのか。

 もしかして、彼女は鱗がある方が好きなのか。

 だが、イゼルは私との結婚が白紙にもう戻せないと、気が付いていないのか。

 私達は横に並んで湯に浸かっただけであるが、一緒に風呂に入った事実があれば白い結婚など言い張れないのだぞ。


「うう~ん。あつい」


 イゼルの足が毛布を蹴とばした。

 本気で足癖の悪い子だ。

 だが、彼女の足がげしげしと毛布を蹴とばす様を眺めながら、毛布だけでなく私も蹴っていいよ、と思った。イゼルの足は華奢で長くて小鹿を連想する。


 君の足に足枷を嵌めてしまった事で私の良心が傷む事は無いからね、君は私をいくらでも蹴っていいんだよ。


 ゴロゴロゴロ、げしっ、ゴロゴロゴロ。


 本当に蹴って来た。そして私を蹴った反動で反対方向へ転がって行った。

 私はこの可愛い妻のせいで、二度と一人でベッドで眠れないな。

 面白くて楽しすぎる。


「バートレットは良い仕事をしてくれたよ、イゼル。君の死は私を殺す。だが、私の死は君を殺さない。私の願いは私が死ぬまでで良いのだから」


 ぐぅ。


 あ、イゼルがまた寝返りで動き出した。

 そっちはもう後がないぞ、ベッドから落ちる。

 私は慌てて起き上がった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 私は大男だ。

 私の動きでベッドが軋み、イゼルの転がる方向が私に向かって、になった。

 イゼルがベッドから落ちなかったのは良かったが、私に腕だけでなく足まで掛けて絡みついて来るとは思わなかった。


 本当に寝ているのか?

 本当は起きていて、私を苦しめてやろうという悪意を持った行為か?


「つかまえた。ゴ~ラ、離さないわよ」


 子供達との鬼ごっこの夢かな。

 ならば、イゼルのせっかくの夢を壊さないようにと、私は彼女を抱き返す。

 腕の中のイゼルは温かく、夢の中らしきイゼルは私の体にしがみつく。

 これならばイゼルはベッドから落ちないだろう。


 だから、もう、私が見守らなくても大丈夫。

 私は両目を瞑った。

 こんなに温かで良い気分で意識を手放すのは、生まれて初めてかもしれない。


「結婚はいいね」

 ぐう。

 返事をありがとう、イゼル。

魔蟲まちゅう→この回だけなので魔物の名前考えませんでした。

ウマバエみたいに生き物の皮膚に卵を産み付け孵ったウジが、という生理的嫌悪感ばかりな存在です。

一週間前のダミアンに見つかった偶然は、実はイゼルにも幸運でした。

なのにダミアンがストーカー過ぎて良い話に絶対ならないお約束。

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