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エンシェントドラゴンの証

 バスルームはガーデニアの甘い香りを纏った湯気が充満し、ホカホカのお湯がどんどんたまって行く広い広いバスタブは私に早く入りにおいでと誘う。


 でもね、服を脱ぎたくても脱げないの。


 だからといって、後ろのボタンを外してください、なんて男性に頼むのはとってもとってもとっても屈辱的な行為でもある。でもやらねば服を脱げない。そこで私は心だけでも女王様な気持になって、胸を張って顎を上げた。


「私は一人でドレスが脱げないの。ボタンを外して欲しいの」


 ぷふっ。

 ダミアンは吹き出し、けれど私の為には何でもすると言った男だ。

 ゆっくりと私へと歩いて来た。


「あの、まず目隠しをしてからにして欲しいの」


「ボタンを外すだけだ。それだけならば君の体を見ないで済ませられる。安心して欲しい。君が望むまで私は君の体は見ない」


 ダミアンは私へと手を伸ばす。

 私は彼にボタンを外して貰うために後ろを向くべき、だけど、私の視線はダミアンの首筋から左胸へと続く鱗の肌へと吸い寄せられていた。


「私は見たいわ」


 ダミアンの手は私ではなく自分の左胸を押さえた。

 これだけは見せられない、という風に。


「私が心を決める日までに、あなたも心を決めてね」


 私はゆっくりと彼に背中を向けた。


 つん。

 はうっ。


 ダミアンの指先がうなじに当たっただけなのだけど、私は雷に打たれたみたいにビクッと反応してしまった。いつもメイドにしてもらう行為でしかないのに、相手が男性だというだけで、どうしてこんなに緊張してしまうのかしら。

 二つ目のボタンに彼の指が掛かる。ふひゃっ。


「女性は大変だな」


「ふふ。脱ぎ着しやすそうな服をどうもありがとう」


「あれは失敗したな。こんな楽しみがあるなら、びっしりと小さな貝ボタンが並んでいるドレスにすれば良かった」


「そういうドレスはコルセット必須でしょ。コルセット不要なあのドレスだからこそ私は喜んだのよ」


「女性は大変だな。男が鎧を付けるのは戦場だけだ」


「あら、社交場が女の戦場なのよって、ああ、やっぱり目隠しは必要だわ」


「どうした?」


「コルセットも一人じゃ外せないわ!!」


 ぷふっ。


「笑わない。目隠しをお願い」


「私は君に裸の背中をしっかり見られたんだ。ドレスを脱いでも君の肌はまだまだ隠されているだろう?」


「そう、え、きゃあ」


 ドレスが思い切りよく引き下げられた。

 私は当たり前のように悲鳴を上げたが、確かに、私はまだまだ服を着ている。

 白のシュミーズの上からコルセットが嵌められていて、シュミーズの下には下履きとなるドロワーズとなる。うん、肌なんかドレスを着ている時と同じぐらいに露出されていないわね。ただ、下着姿、という恥ずかしい状況なだけで。


「君の体を苛むこんなコルセットなど、紐をぜんぶ切っていいか?」


「だめ!!切って駄目にするのは自分でしたいから。今日は外すだけにしていただけます?」


「はい。奥様」


 ふうっ。


 これは緊張の吐息じゃない。

 締め付けから解放された、喜びの吐息だ。

 さて、後は自分で出来るとダミアンへ振り返ったが、彼の姿が消えていた。


 どうした、と思うよりも、今こそと思った。

 急いで服を脱いでバスタブの中に入るのよ。

 お湯は止まった、いいえ、お湯は再びバスタブに注がれている。

 私は言葉通りに下着を脱ぎ棄て、それからシャワーの下に立つ。


「さあ、お湯よ!!」


 きゃあ、お湯が出て来た!!

 壁の上部に設置されている固定シャワーだから、その下に立つ人間こそくるくると動かねば全身を濡らすことはできない。だから、私は背中側も濡らそうとくるっと振り返った。――そして時間が止まった。


 ダミアンと目が合った。


 ダミアンは、こんな私を予想していたのか、目隠し用の布を取りにベッドルームに戻っていただけらしいのだ。彼は無言で目隠しを自分にすると、のそのそと最初に立っていた壁際に行ってしまった。


 これは彼の心遣いだ。

 とてつもなくいたたまれないが、私こそ両腕を上に掲げた恰好で固まったままでいてはいけない。さっさと次の行動に移らないと。


 私は恥ずかしさいっぱいなまま体を洗い、それからバスタブにドボンと沈んだ。

 肩までどころか頭まで、ぶくぶくと沈んだ。


「大丈夫か!!」


 私は引っ張り上げられた。

 ダミアンに。

 目隠しなど彼の鼻の頭まで下がっている。


「嘘吐き。目隠ししていなかったじゃないの」


「ぶくぶくしか聞こえなかったから、あの、それで、そうしたら、君が」


 しどろもどろであったが、ダミアンが言いたいことは分かった。

 あんな状況になってしまったから、彼的に私の心情を心配したのだろう。

 それで耳を済ませたらぶくぶく音しかしないとなれば、目隠しを下げて何があったのかと確認したくなるのは当たり前だろう。


 私が溺れてしまったと思い込んだ彼は、必死で私を湯船から引き上げた。

 着ているバスローブがびしょ濡れになる勢いで。


「ん、んん。君が大丈夫な事は分かった。すまなかった。また置物に戻る」


 ダミアンは目隠しを付け直す。

 私は、心配かけてごめんなさい、か、ありがとう、を言うべきかもしれない。

 なのに、私の口は勝手に動いていた。


「あなたも入ったら?」


 あ、ダミアンが固まった。

 私は固まってしまったダミアンがおかしいと、笑う。


「私は前も見られたんだから、今度はあなたが私に前を見せる番よ」


 ダミアンから赤味がさっと消えた。

 血の気を失うって、こんな状況なんだな。

 せっかくの気安い雰囲気を台無しにしてしまった。

 私はごめんなさいと謝ろうとして、目を見張るだけとなった。


 ダミアンが目隠しを元通りに直したその後に、バスローブから左腕を抜いた。まるで勇ましい古代の戦士が戦いやすいように左肩だけ丸出しにしてしまったようにして、私に左上半身を晒しているのだ。


「ふああ」


 頬と首筋にある竜の鱗を纏った皮膚は、色味は無く彼の肌に近いものだった。

 けれど、その鱗は左胸に向かって色付いている。

 目を見張るほどに、美しいグラデーションで。

 透明な薄灰色から銀色を帯びたものへと。


 銀色の鱗はダミアンの左胸で渦を巻く文様となっていたが、それこそ彼の心臓を守る胸当てにしか見えなかった。竜の印の全体像を知った事で、彼の左頬から首筋そして左胸を彩るそれが、親竜が子に与えた鎧にしか見えなくなったのだ。


「エンシェントドラゴン。銀色に輝く美しい竜だったって、本当だったのね」


 ダミアンはびくりと震えた。

 それから、彼はゆっくりとした動作で自分の目隠しを下へと動かす。

 ピーコックブルーの瞳は私を真っ直ぐに見つめる。

 私の中を探るように。


「君は恐ろしいと感じないのか?」


「盾が怖い? 竜の印は竜の盾だったのよ」


「竜の盾?」


「そうじゃない? 恐ろしい攻撃を避けようと左腕を翳した時、その腕では守り切れない大事な所にだけ鱗があるじゃない」


「盾か。そんな風に考えた事は無かった」


 ヴィン。


 ダミアンは鏡らしきものを自分の前に出現させ、鏡に映った自分を確認しながら、私が言ったようにして襲い掛かる何かを遮る時のように左腕を掲げる。


 ヴィン。

「うぉ」

「きゃあ」


 同時に悲鳴を上げていた。

 ダミアンの左腕が瞬時に銀色の鱗で覆われただけでなく、彼の手の甲から肘までの幅の透明な銀色に輝く盾が出現したのだ。


「驚いた、君の言う通りだったとは。竜の印が盾だと考えて腕を上げたら出て来た。では、盾よ消えろと考えたらこの盾は消えるのか?」


 ダミアンは左腕をそっと降ろす。

 腕はいつもの腕に戻っていた、が、ダミアンはいつものままでは無かった。

 左胸の胸当てとして竜の印が残る以外、鱗が全部消え去ってしまったのだ。


 つまり、ダミアンの顔も首筋も、右側と同じく滑らかな皮膚しかない。

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