着換えのない子は何を着る?
コンコン。
部屋の扉を突然ノックしてきた音に私はびくりと反応し、今の自分の状態について自分に問い詰める冷静さを取り戻すことができた。
私は今、ベッドに仰向けに横たわる男性の掛け布団状態になっている。
乙女がなんて浅ましい格好をって、そういえば私は結婚していたわね。
私に組み敷かれているのは書類上の私の旦那様ですし、問題ない?
でも私はまだ彼と褥を一緒にする気は無いのだ。
私はダミアンの体の上からゴロっと転がり落ち、られない!!
「お離しになって。そしてあなたはドアをノックする方をどうにかして」
「――君に頼んでいいかな?」
私はダミアンの顔を見つめ、ぷぷっと小さく吹き出す。
優美な目元が腫れぼったくなっている。
「出たくない気持ちは分かりますけど、私も同じ顔じゃない?」
「いいや。君は目元が腫れていても可愛いままだ。それに、」
ダミアンは私の目元をそっと指先でつつく。
その瞬間、重かった瞼が軽くなった。
「君はやっぱり可愛いままだ。頼む」
どうしてそんなに私に行かせたいのだろう。
そう考えた私だが、了解の頷きをした途端に解放されたのだ。手放されたならば彼の体の上から逃げるべき。私は今度こそダミアンの体からごろっと横に転がり落ちて、それからベッドから身を起こす。
コンコン。
私は部屋のドアへと向かいドアを開ける。
目の前には大き目の箱を抱えて立っている宿の使用人だ。
「ゴーライエン侯爵夫人へのお届け物です。ゴーライエン侯爵閣下から」
「閣下が? まあ何かしら」
「少々重いので、室内にお運びします」
使用人が室内に持ち込んだ箱は紙製で、ローズピンクのバラ模様と紺色の文字で店名がプリントされているものだった。
ミュルミュール・デ・ローズ(バラの囁き)!!
ミュルロは私だって知っている、王都で一番人気の高級ドレスショップ。
私にドアを開けさせたのは、この贈り物を私に受け取らせるためなのね。
初めてまともな行動を取ってくれたんじゃない?
「ダミアン、ありがとう!!」
私はダミアンへと振り返る。
瞬間、初めて彼へ抱いた感謝の気持ちが、一瞬でスンと消えた。
ダミアンは部屋の隅の暗がりに立っていて、おまけにあのトカゲの仮面をわざわざつけている。一体何しているんだろうこの人、状態だった。
そんな不可解なダミアンの存在が怖かったようで、使用人は扉近くに置いてある小テーブルに荷物を置くと、ほとんど逃げるようにして去って行った。
「さて、何かしら?」
私は「何をしたいんだろうな、この人」の存在を意識外にうっちゃり、とりあえず自分宛だという大箱の中身を確かめようと蓋を外す。
「ま、まあああ」
箱の中には明日の着替えにできる、下着と室内用ドレスが入っていた。
下着の柔らかなミモザの黄色とドレスのモスグリーンの緑がきれい。
このドレスは室内用でも、生地からして客を迎える時に着ていても大丈夫な使えるものだわ。それに、今のドレスよりも旅行着としても数段良い。
私は小さな喜びの悲鳴を上げながらドレスを引っ張り、自分の体にあてて見る。
丈はぴったり。ハイウエストデザインだからコルセットも不要だわ。
それで胸元がカシュクールで、ええと、少し胸元は深いわね。
でもって、着換える時は…………このドレスはどう着るの?
「カシュクルールだから、ガウンのように羽織れば良い」
ダミアンは私の考えを読めるのだろうか。
けれど彼の言葉を参考にドレスを見直してみれば、左脇の方に飾りボタンとホックが付いている。そこを外せばペロンと身頃が左右に開いた。
「まあすごい。着やすそうですけれど、動いている間にドレスがはだけたりはしないのかしら」
ごほ、ごほ、ごほ。
分かりやすくダミアンが咽た事で、ドレスがはだけた私の姿を彼がしっかり想像してくれたんだなと、私はしっかり確信した。
「素敵なドレスをありがとうございます。私が着替えが無いって嘆いたから、魔法を使って取り寄せて下さったの?」
「いいや。これは王都で購入していたものだ」
わあ、それって私があなたの存在を知らない時に私宛に買っていた、という告白ですよね。そこまでしてくれたんだは、喜びの感情よりも、怖いって気持ち。
「君に似合うと思ったら、気が付いていたら買っていたんだ。だが良かったよ。叔母に頼んでいた着換えを用意できなかったからね」
そっか。すっごく私の事で頭が一杯だったのね、私があなたを知らない時に!!
ダミアンの告白を聞けば聞くほど背筋がぞわる。
それでもって、ドレスばかりか下着も入っているんだと、ぞわぞわしながら私は下着の方も引っ張り出す。だが下着をしっかり確認したことで、私は下着について彼に何か言うのはやめた。
シュミーズのデザインがアンダードレスと言っても良いデザインで、普通にカシュクールドレスに合わせたものだと分かったからである。店員に言われるままに購入したのならば、そこに彼の性癖の入る余地など無いだろう、そんな判断だ。
白や生成りの下着ばかりだった身としては、豪奢なレースいっぱいなミモザ色の下着は興味ばかりそそられるし純粋に嬉しい。(未婚女性は下着が白か生成りと決まっているの!!夜会のドレスだって白に近い淡い色合いしか着ちゃいけないし)
「ミモザ色が君に映えそうだと思ったが、その通りだったな」
「下着もあなたが選んだの!!」
「気に入らなかったか?」
トカゲのお面男が何か言っている。
それよりも、どうしてまだそのお面を被っているままなの?
「イゼル?」
気にいらないと言いたいが、実は気に入ってしまっている。
これもモテる友人達のように自分もやってみたかった事ならば、否定するとダミアンの思考がさらに変な方向に行きそうに思える。その場合、迷惑するのは私。
よし、嬉しいならば嬉しいと素直に喜ぼう。
「すごくうれしいわ。着替えが無いからお部屋にいる間はあなたのシャツをお借りしなきゃって思ってたのって、きゃあ」
トカゲ面男が瞬間移動みたいに私の前に動いたのだ。
それで驚く私からプレゼントボックスを奪うと、とことことお風呂場では無いもう一つのドアに向かって歩いて行った。
ガチャ、とダミアンはドアを開け、クローゼットだったその扉の中に無造作に箱を置く。けれど彼はそれだけでなく、そのクローゼットの中でぶら下っているシャツを一枚選んで私へと持って来た。
「何かしら」
「これを使え」
私は彼のシャツを受け取る代わりに、彼のお面を外した。
瞼を腫らした顔を使用人に見せたくなかったのだろうが、私しかいない今はこんな面など必要ないじゃないか。
!!
お面を外されてひゅっと私から視線を逸らしたダミアンだが、彼は物凄く真っ赤な顔をしていた。
この照れている顔を私から隠したかった、だけ?
「もう一回同じセリフを言って。このままの素顔で」
「ん、んん。君は意外と悪女だな」
「もしかして、仮面を被ったのは、単なる照れ隠し?」
「ん、んん。そ、そんなわけでは」
「じゃあどういうつもりだったの? あなたがこんな仮面を被って部屋の隅から見つめてくるから、とっても意味が分からなくて怖かったわ。せっかくのプレゼントに嬉しかった気持が台無しよ。私はこの仮面が嫌いなの」
「ほんとうにうれしかったんだ」
ぼそっとダミアンは呟いた。
そして、物凄く嬉しそうな笑み、という表情を私に向ける。
はひゅっと思わず息を飲んでしまった。悔しいぐらいに顔がいい。
左頬から首筋へと続く鱗など、彼の美しすぎる顔を際立たせる飾りでしかない。
ダミアンは彼に見とれてしまった私に気が付いたのか、美しい瞳をさらに幸せそうに細めた。
「気味が悪い、こんなものいらないって、君が受け取りを拒否したら、私はどんな顔をすればいいかわからなかった」
いや、その通りだったのですけどね。
私はダミアンから彼のシャツを奪い、その代わりとして彼の仮面を返した。
「夫婦だったら、嫌な時の気持も顔も教え合うものだと思うの」
私は言い捨てると、お風呂場へと走った。
知り合ってもいない相手のドレスばかりか下着まで勝手に購入するのは、男性どころか人として気持ち悪いんだ、とダミアンを罵倒してやるべきなのに、私の口は彼が喜びそうなことしか言わなかったから。
だって罵倒できない。
大きな体した年上の人なのに、情緒が私の孤児ぐらいなんだもの!!
ベッドルームにぽつんと取り残されたダミアン
「夫婦だったら? イゼル!!」
わぁい ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ わぁい♪
ベッドの上でゴロゴロジタバタ。
五歳児だったら可愛いんだけどね、ダミアン……。
NEW⑪ジゼルがダミアンの存在を知らない時点で、勝手にお洋服などを買ってしまうとんだ変態です←今ここ、だぞ




