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破られた日常

 それはいつもの帰り道だったはず、だった。

 赤味があれば華やかだろうに、単なる褪せた色合いの茶色の髪に暗い色合いの緑色の瞳という組み合わせでしかない特出のない平凡な風貌の私には、いつもの平々凡々な日常だけが繰り返されているはずだった。


 なのに、私ことイゼル・カーネシリアは、いつもと違う状態に戸惑っている。


 もうすぐ夕方程度の明るい午後であるのに、自宅に帰るだけの馬車が盗賊か何かに急停車させられたのだ。私の馬車を止めた原因が分からないのは、私も侍女のサリナも馬車の中で縮こまっているだけだから。


 だって、馬車の周囲では、数頭の馬の嘶きや男性達の声で騒々しいのよ。


「護衛の一人ぐらい付ければ良かった」


 今さら反省しても後の祭りである。

 だけど、私は幼い頃から毎週水曜日にこの道を往復しているのだが、いまだかつてこんな状況に陥った事など無いのだ。安全ボケしていても仕方が無いはず。


 カーネシリア男爵領は、どこの領地よりも安全なはず、なのよ。


 元近衛の父が、カーネシリアの騎士達を自ら鍛えて領の守りを厚くしたのだもの。今や中年太りでぽよぽよ体形の父だけど。若かりし頃は王城の筆頭近衛で、母が惚れこんで惚れこんで結婚を望んだほどの人なの。

 そしてそんな素晴らしき父に鍛え上げられた領地の騎士達は、領地内の悪意の芽が芽吹く前にしっかり刈り取ってくれているのだ。


 結果、王都から北方面の領地へと帰る貴族達は、我が領が安全だからと、通常の街道をわざわざ外れて我が領地を横断して北上していく。


「それがどうしてこんなことに」


 私は唇を噛みしめる。

 我が領が危険だと噂が立ったら、領地を横断していく貴族がいなくなる!!

 これと言って特産が無い領地において、定期的に得られる通行料(国に報告義務も税を納める必要もない収入)はとても得難いものだというのに。


「これからどうなってしまうの」


「お嬢様、お気を確かに。私達の帰りが遅ければお父上様が動かれます。必ずお父上様が騎士達を連れて助けにいらっしゃいます。ですから、ここはじっと我慢を」

「動くな!!これ以上馬車に近づいたら――」


「おおっと、君こそ動かない。御者のくせに勇敢だな。ほら、大丈夫だから大人しくしてくれ」

「そうそう。俺達は命を取るなんてことはちっとも思っていない」


「では、このまま見逃してください。この馬車に乗っておられる方は、我が領の大事な大事なお嬢様なんです」


 チッ。

「ひゃあ」


 私は小さく悲鳴を上げた。

 義理堅い御者のワルトが私を守るために抵抗をしてくれたようなのだが、馬車の中に私という領主の娘がいることまでも言ってしまった。それでサリナがちぃっと舌打したのだ。怖い。行儀作法では散々に私に手痛い指導を与えてくれたサリナが、舌打ちなんて下品極まりない振る舞いをしたのよ!!


 どれだけ怒っているの、サリナ。と、私はガクガクブルブルだ。

 外の状況に脅えていたことも忘れるぐらいに。


 ガクン。

「きゃあ」

「お嬢様!!」


 馬車が急に大きく揺れ、私達は悲鳴を上げた。

 そしてその後すぐに凍った。

 だって馬車が大揺れしたのは、鍵が閉まってた馬車の扉を無理矢理こじ開けられたのだから。


 馬車の扉が外へと吹っ飛んだのよ!!


「こうでもしないと君と会話もできないのだから許してくれ」


「え?」


 男の声による謝罪らしきものもあったが、私の意識はそこに向かない。

 私は彼の謝罪を受け入れる所では無い、のだ。


 ドアが無くなりぽっかり空いた四角の穴には、そこにあったドアよりも頑丈そうな長身の男が立ち塞がっている。悪魔みたいに黒いマントを翻して。


 顔は?


 わかるわけ無いわ。


 アンティックゴールドの癖のある髪は少々長めの短髪に整えられていて、彼の顔など覆っていないけれど、私に彼の顔など分からない。


「ぎゃああああ」

「きゃああああ」


 私とサリナは同時に悲鳴を上げた。


 だって馬車の扉を壊した男は、銀色に輝く金属の仮面をつけているのよ。

 装飾なのかトカゲの鱗のような浮き彫りがあるという、被った人をトカゲのお化けに見せる悪趣味なものを。


「お嬢様、お逃げください!!」


「そう、そうだわ」


 サリナの叫びに私はハッとする。

 そうよ、逃げなきゃ。

 私は男の対面にある方の扉、そちら側から逃げ出そうと手を伸ばす。

 扉に罹ったカーテンが揺れ、その扉の向こうの景色を見せつけた。


「無理だわ」


 こちらの扉の前にも、ドアを破った男と似て非なる格好をした男達が立ち塞がっている。銀仮面男とは違って金属の仮面ではなく目元だけを隠す布の覆面をしている、盗賊というには体格が良すぎる黒づくめの男達が扉の向こうにいるのだ。

 私は仮面男へと振り返る。


「あなたは何者ですか。この馬車がカーネシリア男爵家のものだと知っての狼藉ですか?」


「私の名前はダミアン・ゴーライエン。今日から君の夫だ」


「はい?」


「はい、か。さっそくの了承痛み入る。では、我が家に帰ろうか、妻よ」


「え? え、サリナって、え、ええ、きゃあ!!」

「お嬢様!!」


 仮面の男が馬車の中に身を乗り出し、呆けている私を有無を言わさず引っ張って抱きしめたのである。それだけでなく、頭が回っていない私に対し、おかしな匂いがする布地を顔に押し付けた。


 臭い!!

 この臭いは毒ニンジン!!

 殺される!!


 だけど、私は抵抗する間もなく、意識はそこで真っ暗となった。

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