少年と少女の
三題噺もどき―よんひゃくごじゅうはち。
低いモーター音がリビングに響く。
開けた窓から、風が入り込んでくる。
その柔らかな風とは裏腹に、少し暑すぎるくらいの陽光が差し込んでいる。
少し離れたところでは、扇風機が回っているが、それでも足りない。
「……」
窓も開けてしまって、風もたいして酷くはないからいらないだろうと思っていたのだが。
集中するには、少々熱がこもりすぎていた。
数ページ読み始めたあたりで、暑さに耐えきれず扇風機を回したのだ。
「……」
それでもまぁ、暑いのには変わりないのだけど。
幾分かマシになったので、そのままこうして読書に勤しんでいる。
じわりと汗をかくのが鬱陶しくもあるが、それも気にせずにいられるほどに、集中していた。
「……」
この本を手に取ったときは、ちょっとした好奇心で買っただけなので。
正直、ここまでのめり込めるのかは不安だったのだが。
まぁ、たまにはこういうのを読むのも悪くはないのかもしれない。
他にも数冊書いている作者のようなので、他のも手に取ってみたいと思う程には、この物語にはひかれている。
「……」
大まかなジャンル的に言うと、恋愛ものになるんだろうか。
もうこの時点で、私が読むものとしては珍しかったりする。
妹が知ったら、何か好きな人でもできたのかとニヤニヤしそうだ。
まぁ、私自身も、もうそういうものには縁がないだろうと思っていたから、読んでこなかったが。それとこれとは、別物だ。
「……」
ある、少年と少女の話だ。
それぞれの視点で交互に描かれ、すれ違いや葛藤が様々と描かれていた。
「……」
少年は旅烏と言われ、一所にとどまらず、点々と移動しながら暮らしていた。
ケガレと呼ばれるものを背負った少年は、そこに居続けるとその場所に最悪が訪れると言われ続けてきたからだった。
「……」
少女は、どこにでもいるような素朴な少女だった。
その日。家族で自分の住む町のはずれにある山に来ていた。
そこで、迷子になったところを少年に出会い、助けられたのだ。
「……」
それから二人は、この山で会うようになった。
少年は、日を重ねるにつれ、優しく自らを受け入れてくれる少女にひかれ、それでもこの町を出て行かないといけないと言う葛藤に苛まれ。
少女は、自分の知らないことをたくさん知っている少年にひかれ、いつまでも共にいたいと願った。
「……」
それでもやはり、別れは来る。
本来、ひと月としてその場にとどまってはいけない少年は、気づけば半年近く居座ってしまった。それゆえに、少女の住む町には災いが訪れるようになり、それが自分のせいだと分かっている少年は出て行くことを決意した。
これ以上、自分のせいで、自分の大切な人を傷つけたくないと言うその一心で。
ヒグラシの鳴く美しい朝に、少年は少女の前から姿を消した。
ただひとこと、もう自分のことは忘れて、幸せに暮らしてくれと言い残して。
「……」
しかし、少女は忘れることは出来ず。
またいつか、必ず会えるはずだと、少年との出会いを諦めず。
あの過ごした日々をいつまでも、記憶にとどめ続けて。
だれからも忘れられてしまう、あの少年の事を、自分だけは覚えておこうと。
「……」
だが、人間。
生きている限り、忘れるものだ。
―少なくとも私はそう思っている。
忘れることが出来ないものは、苦い記憶か痛い記憶だけだ。
美しく、楽しい記憶なんてものは、徐々に薄れて最後には消える。
「……」
まだすべては読み終えていないので、この先少女がどう生きて、少年がその後どうなっていくのか分からない。
少なくとも、何かしらの幸せな方向へと向かいそうなものだけど。どうしても、そういうものは望まない自分もどこかにはいるわけで……。
まぁ、自分のこういう変なところがあまり好きではない。
「……」
それでも、この二人の物語は、見届けたいなんて思ってしまうあたり、この作者のすばらしさが染み入っているような気がする。
ほかにどんな作品を書いているのかはあまり知らないが、これを読み終えても尚、読もうと思えたら買うことにしよう。
お題:諦め・ヒグラシ・旅烏