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家出少女、家出少女を探す  作者: batabata
2/3

【中編】捜査、再会、離別

 手掛かりの無い人探し。それは無謀の一言に尽きる。

 まるで永遠の闇の中を出口を求めて彷徨う様に、絶海の孤島から一人脱出する様に、終着点を提示させられながらも、そこに終ぞ辿り着くことなどは、最早不可能と呼称しても過言では無い。

 そう、例えばこんな……。


「何してんの」

「匂いを探してます。彼女の髪から香る甘い香りを……」

「一生掛かっても見つかんねーよ!!」

 俺は少女の頭にチョップした。


「な、何するんですかぁ!」

 頭を押さえる春日。

 彼女は捜索開始と息巻いたのは良いものの、あまりの手掛かりの少なさに奇行に走っていた。


「警察犬でもそんな鼻利かねーから!」

 アパートから徒歩約十分の住宅街。

 俺の服装は、適当なTシャツとジーパンで済まそうとしたのだが、よく考えるとTシャツにデニムスカート姿の隣の少女と完全にペアルックになってしまうので、大学生時代にお洒落のつもりで買ったチノパンを履いている。


「分かりますよ! 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はうんたらかんたら。彼女はその美貌、芳香故、存在するだけで周辺にお花畑を咲かせるのです!」

「お前の頭に咲いてんだろ……」


 唯一の手掛かりである自転車の所在も分からず、ゆくあての無い捜し物探訪に疲弊し、完全に参ってしまっている。


「ここまで適当に歩いてきたけど、何か無いの? 友達の行きそうなとことか、好きなとことか」

「中華が好きでしたね」

「飯の好みじゃねーよ!」


 どうやらお手上げらしい。本当に自転車と顔だけが頼りの状態。

 そのあまりの途方の無さに、俺は辟易した。


「どーすんだよ! そもそも、その子の自転車だって確証も無いんだぞ! こんな実写版ウォーリーを探せみたいな事、やってられっか!」

「ウォーリーは上から探すものなのでもっと難しいですけどね」

「冷静に突っ込まないで……」

 俺は肩を落とした。

 まさかこんな面倒な事になるなんて……。


「兎に角場所を変えよう! 住宅街なんて探してたらキリ無いわ。ここら辺はニュータウンだから、近くにショッピングモールとか色々遊べる場所がある。どうせそこらで遊んでるって」

「大神さんに恋歌ちゃんを語られたくありませんけどね……」

 何故か悔しそうにする春日を後目に、俺達は若者が寄り付きそうな場所へ向かう。



 休日のショッピングモールは、まさに繁栄を極めていた。

 三階建ての店舗棟には、所狭しと人気店が軒を連ねており、様々な客層の人々でごった返していた。

 しかし喧騒の中にあり、一際異彩を放つ存在がそこにはあった。


「見つかんねーーーーーっ!!!」

「うるせーよ!」

「痛っ! てか大神さんもうるせーです!」

 春日優。

 彼女は両手を広げ、真っ白な天井を仰ぎ、叫んでいた。

 そんな彼女の脳天にチョップを入れた俺だが、内心は彼女同様叫んでやりたい気分にあった。


「オイ、若い女の子が行きそうな場所もう無いのかぁ? 疲労と羞恥の間に挟まれて完全に参っちまったよ俺は」

 ランジェリーショップとか流石に勘弁して欲しかった。

「知りませんよ! これじゃあ完全にデートですよ! ていうか、年齢差的に殆ど援交みたいになってます!」

「そんなに老けてる!? ねぇ! 嘘だよね!?」

「もー、うるさいです大神さん。そんなに叫ぶと……」


 ぐぎゅるるるる!

「う……」

 俺の体内に住まう腹の虫が叫び散らしていた。

「昼食には遅いが飯にしないか……? 好きなとこでいいから入ろう……」

「さっき中華の話した時から行きたくなってたんですよねー、中華」

「一回しか話してないけどな……」

 やがて空腹の俺と春日は、モール内グルメフロアの、某大手中華料理チェーンに足を運んだ。



「お前さぁ、それ何?」

 俺は天津飯をレンゲで崩しながら正面の少女に尋ねる。

「肉と玉子の炒りつけとキムチ炒飯」

「誰が頼むんだよそれ!」

 眼前には親しげの無い料理が並んでいた。


「大神さんはモグリさんですね。モグリ神さんですね」

「何だよモグリ神って、限りなくバカにしながら敬ってんじゃねーよ」

「この肉と玉子の炒りつけなんて、一番美味しいと思いますけどね、私」

 確かに、見るからにふわふわの玉子は食欲をそそる。


「な、なんだよ、気になるじゃねーか。ちょっと食わせろ」

「嫌ですよ、天津飯と食べ合わせ悪いじゃないですか、玉子同士で」

「俺の心配!? そこは一人で全部食べたいからとかじゃないんだ?」

 よく分からないが、食べてよさそうなので、箸で肉、玉子、ネギを上手く摘み、口に運ぶ。


「!!」

 俺が料理を口に入れた瞬間、春日は満足気に口端を吊り上げた。

「でしょ?」

「次から絶対頼も……」

 俺は心のメモに記帳した。

 火加減から成るのであろう食材達の絶妙な食感と風味を、俺はきっと忘れない。


 

 数分後……。


 

「いやー色々挑戦したくなるなー! こういう店は!」

「人生然りですね! 次これいきませんか?」

 春日は嬉々としてメニュー表に指をさす。

「いいねー!」


 俺達は店の料理人達に、虜にされていた。

「二千五百円になりまーす」

「ん?」

 レジから会計をする店員の声が聞こえた。当然だ。無銭飲食でもしない限りはお金を払うのが摂理。だが。


「すげーな一人で二千五百円って、それもあんな女の子が……何食べて……あれ?」

 少女の横顔に見覚えがある。


「えーっと……」

「大神さん?」

 昨日の夜ぐらいか……写真で確か……誰かの探し人で……。


「ってあーっ!!」

 俺は立ち上がり、退店する少女を指さした。

「な、何ですか大神さん、みっともない」

「オイ!あれ!」


 春日は俺の指し示す先の少女を確認すると、目を丸くした。

「そんな、恋歌ちゃん……?」

 春日は驚愕し、メニュー表をはらりと床に落とした。

「中華好きすぎでしょ……」

「どーでもいいわっ!!」

 どこまでボケ倒せば気が済むんだこの女……。


「早く平らげましょう! 恋歌ちゃんを追います!」

「あ、完食は一応するんだ……」

 俺達は律儀に料理を平らげると、支払いを済ませ、糸井恋歌の後を追う。


「くそ、居ないな……走って探したいが、こんなに人が多いんじゃあ流石に憚られる……」

 俺達は中華料理店のある三階を、早歩き程度のスピードで探し回っていた。

 お目当ての糸井恋歌は、既にこのフロアには居ないのかも知れない。


「おい、一回降りるか?」

「そうですね、流石にまだモール内には……ってあ!」

 春日の視線の先、そこにはエレベーターと、それに搭乗する一人の少女。


「恋歌ちゃ……!」

 春日の叫びは虚しく途切れた。

 締まり切ったエレベーターは、既に下降を始めている。

「エレベーターってことは多分一階だろ、俺達も行くぞ!」

「はいっ!」


 エレベーターの上昇を待っている暇は無かった。

 俺達は駆け足で階段を下りる。


「大神さん! エレベーターと階段ってどっちが早いんですか!」

 息も絶え絶えに春日が聞いてくる。

「知るか! 喋る前に足動かせ!」

「ご、ごめんなさい、気になると聞かずにはいられない性分で……」

「……流石にエレベーターだろっ、だが俺達は、何としてもここで奴を食い止めねばならん!」

「え?」

「相手は恐らく帰りはチャリ、こっちは足なし。つまりダッシュ」

「つ、つまり……」

「外に出られたら追いつけない! 俺が青学の短距離選手ならまだしも!」

「……恋歌ちゃんがそこまで爆走するかは分かりませんが、一理ありますね……!」


 そして俺達は下のフロア、一階に到着する。

「取り敢えず出口に向かう!」

「はいっ!」


 俺はエレベーターの場所から一番近くの出口を算出し、人混みの迷惑にならない程度に走り出す。春日もそれに続く。

「いねーな、もう外か?」

「流石にそれは早すぎる気が。私、ここで電話かけてみます」


 言うが早いか、スマホを取り出し、電話帳から糸井恋歌の名前をタップする。

「……出ないな」

「はい」


 コール音は鳴り止まないが、暫く経っても相手からの返答は無かった。

「外で待ち伏せしよう。自転車の場所さえ押さえちまえば、ほぼ勝ちだ」

「確かに、それが良さそうです」



 入店前、自転車の所在を確認しておけば良かったと後悔。

 俺は自転車探しを春日に一任すると、出口から退店する客の顔を、一人一人遠くからチェックする。


「恋歌ちゃん!?」

 春日の弾む様な声に、俺は思わず振り向いた。

「電話か!」

 恐らく糸井恋歌から折り返しの連絡が来たのだろう。

 俺はスマホに表示された着信相手を覗く。


「お母さん……」

 と、そこには表示されていた。


「あ、あはは、えっと、これは」

「出ろよ、お前の友達は俺が見張っとくから」

「でも……」

「心配してるんだろ? きっと。もう友達も見つかる。だから安心して出ろ、そして叱られろ」

 しかし春日は、その着信が鳴り止むまで終ぞ応答ボタンを押さなかった。


「えへへ……へ」

 苦笑を浮かべる春日。

「な、何やってるんですか大神さんっ、見張っててくれないとっ。それとも一緒に見張りたいですか? しょうがないですね……」

「気になってたんだけど……」

「な、何ですか?」

 慌てた様子の春日。俺は頭を掻いた。


「お前が家出する理由と、友達を捜索する理由。どんな関係がある?」

「え?」

「糸井恋歌を探す為に、お前が家出をしなければいけない理由が分からないって言ってるんだ」

「そ、それは……」

 春日は下を向いた。手の中に収まったスマホをぼんやりと眺めている。


「昨夜、お前のスマホを見た時に、一瞬だけ電話のアイコンバッチが見えた。」

 アイコンの右上に表示される数字のことだ。SNSなんかを放置してるとよく数字が貯まる。

「親から来てんだろ、心配の電話。それも何件もだ」

「……」


「いいじゃねーか、別に。夜まで友達探して、心配かける前に帰る。ちゃんと伝えれば分かってくれるだろ。何故何も言わない? 何故電話に出ない?」

「何も分かってくれませんよ……」

「うん?」

 スマホを握る手に、力が篭っている。


「私、何も間違ったことしてないんです! 友達を、唯一の親友を探したいって! 親にも見限られた彼女は、私が探してあげるしかないんです! それなのに……あの子とつるむのは悪影響だからって! 他の友達を作れって! 何様ですか!」

「それでムカついて、家出したって?」

「悪いですか?」


 いつの間にか春日は、怒気を孕ませた顔でこちらを見つめていた。

「知らねーよ。ただ、ガキだなぁって思っただけ」

「ど、どういう意味ですか」

 予想外の返答だったのか、両目を丸くする春日。俺は一息吐く。


「はぁ、ニートの俺に言われるのも癪だろうがな、親に納得してもらえないから、家を飛び出すってのがガキなんだよ。お前は親に理解されない事を嘆いているらしいがな、俺は到底、お前が親に理解されようとしているとは思えんね。」

「理解される?」

「ああ。お前は親を納得させられなかった。しかし納得させる努力もしなかった。その結果家を飛び出したんだ。それは単なる逃げじゃないのか? そうしたら親が理解を示してくれるとでも?」

「親に友達を否定されて、それで激昂して、その結果家出だと? お前は親が気に食わないだけじゃねーのか?」

「違います!」

 捲し立てる俺に否定の意志を表す春日。


「お前はその唯一の友達を理由に親に反抗の意志を示したいだけの……」

「違うと言っているんですっ!!」


 俺は本心を述べたつもりだったが、どうやら言い過ぎたらしい。

 春日は瞳に涙を貯めていた。

 俺は必死に取り繕おうとする。

「わ、悪い、今のは……」

 すると。


「あのー」

 俺と春日の会話に割り込む声。

 俺達は声の方へ同時に振り向いた。

「あっ……」

「れ、恋歌ちゃん!」

 遂に、対面だ。




「何やってんの? 優」

 訝しむ様な表情。それは俺にも浴びせられる。

「てか、この人誰?」

 腰辺りにチェーンのついたジーンズに、お腹の見えるニットのトップス。体のラインに沿う様な黒髪ロング。

 遠くから見た時にも薄々勘づいてはいたが、はっきり言ってお近付きになりたくないチャラ衣装に扮している。


「その、恋歌ちゃんが心配で……学校を無断欠席して、その、家にも帰ってないみたいだし……」

 言葉に勢いが無い。そんな春日の様子を見て、チャラ女こと糸井恋歌は鼻で笑う。


「何それっ、二日休んでただけじゃん。ちょっとたるいからサボってただけー」

 面倒そうに長い髪を自身の人差し指に巻き付ける糸井恋歌。


「随分、その、なんて言うか……様子が変わったよね、恋歌ちゃん」

 確かに写真の彼女とは似つかない部分がある。

 制服に身を包んでいたからという理由だけでは無い。目元の鋭さやメイクが彼女の印象を変化させている。


「もっと良い子ちゃんだったろって? それは買い被りすぎ。もう学校にも行かないかもだし」

「えっ……」

 そう言うと糸井恋歌はスマホを取り出し、表示された写真を春日に見せつけた。


「村屋結斗。あなたより、親より、学校の誰より、私の事理解してくれる私の彼氏。だからもう関わんなくていいから」

「そ、そんな、何で……」

 項垂れる春日。俺は画面を差し出す糸井恋歌の腕に、違和感を覚えた。


「お、お前その腕……」

「ん? あぁこれ?」

 糸井恋歌は自身の前腕の内側を確認し、俺に見せつけた。

 リストカットの痕跡。痛々しい赤い線が何本も刻まれている。

「れ、恋歌ちゃん!!」

 ヒステリックとも呼べる叫びを上げる春日。本気で彼女を心配している様子だ。

 春日は糸井恋歌の痛々しい腕を取ろうとする。

「触んな!」

 だがそんな彼女の心配を無碍にするかの様に、さし伸ばされた手を叩く糸井恋歌。


「こんなどうしようも無い私をあの人が救ってくれたの……もういいでしょ? 十分失望したでしょ?」

 自身の腕を慈しむように摩る糸井恋歌。彼氏とやらの事を考えているのだろうか。


「ご、ごめん恋歌ちゃん……私、恋歌ちゃんがそんなに苦しんでるなんて知らなかった……私、友達失格だね……」

 再び涙を流す春日。


「じゃあね、優。別にあんたの事友達だなんて思ってなかったけど。面白い奴だったよ」

「っ……!!」

 ひらひらと手を振って帰ろうとする糸井恋歌。そう言えば自転車は……?

「あ、お前! 自転車! 家の、あそこのマンションに自転車停めてたろ!」

 俺は自宅の方角を指さす。

「あそこに住んでんのか、彼氏とやら」

「あぁ。あれはクラブ行くのに乗り捨てただけ。現地までチャリで行くの流石にダサいし。ホントにもういいでしょ……じゃあねお兄さん。そいつ友達いないから、大事にしてやって……」


 糸井恋歌は春日を一瞥すると、歩みを再開した。

「牡丹でも芍薬でも無く、刺々しい薔薇だったか」

 残されたのは涙で瞳を腫らした少女と、少女の唯一の友達を連れ戻すという約束を無下にしてしまった男。


「訂正させてくれ、お前が友達を理由に家出したって言っちまったこと」

「すまなかった」

 彼女は本気で、あいつを連れ戻したかったんだ。


「いいですよ、大神さんの言う通りですから」

 春日は涙に腫れる瞳を見せまいと、俯きながら話し出した。

「私は恋歌ちゃんの事、何も知りませんでした。自傷行為に走ってしまう程、苦しんでいたなんて……」

「私が、気付いてあげたかった。恋歌ちゃんの異変に。でも私は、恋歌ちゃんの事を知る努力すら、してなかったんですね」

「友達失格……いや、友達ですら無かったんですね……ならもう私は……」


「もういいってのか」

「はい……だって私より、大切な人が」

「……お前泣きじゃくってて気づいてなかったかも知れねーけどよ、俺は任されたんだ、あいつに」

「え?」

「大事にしてやれって」


 俺は糸井恋歌が向かった方向に歩みを始めた。

「大神さん、どこへ……?」

「残念ながら年上好きの俺には、お前を大事にしてやれる自信がねぇ。途中で愛想尽かしちまいそうだ」

「……だがよ、あんな顔で、あんな悲しい面で、じゃあねなんて言われて……」

 それは彼女が最後に見せた表情。

「納得出来ねぇ。別れの挨拶はお世話になりました、だ。俺だってそう言って社会人辞めてきたんだ」


「あいつの本音を、本心を、確かめるまでは……引き下がれねぇ」

 俺の闘士は煮えたぎっていた。

「大神さん……」


「お前はどうする?」

「え?」

「あんなぽっと出の彼氏野郎に糸井恋歌の隣奪われて、納得出来るか?」

「それは……」

「糸井恋歌の事! 何も知らないまま終わっちまっていいのか!?」

「それはっ!」

「唯一の友達から赤の他人に降格して……」

「あの彼氏野郎ぶっっっ殺してやらあああああああ!!!」

「矛先間違ってるけど!?」

 沸点がエタノール並に低い。

 だが本調子を取り戻して頂けたらしい。


「大神さんっ!」

 春日は真っ赤に腫れた瞳で笑顔を作っていた。

「私は恋歌ちゃんを、救ってみせます!」

「その意気だ! だがその前に……」

 俺は春日のスマホを指差す。

「はい?」

「お母様に今日までに帰るって連絡しとけな」

「う、はい……」

 さぁ、今日中にカタを付けてやる。




「大神さん、私、大変な事態に気付いてしまいました」

 視線を約百メートル先を歩く糸井恋歌に向けたまま、春日は口を開いた。

「何だよ、怖い事言うなって」

「尾行と言えば……探偵と言えば何ですか?」

 知らない。何の話をしているのか。

 俺は安堵と呆れのため息を吐く。


「牛乳とあんぱんですよ! そんなことも知らずによく義務教育終えましたね!」

「ほーん、最近の教科書には下らねー事書いてんだな」

「下らなくないですよ! 探偵する時はこの二種の神器が必要不可欠でしょう!」

「何だよ二種の神器って! 百歩譲って張り込みの時とかでいいだろそんなもん!」

「形から入るタイプなのです」

 何故か得意げに鼻を鳴らす春日。


「いらねーよそんなもん。第一俺は甘いパン嫌いなんだよ。おかず系のパンしか食わねー」

「大神さんの好みはどうでもいいです」

「おめーの探偵ごっこが一番どうでもいいわ!」

 暇になった俺達は、下らないコントを繰り広げていた。


 数分前、糸井恋歌奪還の意を決した俺と春日は、先んじて奴の拠点、恐らく彼氏の家を特定する必要があった。

 何の目算も立っていない今、取り敢えず糸井恋歌、引いては彼氏の居住地を確認しておくことで、後々何かと便利だと考えたからだ。

 しかし黙って尾行を続けるのにも飽き、今に至った訳である。


「大神さん、これ恋歌ちゃんが振り返った瞬間終わりじゃないですか? 私たち、ただ恋歌ちゃんの後ろ付けてるだけですよ」

「大丈夫だ。人間、普通に道歩いてて急に振り返ることなんてあんまり無いだろ」

「お前もあんまり振り返らないと、誰かに付けられてるかも知れないから気をつけろよ。俺は二十四年間振り返らなかったせいで、ニートとかいうふざけた肩書き付けられちまったからな」

「それあなたが勝手に付けただけですよね……」


 などと言っている間に、俺たちは住宅街に足を踏み入れていた。

 陽は沈みかけ、間も無く夜が訪れようとしている。

「暗くなってきましたね……尾行だけじゃなく、やはり何らかの手を打たねば。しかし妙案も何も思い浮かばないです」

 天を仰ぎながら春日は呟いた。


「彼氏ぶっ殺すとか言ってたヤツが、えらく弱気だな?」

「いや、出来れば今日中に終わらせたいなって」

「どうして?」

「それはですね、恋歌ちゃんの……」

「恋歌ちゃんの、何?」

「っ!?」

 俺ではない。背後からの謎の男の声に俺たちは言葉を失った。

「あの、人ン家の前で何やってんすか?」

「か……」

 俺たちは背後の男に顔を向ける。

「彼ぴっぴ……」

 二人揃って口を開いていた。


 そこには先程写真で糸井恋歌が紹介していた男と同じ顔の人物がいた。

 


「あの、恋歌に何か用すか?」

 突如姿を現した男。

 ジャージ姿に、髪型は俺とお揃いの黒髪ツーブロック。あまり派手な印象は無い。

 そして俺たちの追跡対象を名前呼びする様な間柄の人物。彼は糸井恋歌の彼氏、確か名前は……。


「村屋、えーっと結斗だっけか。」

「何故俺の名前を? あんたら恋歌の何すか」

 品定めする様に、俺と春日を睨む村屋結斗。


 一方の糸井恋歌は、年季の入ってそうなアパートに足を踏み入れていた。

「あ、自転車が! 成程、恋歌ちゃんは木曜からここにいた訳ですか。つまりこのアパートの一室はあなたのお住まいですね?」

 駐輪スペースに目を向ける春日。

 恐らく糸井恋歌の自転車を発見したのだろう。


「あ? 木曜? 恋歌は金曜から……って、だからあんたら何?」

「あー失礼、まぁその何だ、友達みたいなモンだ」

 正しくは違うが説明も面倒だ。

 しかし村屋結斗は更に疑心の表情を浮かべる。


「あいつの帰りが遅いから心配して来てみれば……まさかあんた、恋歌がクラブに出入りしてた頃の知り合いか?」

 急にジャージの袖を捲る村屋結斗。

 何だ何だ、怖い事でも始める気か?


「ク、クラブってお前、彼女さん、未成年どころか十八歳でもないよね? そんな大人の場所に出入りってどういう事だ?」

 そういえば初めて会った時も、クラブという単語を口にしていた。


「あんたらに話す義理は無い。何を嗅ぎまわってるのか知らねーけど、恋歌に害を及ぼすってんならマジ容赦しねーっすよ」

 おーこわ。

 拳を左の掌に打ち付ける村屋結斗。

 左右の耳のノンホールピアスが不規則に揺れている。

 どうやら彼女を救ってやったと言うのは間違いなさそうだ。しかし。


「あぁん!? 容赦しねーのはこっちですゴラァァァ! あなた恋歌ちゃんの彼氏とか宣ってますけど、恋歌ちゃんのスリーサイズ知ってんのかあぁん!?」

「は?」

 唐突に喋り出すや否や、謎のマウントを取り出す奇妙な女に、村屋結斗は唖然としていた。

「好きな曲、好きな食べ物、好きなYouTuberとか知ってんのかぁん!?」

「いや、その……」

「恋歌ちゃんのおっぱい揉んだことありますかあぁん!!?」

「止めろバカ」

「あうっ!」

 狼狽える村屋君を見てられなくなり、脳天チョップで暴走する春日を静止させる俺。


「わりーな村屋君。見ての通りこの女は馬鹿なんだ。馬鹿みたいに彼女を心配して、馬鹿みたいに赤の他人の俺に頼み込んで、彼女の捜索を同行させている。馬鹿なりの方法でな」

「……」

 真剣な眼差しで春日を見つめる村屋君。

「教えてくれ、彼女に何があったのか。このまま……馬鹿のまま、二度と会えないなんて御免だ」


 俺は頭を下げた。こんな事で傷ついた彼女の内情を話してくれるとは思わない。だが俺にはこうするしか無かった。

「お願いしますっ!」

 俺に続き春日も頭を下げる。

 先程まで暴走していた姿と比較すると中々に滑稽だが、村屋君が根負けしてくれない事には、話は進まない。


「……あいつとは、ナイトクラブで会ったんす」

「っ!」

 俺と春日は同時に顔を上げていた。

 俺たちの思いは伝わったのだろうか。春日のマウントが意外と効いていたりして。


「俺、歳は十八なんで酒は飲めないけど、一応店には入れるじゃないすか。だから逆ナンとかされねーかなーって思って、大人の世界に足を踏み入れたんすよ。そしたら皆楽しそうにしてる中、暗い顔した奴がいてね、逆ナンされる予定が、つい話しかけちゃいまして」

「しかし何話しても無視決め込まれて。それでもまぁしつこく話しかけてたら、徐々に心開いてくれましてね」

「何で未成年のあいつがナイトクラブ来ようと思ったのか、その理由は終ぞ聞かせてくれませんでしたけどね、まぁ深く突っ込むのもアレなんで、それは置いといて」

「あいつ、ここに出入りする内、ちょっとおっかない連中に声かけられたみたいでね。その日も連中と待ち合わせてるって話だ」

「だから俺は恋歌の手を引いて……って武勇伝みたいになっていけねーな。ま、ともかく。そっからはそんな連中とはつるまず、俺とつるめってな具合で、恋仲になったって訳。もうクラブにも行かせてないし、リスカもしてない。こう見えても、恋歌の事守ってやってるつもりっすわ」

 そこまで言うと、村屋君は息を深く吐いた。


「だからもう心配要らないっす。恋歌は俺が守るから。大丈夫、恋歌はいい子っすから。友達に恵まれたからかな」

 村屋君は俺たちに初めて優しい表情を見せてくれたが、春日はどこか納得していない様子。


「でもっ……!」

 そんな春日を俺は手をかざして御する。

「そりゃ安心した。つまりもう、彼女を取り巻く不安要素について、外野がとやかく言う必要性は無いってことだ」

「……そうすね」


 俺は踵を返した。

「ちょ、大神さん!」


 一人納得する俺に、反抗の意思を示す春日。

「一旦家帰るぞ。ホラ付いて来い」

「そんな、ちょっと! 待って!」


「い、意味分かんないです! 私は、恋歌ちゃんを助ける為に……!」

 俺は春日の手を掴み、無理矢理連れ去った。



  帰宅後。

「何のつもりですか!?」

 春日は最早激昂とも呼べる程怒りを顕にしていた。


「ようやく恋歌ちゃんの所在を突き止めたのに!」

 荒々しくテーブルを叩く春日。先日二人でピザを食べた丸テーブルだ。


「じゃあお前聞くけど、この後どうするつもりだ?」

「それは……!」

「二人の恋仲引き裂いて、無理矢理連れ去るつもりか?」

「そんな……私たちで救うって約束したじゃないですか! そんな元も子も無い事言わないで下さい!」


「相手がどうしようも無い彼氏だったら話は違ったかもよ? でもあいつなら大丈夫だろ。きっと、二人仲睦まじく暮らすんだろうさ」

「そんな!」

 俺はおもむろに立ち上がる。

「そろそろ遅いからお前もう帰れ」

「ま、まだ! まだ私は……!」


「いい加減にしろ。お前があいつを思ってるつもりなら、あいつの為に何をしてやるのが正解だ?」

 食い下がる春日に俺は冷徹にそう言い放った。

「このまま黙って去ってやることだ。それが嫌なら、明日もっかい会いに行って、喧嘩別れでも玉砕でも勝手にしやがれ。俺に関してはこれきりだ」


 俺は玄関に向けて歩みを進めた。

「どこに行くんですか!」

「飲んでくる。未成年と飲み交わす訳にもいかねーからな。帽子置いてるから、それ持ってとっとと帰れ」


 俺は玄関の扉を開けた。

 春日の表情を窺い知ることは出来なかったが、納得してくれただろうか。それとも憎まれただろうか。


 ともかく。

「飯を振舞ってもらう約束は、守ってくれそうにねーな……」


ありがとうございます。

次回、最終話です。

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