~06 誓い~
6話目です。
大雪の雪かきの所為で昨日は力尽きていました。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
「ガラガラガラ・・・」
モクランに聞こえるのはそんな空虚な音。
それは聞こえているはずのない音だったが、サブの声、ミミックの触手、ミクラの声を聴いた今となっては、その音だけが現実としてモクランには聞こえていた。
その音が聞こえ始めてからは広場をサブを見ていたはずの視界は今やただただ暗く、何も見えない。
さっきまで楽しく動いていたはずの足には、力が入らず、自分の石とは関係なく座り込んでしまったまま動くことができない。
その口で紡ぐことができたのは
「そんな・・・」
ただその一言だけだった。
急にただの人形に成り下がってしまったかのようなモクランに詰め寄り、
「馬鹿野郎!今は呆けている場合じゃねぇ!一刻も早く逃げる算段をつけねぇと、みんな、死ぬんだぞ!」
内股座りに崩れ落ちたモクランの量の肩を掴んで揺すりながら、叱責するようにミクラは強めに言う。無理矢理に立たせようとするが、モクランの足に力が入ることはない。
「おい、嬢ちゃん、しっかりしろ!聞いてんのか!」
なおもモクランを揺さぶるミクラの手に、不意に弱弱しく重ねられる手が一つ。叱責するミクラを宥めるように置かれたその手の主は、だが、ミクラを見てはいない。
「・・・い、いこう、モクラン。い、今は泣いてる時じゃ、ない」
その言葉を聞いたモクランの目に光が宿る。そして大粒の涙も。
今の今までほとんどしゃべることのなかったタクの発言と行動に驚いて、動きの止まってしまったミクラをよそに、その両手がモクランの頬を優しく包み込む。
「・・・い、今は泣いている時じゃない、でしょ?」
その言葉を聞いて、モクランの足に力が戻る。
「…坊主、おめぇ。」
あっけにとられていたミクラが無意識に発した言葉に、タクも戸惑いながら反応する。
「わ、わかんない。怖いし、座り込んじゃえば楽なのかもしんないけど、でも、今、モクランを守れるのは、ぼ、ぼくだけだとお、思ったから。」
しどろもどろだが、はっきりと自分の内面を言葉にするタク。それを聞いたミクラはやおら破顔して、乱暴にタクを撫でると、
「いい男じゃねぇか。坊主!わりぃが、もう一度おめぇの名前を聞かせてもらえるか?」
そうタクに言う。それに驚きながらも答えるタク。
「タ、タク。」
「そうか、タク。おめぇ、なよっとしてっから心配だったが、、、だが、俺の目が節穴だったみてぇだ。おめぇになら、嬢ちゃんを任せられる。嬢ちゃんは俺の命の恩人だ。俺の分までおめぇの命に代えても守りとおすと今ここで俺と約束できるか?」
「・・・で、できる!」
急に沢山話しかけられて怯むタクだったが、答えだけはきちんとミクラの目を見て返すことができた。それを見て、更に笑みを深くしたミクラは
「上等だ!んなら…」
そういうがはやいか、ミクラは親指の皮を噛みちぎり、その血の滴る親指を立てた拳を横にして突き出して、タクにいう。
「こいつはな、古い鍵士の挨拶だ。互いに交わした約束は命を懸けて守るっていう意味のな。横にして拳を合わせ、それをお互い親指が上になるように回して、最後親指同士を合わせる。お互いの拳を鍵穴、親指を鍵に見立てて、約束を結ぶ。鍵を開けるまで約束はぜってぇ破んじゃねぇぞってそういう挨拶だ。わかったか?わかったら、おめぇも、ほら。っても、血ぃ出すとこまでは真似しなくていいんだぜ?真似っこだけでな。」
そう言って笑うミクラ。
だが、それを聞いたタクは、無言で自分の親指の皮を噛みちぎり、ミクラに向けて拳を突き出す。
それを目を丸くして、見ていたミクラだったが、再度破顔し、
「いいじゃねぇか、おめぇ、気に入った!」
そういって、タクの拳に自分の拳を合わせる。
「それじゃぁ、タク、おめぇを今日この時から、鍵士として認めてやる。鍵は開けるだけじゃねぇ、閉めるのだってその役目だ。鍵士の力は鍵を開け、ミミックを倒すことのできる唯一のもんだ。だがな、鍵がなけりゃただの人だ。だから、鍵には敬意を払う。閉まった鍵は次に開けられるその時まで、その中身を必ず守る。だから今からする約束は、その約束が解かれるその時まで大切に守り抜いていかなきゃいけないものだ。わかるな?」
「う、うん。」
そこで、ふと寂しそうな表情を浮かべたミクラだったが、
「鍵士の力はな、何故か遺伝する血の力だ。それも親が死んだときに、子が貰う。おめぇに俺の鍵士の力をやることは出来ねぇが、鍵士の繋がりは血のつながりだ。だから、命を懸ける約束には自分の血を賭ける、それが鍵士の習わしなのさ。そして、血を賭けるってのが…こいつだ。」
そして、拳を回転。タクもそれに倣い、お互いの親指が空を指したところで、
「俺、ミクラはタクとの間に違えない約束を結ぶことをここに宣言する。おめぇは俺に代わって、生きている限りモクランを支え、守ることを今ここに誓え。」
そういって、タクに優しく笑いかける。口調は乱暴だが、その瞳はととても暖かいものを湛えているようにタクには見えた。だから、どもりも自然と消え、
「誓うよ。」
と素直に言葉が出た。
「よぉし。なら、俺は…」
そう一呼吸置くと、二人をしっかり見て、ミクラは宣言した。
「この村を襲っている災厄を払うと誓う。」
その言葉を聞いて、目を見開くタク。だが、その驚きは信頼によって塗り替えられる。そして拳を支点に、二人の親指が合わさり、それと共にミクラの声が響く。
「閉錠!」
掛け声と共に押しだされたミクラの拳の勢いで、二人の拳が離れる。
「約束、破んじゃねぇぞ?」
ニヤッと笑うミクラに対し、突き放されたタクは不安そうにミクラを見上げる。
「で、でも、おじさん災厄を払うって…」
「ばっか、不安そうな顔してんじゃねぇよ。さっきの誓いはどぉしたよ?俺は鍵士だぞ?宝箱を解錠して、ミミックを倒す。それが出来んのは鍵士だけなんだ。俺がやらんで誰がやるってんだよ?」
そういって、広場の北側そちらを睨む。
そんなミクラの決意を改めて感じたのか、なんだかこの人とはもう会えない気がして、すがる思いでタクが言う。
「で、でも、お母さんが言ってたよ?鍵士は一人じゃ戦えないって。甘ったれの鍵士を支えてやるのが宝具士の役目だって。」
その言葉で振り向くや、がっくりと肩を落としてミクラが言う。
「っぐ、おめぇの母さん、何もんだよ。ったく、良く知ってやがる。どっかの誰かさんみたいないいようだぜ。ったくよ、だがな、普通の鍵士ならいざ知らず、ここにいるのはこのミクラ様だぞ?かっこよく、討伐してやるから、見とけって訳にゃいかんな。どうなるかはわからんから、お前らはまず逃げる準備をしておけ。」
そのやりとりを、一人静かに見守る形だったモクランがミクラの後ろ、北側の道を指さして急に叫ぶ。
「な、何か、動いてる。」
その指の先を見ると、今しも黒い触手が広場に入ってくるところだった。触手は噴水の手前まで伸びると、動きを止め地面に突き刺さるように動き出した。すると、北側の一軒の大きな蔵、その蔵の天井部分がはじけ飛び、中から朱色の地に金色の装飾と青や緑の宝石を随所にちりばめた宝石箱が現れた。その宝箱の隙間からは、蛇のような薄い触手があふれ出ていた。不気味と生理的嫌悪感を兼ね備えたそれを見たモクランとタクは
「っっっ!」
声にならない悲鳴を上げた。その声に反応したのか、宝箱は広場まで来た触手を辿るようにゆっくりと動き出す。蔵の外壁は触手が通る際に破壊され崩れ落ちる。見た感じかなり薄く見える触手のどこにそんな力があるのかはわからないが、間違いなく、その破壊をもたらしているのは触手であった。
「ちっ、おいでなすったか。おい、タク。嬢ちゃん連れてさっさと行け。約束忘れんなよ!」
「お、おじさんは?」
「ここまで来たら、やることは一つだろ?」
「わ、わかった。モクラン、行こう!」
そういって、タクはモクランの手を引いて走り出そうとする。モクランもそれにつられて走り出そうとするが、振り返って
「ミクおじ、死なない、よね?」
目に涙を貯めながら、不安そうに聞く。それを見送りもせずに
「おめぇに助けてもらった命だ。そうそう簡単になくしたりしねぇよ。でもな、薬師の先生には謝っておいてくんねぇかな?酒の約束には付き合えねぇってな。」
それを聞いて、また泣きそうになるモクラン。
「ど、どうし、、、」
その言葉にかぶせるようにして、ミクラが言う。
「ばっかだな、村の英雄様が酒におぼれてヘロヘロになってる姿を、人様に披露するわけにはいかねぇだろうが!わかったらさっさと行きな!」
そういって、背中を強く押される。モクランは抗うこともできず、3歩ほど前のめりにつんのめったが、すぐに態勢を立て直し、
「もう、馬鹿力!ちゃんと戻ってこないと承知しないんだから!でも、も、もしお酒飲むんだったら、あたしがお酌してあげるんだからね。」
そういって、今度こそ駆け出す二人。それを見送ることもなく、まっすぐに広場を見据えるミクラ。
「だぁから、飲まねぇって。でもまぁ、嬢ちゃんにそこまで言われちゃぁ、スゥとナタがいなくなっちまってから、辞めていた酒を飲んでみるのもいいかも知んねぇな。さてと、そんじゃぁ、はじめっか、バケモン。おじさんの格好良い所を存分に見せつけてやろうじゃねぇか。」
言うが早いか、ミミックに向かって駆け出すミクラであった。
見つけてくれて、読んでくれてありがとう。
かっこいいおじさんの姿を目に焼き付けてもらえるとありがたいです。
どうぞ次話もご期待ください。