~03 穏やかな日々~
3話目です。
そして、申し訳ありませんが、諸事情により一周空けることとなってしまいました。
めげずに引き続きお付き合いいただけるとありがたいです。
それから三日が過ぎた。
ミクラと名乗った旅の男は運び込まれた離れで食事をとったかと思うと、それから二日二晩眠り続けた。眠っている間多少の熱が出たこともあり、薬師は煎じた薬湯を定期的に口に含ませて水分を取らせるようにしていた。
そして、その作業をかって出たのはモクランだった。モクランのこまめな看病の甲斐もあって、男は無事に目覚めたのであった。
「ん、あ、ここは?」
目覚めたミクラが見たのは古いながらも清潔感のある一間とこちらを上目遣いに見る猫目だった。世話がひと段落付き、休憩していたものなのか、ベッドに両肘をつけた立膝でこちらの顔を眺めていたたようだ。
ミクラが、なんか小動物みたいでかわいいな、と思ったのもつかの間、猫目がさらに大きく開かれると、刹那大音声で自分の疑問の答えが返ってきた。
「ああっ!ミクおじ起きたっ!もうずっと起きないから心配してたんだよ!ここ?ここはね、うちの離れだよ!」
「離れ?あーあの怪しい薬師の世話になることにして、それで気ぃ失っちまってたのか?」
独り言ちたつもりの疑問に唐突に返事が返ってきた。
「怪しい薬師?それって、まさか、父様の事?なんて失礼!父様はね、怪しい薬師なんかじゃないのよ!この村一番の薬師なんだから!」
急に憤慨した猫目が立ち上がり、今度は腰に手を当て、こちらを見下ろしてくる。名前も知らない少女だが、そのころころ変わる立ち居姿に、温かいものがこみ上げてきて、少し笑いそうになりながらミクラは答える。
「あーはいはい、悪かったよ。で、父様ってことは、このちびっこはあの薬師の子供ってことか?」
「ち、ちびっこぉっ!もう、ホント失礼!あたしはちびっこじゃありません!モクランっていうのよ!」
こちらの言葉にいちいち帰ってくる反応がかわいらしい。自分の心情に若干戸惑いつつも、少しなだめようとするミクラであった。
「あーもー悪かったって、わかったからそう耳元でぎゃんぎゃん騒ぐな」
「ぎゃんぎゃん?ぎゃんぎゃんって、何よ!あなたね、あたしがどれだけ「失礼するよ」」
と、徐々にヒートアップしていくモクランを制したのは、二人の話題になっていた薬師その人であった。開け放たれた玄関の先、外の陽光を背負った薬師の姿は服装も以前の記憶にある姿と遜色なく、ミクラに薬師本人だと認めさせるに十分だった。声を上げようとする刹那、それ以上に早く声をあげる者がいた。
「父様!」
薬師の姿を認め、モクランが破顔する。
「表から元気な声が聞こえてきたと思って顔を出してみたのだけれど、どうやら目が覚めたようだね、ミクラ。そして、うちの娘が失礼をしたようで申し訳ない。だがね、娘には感謝をした方が良いよ。そこにある薬湯を煎じ、毎時毎時君に飲ませ続けたのはここにいるモクランなのだから。世話だって、ほぼ総てやってもらったようなものだ。」
そういいながら、草履を脱ぎ、部屋へと入ってくる薬師。
「そうか、そいつは悪いことをした。ありがとうよ、嬢ちゃん」
ベッドから半身を起こし、素直に礼を言って頭を下げるミクラ。
「わかればいいのよ!でもね、嬢ちゃん、じゃないわ、モクランよ!」
そういって胸を張るモクラン。それを眩しい物でも見るように目を細めて、眺めるミクラ。そして、その光景を目を見開き、驚きをもってみるは入室したての薬師であった。そんな薬師の反応に気づいたミクラが
「んだよ?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔してよ。」
と薬師に問うた。問われた薬師は相好を崩し、
「ああ、いやなに、鍵士というものはもっと傲慢で、他者を見下しているものだと思っていたものでね。人に対し礼を言い、あまつさえ頭まで下げる君を見て、少し驚いただけだよ。」
「あー、あんたはこんな辺境にいるのに鍵士を知っているんだったな。そうだよ、その認識で概ね間違ってねぇよ。他の奴らは自分こそが人類の守り手で、守られる側を下としか思っちゃいねぇからな。下の奴らは尽くすのが当たり前だから、礼なんざ言わないわな。だから、俺以外の鍵士に礼なんざ期待しないほうがいいぜ。」
「ふむ、つまり君は自分が稀有な鍵士だとそう認識しているわけなのだね?その上で自分の信念を貫くことにためらいがないと?」
「まぁな、少し前までの俺なら違ったかもしれねぇが、今はその認識で間違ってねぇよ。助けて貰ったら礼をする、当たり前のこった。」
多少不機嫌そうにそういうミクラの頭を、不意に小さな手がなでる。
「偉いね、ミクおじ!素直にお礼を言えるのはとっても凄いことだって、父様も言ってたよ!」
その手をうざったそうに払おうとするが、力が上手く入らないのか途中であきらめ、渋面を作ったミクラは、
「そうかよ。」
とだけ、言い、あとはされるがままになっている。その微笑ましい光景を見ながら、薬師は
「さて、目覚めたのならば、腹が空いたのではないかい?病み上がりに馳走は出せないがパン粥くらいならばすぐに作れる。どうするね?」
と聞く。その問いに対しミクラは
「別に肉でもいいが、薬師様にお任せするわ。何にせよ腹は減ってる。」
と答える。それが言い終わるか終わらぬかの内に、「くぅ」っと腹の虫の音が二つ。それは起きたての病人とその看護に尽力した少女の物だった。あまりのタイミングの良さに一瞬誰も反応できず、沈黙が過ぎていったが、我に返ったモクランの真っ赤になった顔に場はまた穏やかな笑いに包まれた。そうして、ミクラの目覚めのやり取りは、昼餉へと移っていくのであった。
見つけてくれて、読んでくれてありがとう。
始まったばかりで、先は長いかもですが、どうぞ良しなに。