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天使と悪魔の争奪戦  作者: 雲丹いくら
8/20

8.魔法の火の玉

「すごい! ルシア姉ちゃんすごい!」


 同日午後。

 相変わらず僕の部屋でテレビとベッドと枕を占領しているフィーネを部屋に置いて、何の気なしに居間に来てみると優美の楽しそうな声が聞こえてきた。


「どしたー? なにがそんなに凄い──って凄ぇええっ!?」


 ルシアが火の玉でお手玉をしていた。真っ赤に燃え盛る火の玉を3つ同時にジャグリングしていた。


「あ、大和さん。どうかしましたか?」


 どうかしましたか? ではない。

 お前がどうかしているぞ。なんだそのサーカスもビックリな曲芸めいたジャグリングは。


「お兄ちゃんお兄ちゃん! ルシア姉ちゃんすごいんだよ! まほうだって! この火の玉なにもない所からボワーって出てきたんだよ! すごいでしょ!」

「えへへー、そうですか? っと、よっ、はいっ、決めっ!」


 高く天井付近まで上げられた火の玉を、落ちてきた所で3つ同時に片手で薙ぎ払うように掴むとルシアは格好良く決めポーズを決める。


「おおー、すげー!」


 パチパチと優美は大はしゃぎしながら称賛の拍手をルシアへと送る。

 それにルシアは「お粗末さまでした」と謙遜しながら頭を下げた。


 なにしてんのこの子。

 なに人ん家で火の玉ジャグリングしてんのこの子。

 火事になったらどうするんだ。危ないでしょうが。


 僕は未だにルシアの手の中でメラメラと燃えている火の玉へと目を向ける。


 火の玉は小さな核のようなものを中心に赤々と燃えていた。

 手に耐熱ジェルを塗っているわけでもない、とても素手で持てるとは思えない代物だった。


「熱くないのか?」

「なにがですか?」

「なにがって。それ、火の玉」

「あぁこれですか。そうですねぇ」


 ルシアは口端を吊り上げたかと思うと、えいっ、とあろうことか手に持っていた火の玉を僕へと向かって下手でふわりと投げつけてきた。


「ちょうぉわっ!? 危っ!? 熱っ!?」


 咄嗟なことに思わず手を出して火の玉を受け止めてしまう。


 だが、僕の手は火傷することもなければ熱さを感じることもなかった。

 その代わりになにかもわっとした、温まり始めたカイロを手に持ったような優しい温もりに包まれる。


「熱く、ない?」


 どうなっている? こんなに燃え盛っているというのに熱くないぞ。なんだこれは。


「はい。それは幻影の炎、昔は照明の代わりに使われたりしていた初級の魔法で作った火の玉です。だからそんなに熱くはありません」

「魔法……」


 確かに、魔法以外でこんなことはありえない。


 僕は改めて火の玉を眺め、にぎにぎと握ったり軽く振ってみた。

 強く握ると火は勢いを増し、振ると炎がその軌跡を描いた。


 凄いなこれ。

 パッと見で本物の炎と区別がつかない。まさに炎そのものだ。

 でも炎は熱くなく幻のように僕の手の中に収まっている。


 本当に魔法なんだなこれ。凄い、凄いぞこれ。本当に魔法だ。


「あたしもさわりたい! さわりたい!」


 傍らで僕が持つ火の玉を見ていた優美がぴょんぴょんと跳ねながらルシアへ手を伸ばしておねだりする。


「いいですよ。はい、お裾分け」

「うおー! ほんとだあつくない! すげー! かっこいい!」


 ワールドカップで優勝したかのように火の玉を天に掲げて優美は小躍りした。


「凄いな、こんなことが出来るなんて」

「天使ですからね。それに、魔法にはちょっと覚えがあるんです」


 えへん、とルシアはふくよかな胸を張ってみせる。


「他にも魔法はあるのか?」

「色々とありますけど……そうですね、空を飛んだりとか、水を凍らせたりとか、本当に火の玉を打ち出したりとか……」


 なんだそれ凄いな。めちゃくちゃファンタジーだ。

 いやファンタジーだったな。ルシアが天使な時点で初めからファンタジーだったな。


「あとはプリンをウニ味に変えたりとかですかね」


 それ醤油でやるやつじゃん!

 なんで最後ちょっとショボいんだ。誰でもご家庭でお手軽に出来るやつじゃないか。


「うに! すごい! あたしうに食べたい!」

「止めとけ止めとけ。プリンは普通に食った方が美味いから」


 小学校の時にワクワクしながら実際にやってみて凄いテンション下がった記憶がある。

 ものによるだろうから味は置いておくとしても、僕には合わなかった。

 プリンは普通に食べるのが一番だ。


「それにしても改めて凄いなこれは。目の当たりにするとちょっと感動する」

「そうですね。今の人には珍しいかもしれませんね。大昔は人も魔法を使っていたらしいんですけど」

「えっ、本当か?」

「はい。その頃は私も生まれていないので聞いた話なんですけどね。なにぶん何千年も前のことですので」


 何千年もということは、少なくとも平安時代か、それとも更に遡って古代ギリシャとか古代エジプトとかの話なのだろうか?


 だとしたらギリシャ神話とかに残る英雄譚なんかは全て本当の話だったということだろうか?

 当時は本当に魔法があって天空の神々や冥界なんかが地上と繋がっていたりしたのだろうか?

 聖剣の担い手として活躍した英雄が実在したり、神の祝福や怒りも本当に有ったということだろうか?


 なんだそれ、凄いな。夢が広がる。ワクワクが止まらない。


「この炎、消してもう一回出したり出来る?」

「はい。出来ますよ」


 パチンとルシアが指を鳴らすと、火の玉は蝋燭の火を息で消したようにフッと霧散した。


 そしてルシアは右手を胸の辺りで水平に前方へと突き出し、静かに呪文を唱えた。


「聖火よ、我が道を照らし出せ」


 ルシアが唱えると、突き出した右手に火の玉が現れゴウッと燃える。


 おぉ、本当だ。本当に何もない所から火の玉が出てきた。

 なんとなく○○ファイアみたいな感じだと勝手に思っていたけど、そっち系の呪文なんだな。


「はい、この通りです」


 ルシアは自慢げに胸を張ってバッターを挑発するピッチャーのように握り締めた火の玉を突き出してきた。


 なんていうか、馴染みすぎているから忘れかけていたけど、改めてルシアが天使なんだなと実感した気がした。


「ねー、喉乾いたんだけど何か飲み物ない?」


 居間で僕と優美がルシアの魔法でわいわいと騒いでいると、フィーネがヘソを出してお腹を掻きながら現れた。


「なにしてんの?」

「なにって、魔法ですよ」

「それは見たら分かるわよ。なんで魔法なんか使ってんのかって言ってんの」

「優美ちゃんに見せてとせがまれてしまいまして」

「ルシア姉ちゃんすごいんだよ! 火がボワーってなってあつくないの!」


 優美が火の玉を天に掲げているのを見て、フィーネは眉を寄せて難しい顔をする。


「危ない魔法は使ってないでしょうね」

「当たり前じゃないですか。もう、私をなんだと思ってるんですか」

「そう、ならいいわ」


 くあぁ、とフィーネは眠たそうに欠伸をする。


「にしても古い魔法を引っ張り出してきたもんね」

「分かりやすい方が良いかと思いまして」

「ふーん」

「ねっ、ねっ、フィー姉ちゃんもまほう使えるの?」

「使えるわよ。この魔法だって、ほら」


 フィーネが無言で手を握ったあとに手を開くと、ボワッとルシアが作ったのと同じ火の玉が現れた。


「すげー! じゅもんとなえなくても出た!」

「詠唱のこと? こんな魔法に詠唱なんか必要ないわよ」


 あっけらかんと言い、フィーネは火の玉を優美へと手渡す。

 優美はルシアとフィーネが作った二つの火の玉を掲げて、うぉぉぉ! と叫んだ。


 楽しそうにはしゃぐ優美とそれを優しげな笑みで眺めるフィーネ。

 傍から見るとなんと微笑ましい光景だろうか。


 だが僕は見逃さなかった。

 フィーネの隣で苦笑いを浮かべながらゆっくりと部屋の隅に退避するルシアを見逃さなかった。


 僕はゆっくりとルシアに近づき、いたずらっぽく囁いた。


「詠唱、必要なかったんだな」

「ええと、それは、その……」


 若干頬を染めているのは気恥ずかしさからなのだろう。

 僕から逃げるように顔を逸してルシアは言いにくそうに歯切れ悪く答えてくる。


 出会った頃から攻め攻めだったルシアが受けに回っている姿に僕はソワッと何やら覚えてはいけないものを感じそうになるも、なんとかそれを後ろ足で蹴り上げて粉々にし、ルシアに微笑んでみせた。


「でもあの時は必要だった。そうだろ?」

「えっ?」


 顔を逸していたルシアが驚いた顔を僕に向ける。


「本来は必要なくても、あえて魔法使いのように唱えることで優美が喜ぶと思ってやってくれたんだよな? それくらいは分かるさ」

「大和さん……」


 ほぅと吐息を混じらせてルシアは眩しいものを見るように目を細め、胸の前でぎゅっと手を握った。


 ふっ、決まったな。決めてしまったな。

 今にも『トゥンク……』というときめき音が聞こてきそうな程に見事に決めてしまった。


 その証拠にルシアの瞳は潤いに満ちていてる。

 今にも感極まって目から涙という宝石を落としてしまいそうだ。


 しかし、なんていうかこう、瞳を潤ませてキラキラとした目を向けられると、やはり少し気恥ずかしい。

 ちょっとした冗談のつもりで映画の字幕翻訳みたいな台詞回しをしてみたんだけど、思ったよりルシアに効いてしまったようだ。


 どうしよう、これは困った。まさかそんなに効いてしまうなんて思わなかったから次の台詞を用意していない。


 というか思ったより瞳を潤ませているルシアが可愛い。

 抱きしめて頭をなでなでしてあげたいくらいに可愛い。

 逆にこっちが『トゥンク……』となってしまうくらいに可愛い。


「へーい! お兄ちゃんパース!」


 陽気な声が耳に届くと同時に突然視界の端に赤々としたものが現れた。


「うわっ!? なんっ──って火の玉か。お前なぁ、いきなり火の玉投げたら危ないだろ」

「えー、せっかくなんだし火の玉であそぼうよー」

「だからって火の玉を投げるのはよしなさい」

「お兄ちゃんのけちー」

「母さんに怒られても知らないぞ」

「ぅ……それはだめだね。うん、やめよう。フィー姉ちゃんこれ返すよ」


 危ない危ない、と優美は額の汗を拭う仕草をすると、フィーネへと火の玉を返した。


 物分かりが良くて大変よろしい。

 変に意固地にならずに素直なのは優美の良い所だ。


「ねえねえ、ほかにもまほうないの? 出して出して」

「だーめ。そもそも人前で魔法なんておいそれと出しちゃいけないの」

「えー、いいじゃーん、けちー」

「ケチで結構。それよりなにか飲み物ない? 搾りたてのフルーツのジュースがいいわね」

「ねえよそんなの」


 うちは一般家庭だぞ。あってもパックジュースくらいなものだ。


「普通のオレンジジュースでいいならあるけど」

「オレンジ、いいじゃない」

「あたしものみたい!」

「一杯だけな」

「やたー!」


 イエーイ! と優美はフィーネとハイタッチをする。


 仲良いなお前ら。

 いつからそんなに仲良くなったんだよ。姉妹か。


「ルシアも飲むか?」

「へ? ぁ、はい、そうですね、お願いします」


 ルシアは慌てたように答えると、僕を見て照れたようにえへへと笑った。


 もー、可愛いなぁこいつぅ。ふざけないと平常心保てなくなるだろー。やめろよー。こう見えて結構チョロいんだからなー。


「ルシア姉ちゃんもイエーイ!」

「い、いえーい」


 僕の葛藤を他所に、ぺちーん! という下手なハイタッチの音が鳴った。

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