5.悪魔な天使
「どうですか? 興奮しますか?」
「……はい、興奮します。凄く」
ルシアが僕のベッドに座り、その傍らにフィーネが座っていた。
そして僕はルシアの前で正座をして目の前に投げ出されている足を注視していた。
ロングスカートをたくし上げて露出されたルシアの足はフィーネよりも白く極め細やかな肌ですべすべだった。
フィーネと違いニーソックスははいていないものの、つるつるでぷにぷにの生足を惜しげもなく見せられ、本来は嬉しいはずの僕の心中は言い様のない気恥ずかしさで満ちていた。
僕も一応健全な青少年だ。エロティックな事に関心がないわけじゃない。
だから相手との同意の下で、いや相手からの要望で生足見放題なんてことになった日には心臓も体も飛び跳ねてお祭り騒ぎになって然るべしだ。
だけど現実というのはいつも厳しく僕を苛む。
先述したようにルシアの生足はとてつもなく魅力的だ。
でも恥ずかしさが上回っている今はいたたまれない気持ちと共に気分が風船のように萎んでいってしまっている。
恐らくシチュエーションが悪いのだ。
女の子の足を見るという一見すると先程と同じ行為でも相手や場面、心の持ちようや個々の趣味趣向によってそれは多様に変化する。
例えばこの状況では、胸派の攻め趣味の人よりも、足派の受け趣味の人の方が圧倒的に幸福度が高くなるのだ。
そう考えるとエロティシズムのなんと奥深いことか。
まさに哲学。そう、エロとは哲学なのである。
と、思考を他へと飛ばしてなんとか羞恥に耐えようと抗う僕を見下ろしていたルシアはクスリと小悪魔的に笑うと、ゆっくりと自分のロングスカートへと手を伸ばした。
「はぁ、暑いですね」
パタパタとルシアは自分のロングスカートを上下に揺らして呟いた。
たくし上げられていたロングスカートが更に捲れ上がり、際どい所までその露出度を上げていく。
僕は思わず反射的に目を瞑ってしまった。
危ないっ! 今のは危ない!
このままでは見えてしまう! 見えてはいけないものが見えてしまう!
いや見えていいんだけど! 見えていいはずなんだけど!
いきなりはダメだ! 男にだって心の準備は必要なんだ!
「フィーネちゃんのは見れても、私のは見れないんですか?」
「い、いえ、すみません。見ます」
「見ます?」
「見させてください。お願いします」
「へぇ、見たいんですか?」
「…………」
「お返事がないようですが」
「……見たい、です」
「なにをですか?」
「それは……」
にやりと悪戯っ子のような笑顔でルシアは問う。
もう止めて。恥ずかしくて死んじゃう。もう許して。
「もう、大和さんは変態さんですね」
「…………」
「大和さんは、変態さんですね」
「は、はい。僕は、変態です」
くふっ、とルシアは天使らしからぬ笑い声を上げた。
拷問だ。これはもはや拷問だ。
私の足も見てください、とルシアが言い出した時にはその意図が分からずに、やったぜラッキーなんて思っていたけど今なら分かる。
これは拷問だ。羞恥心が半端じゃない。
この天使、純粋無垢そうな顔をしているくせに中身は全く天使じゃない。
堕天していると言われても信じてしまいそうだ。
ただでさえ恥ずかしさで消え入りそうなのに言葉攻めまでしてくるなんて聞いていない。
このままでは僕の大切な何かが崩れ去って二度と元には戻らなくなってしまう。
僕はまだ開けるには早い扉の向こうから聞こえてくる『早くこっちに来いよ』『素直になれよ』『認めたら楽だぞ?』『性欲を解き放て』『男は性癖をぶっ壊されて初めて大人になるんだぞ』というとても正気とは思えない言葉に耳を塞ぐ。
出来るなら今すぐ顔を覆い隠したい。布団にくるまってじたばたしたい。枕に顔を埋めて大声で叫びたい。
「男は獣って本当なのね」
ルシアの真横で拷問を眺めていたフィーネが呟いた。
それは小さな声だったけれど僕の耳にクリアに届き脳に響く。
もはやこれは拷問ではない。地獄だ。
袋のネズミ状態にされて、女の子二人からの羞恥攻めを受ける。
お願いだ。誰か助けてくれ。
僕は特殊な訓練を積んだベテランファイターじゃないんだ。こんな羞恥にいつまでも身を焼かれたらどうにかなってしまう。
誰か、誰かいないのか! 頼むからこの地獄から救いだしてくれ!
「お兄ちゃん。お姉ちゃんたち見なかった?」
絶妙なタイミングで優美が部屋へと入ってきた。
優美は正座をさせられている僕を見るや否やその大きなお目々をパチパチとさせて、この人たちは何をやっているんだろう? と不思議そうに首を傾げた。
優美よ。部屋に入る時はノックをしなさいと何度も言ったじゃないか。
今、お兄ちゃんはお姉ちゃんたちにお仕置きされている所だよ。
ルシアお姉ちゃんの太股をガン見していたけど本当だよ。
地獄の拷問中だよ。
でも優美はそんなことは知らなくていいからね。
だから早く回れ右をして部屋から出ていくんだ。
優美には清い心のままでいて欲しい。
だからお兄ちゃんがどうなろうと振り返っちゃいけないよ。
振り返らずに全力でここから逃げるんだ。
さあ早く。お行きなさい。どうか立ち止まらないで。
「フィー姉ちゃん!」
しかし優美はそんな兄の思いをよそにフィーネへと近づくと思い切り懐にダイブ──というかタックルをかました。
ドフォッ! という衝撃音と共にフィーネの鳩尾辺りに優美の肩がめり込む。
「グハォッ!?」
突然のことに待ち構えていなかったフィーネは肺から全ての息を吐き出す音と共に優美に押し倒され、ベッドの上で三度ほどバウンドしたあとぐったりと脱力した。
「フィーネちゃんすっかり優美ちゃんに気に入られていますね」
「うん、フィー姉ちゃんおもしろいもん」
にっこりと笑うルシアと優美に対し、フィーネの顔は青白くなっていた。
「みんなでなにしてたの?」
「大和さんで遊──大和さんと遊んでいたんです」
ルシアは柔和な笑みを浮かべてフィーネにのしかかっている優美の頭を優しく撫でる。
今、僕で遊んでいたって口を滑らそうとしたな。
あながち間違いでもないから否定はしないけど、妹の前でその言い間違いはやめてほしい。
お兄ちゃんが弄ばれているなんて知られたら兄としての尊厳を失ってしまう。
「ふーん。あのね、お母さんが来てほしいって。色んなよーひん? をそろえたいって」
「用品、ですか?」
「うん。たりないものは買うからって」
「そんな、わざわざ買っていただくわけには」
「いーから来なさい、って言ってた」
「あらら、お見通しですか。そうですね、分かりました」
ルシアはささっと乱れていたロングスカートを正すと、乱れた呼吸を整えていたフィーネへと手を差し出して引き起こした。
「大丈夫ですか?」
「ま、まあなんとかね……」
「お買い物に行くそうですよ」
「聞いてたわ……あたしも行く……」
ルシアとフィーネが二人して立ち上がると、優美は「じゃあ先に行ってるね」と元気よく部屋から出ていった。
その跡を追うようにしてルシアは僕の目の前を通り過ぎ──
「続きはまた今度、ですね」
僕にしか聞こえない声で小悪魔チックに囁いた。
こいつは本当に天使なのだろうか。
堕天してません? この天使。




