17.天使の悪戯心
僕がフィーネからルシアへと目を移してルシアを正面に捉えると、ルシアは艶めかしく僅かに唇で笑った。
どうしたんだろう? なにか話でもあるのだろうか?
僕はじっとこちらを見つめてくるルシアに『何か?』と小首を傾げた。
しかしルシアは口を開くでもなく、何か合図的なものを送ってくるわけでもなく、僕の脛を突っつく足をふくらはぎへと移動させてきた。
何をするつもりだ? と思う間もなく、ルシアは僕のふくらはぎを上へ下へと撫でてくる。
その動きは優しく、だけれど焦らすようで、初めは意味がわからなかった為に何も感じなかったのだが、ルシアの足が僕のふくらはぎを往復していく内に、何故か僕はどこか気恥ずかしさを覚えてしまう。
やめてくれ、とルシアの足から逃げるように僕は足を自分の元へと引っ込ませた。
しかしルシアは逃しませんと言わんばかりに直様足を伸ばしてきて僕のふくらはぎを捉えると、なんと今度は両足で僕のふくらはぎを包んできた。
ルシアは僕のふくらはぎを両足で挟むと、ずりずりとゆっくりとルシアの元へと引っ張っていく。
それに抵抗しようと僕は足に力を入れるも、ルシアが不意に足の指をくにくにと踊らせてきたために脱力してしまい為す術もなくルシアの元へと足を引きずり出されてしまう。
ルシアはマッサージのように足を上下に擦り、指を使って揉みほぐすように刺激に緩急をつけてくる。
気づけば僕は逃げる事を忘れ、ただルシアにされるがままに足を差し出していた。
そんな僕の内心を見透かすようにルシアは目尻を下げて妖艶な眼差しで僕を見つめてくる。
その目は『逃げないんですね? それとも逃げたくないとか? ふふっ、仕方がない人ですね』と語っているようだった。
「いい店ね」
フィーネが店内を眺めながら口を開く。
「あ、あぁ、そうだろう?」
「よく来るの?」
「お金の面もあるから一人ではあまり……普段は母さんと優美と来てる」
「そう」
ちらりと僕を流し見て、フィーネは店内観察を続ける。
「ル、ルシアもどうだ? いい店だろ?」
「そうですね。落ち着いていて、どこか温かみがあって、とても素敵だと思います」
「そ、そうか」
ルシアはにこやかに笑いながらも僕のふとももを上下に摩り続けた。
ゆっくりと、時に素早く、時にピアノを弾くかのように足の指を動かしながらルシアは僕を見つめたまま、僕の足を蹂躙することを止めない。
訳がわからない。なんだこの状況は。
なんで喫茶店で朝っぱらからこんなことになっているんだ。
意味がわからない。なんでこんなことをするんだ。
なんで机の下という見えない所で足を擦られるなんていう変なスキンシップをされているんだ。
別に悪いことをしているわけじゃないのに、どういうわけかいけないことをしている気分になってしまうじゃないか。
両足で包まれるように足を上下に擦られているだけなのに、なんでこんなそわそわとしてしまうんだ。なんでこんなにドキドキしてしまっているんだ。
くっ、このままでは、このままではダメだ!
このままではきっと僕は僕でなくなってしまう!
何か大切なものを砕かれて二度と元に戻れなくなってしまう!
そうなるまえにこの堕天使をなんとかしなければ!
僕は真っ直ぐに僕を見つめながらいたずらっ子のような笑みを浮かべて楽しそうにしているルシアを睨みつけた。
たが、これが逆効果だった。
ルシアは僕の睨みを受け取ると一瞬驚いたように目を開いて足の動きを止めてくれたのだが、ゆっくりと右手を上げて頬へと添えると恍惚の表情を浮かべた。
口を半開きにして熱く長い吐息を吐き、蕩けたようにもギラついたようにも見える目で僕を見据え、微かに一度体を震わせた。
「っ──!?」
突如として新たな感触が僕を襲う。
いつの間にか、僕のズボンは裾を持ち上げられ、靴下はずり下げられ、僕のくるぶしは丸裸にされていた。
そんなノーガードとなったくるぶしに、ルシアのぷにぷにとした足の指がくにゅくにゅと押し付けられていた。
肌に直接感じるその感触は、健全な青少年である僕には刺激が強すぎる。
ぷにぷにの足裏はもちろんのことながら、ルシアのストッキングのすべすべとした肌触りが滑りをよくさせて僕に今まで感じたことのない感触を伝えてきてくれている。
弄ばれるかのように蹂躙される僕のくるぶし。
そしてそれは焦らすように足首全体へと徐々に広がっていき、ついには靴下の中へ指を突っ込まれ、ズボンの裾の中へと指を滑り込まされるにまで発展していく。
僕は言い様のないゾクゾクとしたものに襲われ、前屈みになって耐える。
もう止めてくれ、とルシアへ懇願する目を向けるも、ルシアは相変わらずの恍惚とした表情で少しばかり荒げた息を上げ、一向に足の動きを止めてはくれない。
僕は拒絶することも出来ずにただルシアに蹂躙されてしまう。
ルシアの愉しそうな瞳に見つめられて、情けなく女の子に好きにされてしまう。
為す術もなくただ玩具にされてしまう。
僕の背筋にゾワゾワとしたものが這いずり回り出す。
ダメだと拒絶しようにも、ルシアの足がそれを許さない。
こんなものは知らない。
こんなものは知りたくない。
こんなものは知ってはいけない。
僕は襲い来る新たなる感覚を抑え込むように歯を噛み締める。
今は、今は耐えるしかない。
ルシアだってフィーネがこちらに気を向ければ今の行いを止めるはずだ。
だから耐えろ。今は耐えるんだ。
「どうしたんですか? どこか気分でも?」
ルシアが僕の顔色を伺うように声をかけてくる。
その声にフィーネもつられて僕を見た。
「どうしたの? 大丈夫?」
僕はいったいどんな表情をしているのだろう。わからない。
ただ、事を知らないフィーネから見ても普通ではない顔をしているのは確かだった。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと、うん、気分というかっ、その、ははっ、あはは……」
誤魔化すように笑ってみるも、どこか変な笑いになってしまう。
「本当に大丈夫なの?」
「ぃや、その、えっと……」
フィーネに心配そうに覗き込まれながら、僕はルシアに弄ばれ続ける。
なぜ止めないんたルシアは。このままだとフィーネに気づかれてしまう。
ちらりとルシアへ視線を送ってみる。
ルシアは唇を浅く噛んでフルフルと体を震えさせて何かに耐えているようだった。
なんでルシアが耐えているんだ。
なんで攻めている方が我慢しているんだ。
「もしかしてお腹でも痛いの?」
「っ!? そ、そう! そうなんだよ。いや、はは、昨日ちょっと食べすぎちゃったかにゃぁっ!?」
「にゃあ?」
眉をひそめて怪しむようにフィーネは首を捻った。
この堕天使なんてタイミングでなんてことをしやがる。
ついに土踏まずにまで侵攻してきやがった。
柔らかく防御力の薄い土踏まずを強引に押し込むようにして足つぼマッサージの如く力を入れた指で刺激されれば誰だって変な声が出てしまう。
もうダメだ。もう我慢ならない。もう少しルシアの足を堪能したかっ──これ以上ルシアに好き勝手にされてたまるものか!
「いや、なんでもない、なんでも。ちょ、ちょっとトイレに行ってくる」
慌てて立上がる僕をフィーネは不思議そうに見上げ、ルシアは玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりと残念そうに見上げた。
「そう、気をつけてね」
「ありがとう。行ってくる」
僕はそそくさと席から逃げ出した。
危なかった。もしあのままルシアに弄ばれ続けていたら、新たな扉をぶっ壊して開けていたかもしれない。性癖を破壊されていたかもしれない。二度と引き返せない茨の道へ足を踏み入れていたかもしれない。
やっぱりあいつは堕天使だ。色欲の堕天使に違いない。




