13.ゲーム仲間が増えました
ルシアと一緒に僕の部屋へと戻ってからしばらくして、早坂が僕の部屋へとやってきた。
気のせいか、早坂はとても潤ったとでもいうようなキラキラとした目でウキウキとステップでも踏みそうなくらいに軽快な足運びで僕の部屋へと入ってくる。
たまに優美と遊んだ時にあんな顔になるけれど、今日のはどこか違った。
おそらく優美ではなくフィーネを面白おかしくいじって堪能してきたのだろう。
「おまたせー。さーてと、じゃあなにしよっか?」
早坂は僕とルシアを超えて部屋の隅まで行くと、よっこいせと腰を下ろした。
普段は早坂の特等席であるテレビ正面は、今日はルシアの特等席になったようだ。
「普段は何をされているんですか?」
「もっぱらゲームだね。ルシアはゲームはやるの?」
「電子機器のものはあまり……こいこいとか将棋とかはやりますけど」
「渋いね……」
本当だ。将棋はまだしもこいこいとかなんで天使が知っているんだろう。ギャンブラーなのかこいつは。
「うーん、じゃあ今日はボードゲーム系でもやる? 人生ゲームとかあったよね?」
「あるけど、最近やってないからな。たぶん優美の部屋にあると思うけど……」
「えと、私としてはこっちをやってみたいんですけど」
そう言ってルシアは早坂がセットして準備万端になっているゲーム機を指した。
「いいの? 初めてでしょ?」
「はい。実は一度やってみたかったんです」
「そっか。じゃあやろっか。津島、コントローラーを準備せよ」
「言われなくても用意するよ」
僕は普段自分が使っているコントローラーをルシアに渡し、本体に付属していたコントローラーを手に取った。
「ルシア、スリープモードを解除せよ」
「はい、了解です! ……うん? スリープ? 眠る?」
「あぁそっか、スリープモードはね、機械が休憩中ってこと。電源ボタンを──ここね、ここを押すとスリープが解除されて動き出すから」
「ここですね。では、解除!」
意気揚々とルシアはゲーム機の電源ボタンを押した。
ゲーム機のスリープモードはすぐに解除され、テレビに画面が表示される。ルシアは「おぉー」と感嘆するように声を漏らした。
気のせいだろうか、目がキラキラと輝いているように見える。
「とりあえずルシアも楽しめそうなのからやろっか」
「はい、よろしくお願いします」
早くも仲良くなった早坂とルシアは僕をそっちのけでプレイするゲームを選び始める。
──初心者にはやっぱりレースゲームが王道かな? ──競争ですね。かけっこは得意です。──いやこれカートなんだけど。──車ですね。アウト・イン・アウトですね。──そこは知ってるんだ。──こっちはなんですか? ──これは、格闘ゲームでパーティーゲームかな? 相手をふっ飛ばして画面から追い出すとポイントが入るの。──ふっ飛ばして。爽快そうですね。私これやってみたいです。──おっけー、じゃあこれにしよう。
イチャイチャ、という訳ではないはずなのに、普通の会話をしているだけなのに、なんだろうこのモヤモヤとした感情は。
もしかしたらこの家の男女比率に関係しているのかもしれない。仕事で長期で家を空ける父さんを除くと、津島家の男児は僕一人。
母さんと優美の二人は家族だし男女比率なんか関係なしにそんな感情は起こらなかったけど、ルシアとフィーネという二人の女の子、そしてそこに早坂までもが加わると津島家の男女比率はもはや女子校から共学化した初年度のそれ、までとは言わずも限りなくそれに近しい状況へとなっているだろう。
よくネット上で語られている女子校の実態、そして女子が多い学校のクラス分けで男子が自分一人だった時の淡い期待、そして一ヶ月を持たずして崩れ去る理想と這い寄る絶望、路傍の石のような自分に悶える日々、一念発起でイメチェンをするも歯牙にもかけられず一日で元に戻す凄惨な事件、少人数の男子による血の同盟に心を支えられその心地よさに思わず道を踏み外しそうになる己の弱さ、そんなネット上に残される歴戦の勇士達の一大実録ドキュメンタリーを目の当たりにしていたからだろう、僕は今後の自分の身分に暗雲が立ち込めているのを無意識に感じ、危機管理能力が働いた結果、モヤモヤするという感情で心が訴えかけてきたのだ。
「津島? なにしてんの? 早くやろうよ」
テレビの画面には既にキャラクター選択が表示されており、早くも早坂はキャラクターを決めていた。
ルシアはキャラクター一人一人にカーソルを合わせて唸っていた。
「ぁ、うん。悪い」
僕はコントローラーのボタンを押してキャラクター選択に参加する。
早坂は動きが遅く攻撃力もそこまで高くないキャラクターを選択していた。いわゆる弱キャラというやつだ。
早坂の事だからなるべく手加減はしたくない、でも初心者相手に強キャラで圧倒しすぎるのはどうか? という葛藤が働いたのだろう。
僕も早坂に倣って弱キャラとされるキャラクターを選択する。
「決めました。この子でいきます」
ルシアがキャラクターを選択し、戦いの火蓋が切られた。
「今のは反則では!? 今のなしです! なしです!」「それ私のアイテムです!」「イエーイ吹っ飛べー!」「復帰中の攻撃は禁止しましょう!」「待った! 待って! 待ってって言ってりゃぁぁぁあ!?」
ゲームを開始してから三十分程が経った頃、僕の部屋は熱気に包まれていた。
「くぅぅ、このっ、こいつっ、なめないでください! 私だってぇえ!」
【悲報】ゲームをするルシアがクッソうるさい件
たぶんネットの掲示板だとこんな見出しが付くだろう。
それくらいルシアはうるさかった。
レースゲームでもないのに体を左右に傾ける。
吹っ飛ばされたりKOされる度に叫ぶ。
自分から攻撃に当たりに行ってコンボを食らっては叫ぶ。
たまに自分のコンボが決まったらコントローラーから手を放してガッツポーズして喜び反撃される。
キャラクター選択の時に「次は負けません」とか「この子が可愛いです」とか「この人格好いいですね」とか喋りまくる。
とにかくルシアはその大人しそうな見た目からは想像もつかないほどうるさかった。
「あはは、ルシアは本当に面白いねー」
リザルト画面で早坂のキャラが格好良く勝利のポーズを決める。
スコアは酷いものだった。ボッコボコだ。
早坂は手加減や慈悲といった言葉を持っていないのだろうか。
早坂のことだから手を抜くのは失礼だとか考えているんだろうけど、もう少し手心というものを知ったほうがいい。
「なぜ、なぜ勝てないのですか……」
ルシアは絶望の二文字を顔に書いたような顔で遠くを見つめてしょげていた。
まさかルシアがゲームにこんなに熱中するタイプだなんて思わなかった。
初めこそルールと操作を覚えるために静かに大人しくゲームをしていたのだが、操作がわかりはじめた頃からルシアは段々とゲームに熱狂していった。
早坂に挑んでは負け挑んでは負け、僕に共闘を持ちかけ二人で早坂を倒し喜んでいた所を僕が奇襲を仕掛けてルシアのキャラクターをふっ飛ばした辺りは凄かった。
共通の敵を倒したのだから敵に戻っただけだ、と半ダークヒーロー的なセリフを僕が言うと、ルシアは制裁だといわんばかりに次の戦いで早坂と手を組んで僕をボコボコにしてきた。
早坂も早坂で僕が撃墜されてもルシアを攻撃せずに僕だけを狙い撃ちにしてがっちりとルシアの信頼を得て笑っていた。
その頃のルシアは早坂のサポートを惜しげもなく使いまあ楽しそうに僕を撃墜するわ撃墜するわ。自分が上手くなったと思い込んで勝ち誇った自慢げなニコニコ顔で笑っていた。
そんなルシアの笑顔が崩れたのは、新たに僕を撃墜して楽しくて楽しくて仕方がないとウキウキになっていた時だった。
ルシアの意識が完全に僕へと向いた数瞬の隙を突き、早坂はルシアを撃墜して一位を獲得するというとんでもない出し抜きを披露した。
その時の呆気にとられたルシアは見ものだった。
へ? という綺麗な驚きの声を上げる半開きの口に、吹っ飛んでいく自分のキャラクターを眺める大きく見開いた目、そしてハイテンションで上がっていた肩がストンと下がり、膝立ち気味になっていた姿勢からペタンと女の子座りになり脱力するという、まさに奇襲を受けた人を絵に描いたようなリアクションだった。
そして早坂を敵と認識したルシアは一騎打ちを申し込んで、ベッコベコに負けて今に至る。
「自分から攻撃に当たりに行ってたら勝てるわけないだろ」
「ですけど、隙だらけでしたし」
「誘われてるんだよ。たとえ誘われてなかったとしてもあんなに無闇に突っ込んだら返り討ちにあうだけだ」
「そんなの分かりませんよぉ」
打ちのめされて心が折れたのか、ルシアは元気なく呟く。
「おい早坂、やりすぎだぞ」
「ごめんごめん。ルシアの反応が面白くて、つい」
それは、わからなくもない。
たぶん僕も一騎打ちを申し込まれていたら喜々としてベッコベコにしていたと思う。
しかし、これは少しやりすぎだ。
僕はしゅんと肩を落として落ち込んでいるルシアの肩に手を置き、少し低めの声で優しく囁いた。
「次は本当のチーム戦をやろう。僕がルシアを護るから、一緒に早坂を倒そう」
僕のイケメンボイスが功を奏したのか、ルシアはピクリと反応すると顔を上げてつぶらな瞳で僕を見据えた。
さっきまでしょげて色が失せていた瞳には活力が戻ってきていた。
「本当の、チーム戦?」
「そうだ。今までは個人戦の中で仮の共闘をして戦っていた。だから共闘相手が裏切れば容赦なくふっ飛ばされていた。でもこのゲームにはちゃんとチームを組んで戦うこともできるんだ。そうすれば味方からの攻撃は受けなくなる。ルシア、僕とチームになって早坂を倒そう」
「大和さん……」
ルシアが僕のあまりのイケメンぶりに潤んだ瞳で僕を見る。その瞳には尊敬と信頼が宿っていた。
「大丈夫、僕がなんとかする」
「ですけど、こんな私では大和さんの足手まといに……」
「僕を信じられない?」
「それは……」
「信じてほしい。きっとルシアに勝利を届けてみせるから」
僕の言葉にルシアは敬虔な信者が神へ祈りを捧げるかのように両手を胸の前でぎゅっと握った。
意外なことに、ルシアはとってもノリが良いようだ。
今日日ゲームや漫画でも聞かないようなくさいセリフにも即興で合わせて応えててくれている。
ただ、その演技力たるや凄まじく、ルシアの僕を見る視線は恋する乙女のそれに近く、白い肌に薄らと赤みが差した頬、そして熱い吐息をこぼしていた。
さすがゲームにも全力で挑むルシアだ。友達同士でのおちゃらけた寸劇にも全力だった。
「というわけで二対一だ。いいよな?」
「え? あぁ、うん、いいよ、別に」
ジトっとした目で僕たちの寸劇を見ていた早坂は、呆れたような声で返した。
どうやら早坂はこの寸劇はお気に召さなかったらしい。
まあ明らかに僕がキザ過ぎたし仕方がないか。僕が早坂の立場だったらうえーと顔を歪めていたに違いない。
「そうと決まればキャラ決めが大事だよな。ルシアは何が良い? ルシアのキャラに合わせるからさ」
仕切り直すように言って、僕はゲームルールをチームモードにして僕とルシアでチームを組むように設定した。
今回のチーム戦の主役は語るまでもなくルシアだ。
ルシアが楽しめるように僕はサポートに回り、時にアドバイスを交えながら早坂を討つ。
僕はキャラクター選択画面でくるくるとカーソルを回しつつ、ルシアがキャラクターを決めるのを待った。
しかし、いつまで待ってもルシアのカーソルは動かず、キャラクターを決めることもなかった。
何かあったのかと僕はルシアをチラリと見た。
ルシアは神に祈りを捧げる姿勢のまま熱い視線を僕へと向けていた。
いや、なにその熱視線。なんでそんな目で僕を見ているんだ?
「ルシア?」
「ひゃい!?」
ひゃい?
「な、なんでしょうか」
「いや、キャラクターを決めないのかなって」
「ぁ、は、はい。決めます決めます。ええと、なにがいいですかねー。うーん、やっぱりこの子でしょうか」
ルシアが選んだのはスピードタイプのキャラクターだった。
どうやらルシアはスピードタイプを好む傾向にあるようだ。
なんとなくだけどルシアのキャラにも合っている気がする。
僕もルシアに合わせてキャラクターを決める。
「ま、相手が二人組でもアタシが勝っちゃうんだけどねー」
早速盤外戦術を試みてくる早坂に、ルシアは「次は負けません」と意気込んだ。
うん、負けたね。普通に負けたね。
なんというか今日の早坂は乗りに乗っている。
たとえ万全の僕だったとしても勝てるかどうか。
そんな状態の早坂相手にいくら二対一とはいえ初心者のルシアを抱えての勝負ではいささか厳しかったようだ。
「あっはっはー、アタシ強いなー」
早坂は楽しそうに「いえーい!」とピースサインをこちらへ向けてくる。
早坂は滅茶苦茶はしゃいでいた。
楽しくてしょうがないといった風にテンションが爆上がりしていた。
一緒にゲームが出来る友達が増えて嬉しいのかもしれない。
「ぐぅぅ……」
ルシアが恨めしそうに早坂を睨んでいた。
分かる。その気持ちは痛いほど分かる。
早坂はすぐ調子に乗るから、そうなる気持ちは凄い分かる。
昔は僕もゲームが弱くて早坂に散々いじられた。
だから悔しくてなんとかこいつを倒して見返してやろうと思ったものだ。
その結果としてゲームはそこそこ上手くなったし趣味が一つ増えた。
ルシアはどうだろう? ゲーム、好きになってくれるだろうか?
「大和さん、もう一戦やりましょう! 指示をください、次は負けません!」
ルシアは躍起になるように前のめりになる。
どうやらそんな懸念は必要なかったようだ。
「よっし、いっちょやってやるか」
僕たちはそれから日が暮れるまで様々なゲームで盛り上がった。




