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天使と悪魔の争奪戦  作者: 雲丹いくら
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1.天使と悪魔がやってきた

「あの、そんなに真剣に考えなくてもいいんですよ?」


 青い澄んだ瞳を僕へと向けて、金髪の少女が小首をかしげた。


「悩む必要なんかないわよ。あたしを選びなさい」


 赤く深い瞳を僕へと向けて、黒髪の少女がにやりと笑った。


「いやその、なんていうか、まだ現実味がなくて」


 乾いた笑い声と共に僕が言うと、二人の少女は互いに目を合わせて、はぁ、と溜め息を吐く。


「まだ疑っているんですか?」

「そうよ。これを見てもまだ信じられないの?」


 黒髪の少女は体を斜にして背中を僕へと向けた。


 黒髪の少女の背中から生えるその特徴的な黒い羽が目に飛び込んでくる。


 黒髪の少女の背中には蝙蝠のような漆黒の羽が、ファンタジー作品で見るような悪魔の羽が生えていた。

 コスプレにしてはやけに生々しく、まるで体の一部のように滑らかに動いている。


 次いで黒髪の少女の隣に座っている金髪の少女へと目を移す。


 金髪の少女の背中からもまた、黒髪の少女と同様に人ではあり得ないものが生えていた。

 ただ金髪の少女は黒髪の少女とは違い、背中から生えているモノは白鳥のように純白の翼。

 悪魔の羽と対となるような、天使の翼だった。


 天使と悪魔。

 にわかには信じがたいけどこんなものを見せられては納得せざるを得ない。


「本当に、天使と悪魔なんだな」

「何度もそう言ってるでしょ」


 呆れたというように黒髪の少女が頬杖をついて言う。


「仕方ないだろ。いきなり天使だ悪魔だなんて言われたって信じられるわけが……」

「頭が固いのね。そんなことだとすぐ禿げるわよ」

「誰が禿げだ!」


 髪は関係ないだろ! 髪は!


 やめてくれ。うちの爺ちゃんは禿げてるのに父さんは禿げてないんだ。だから隔世遺伝の呪いが僕に掛けられている可能性は大だ。

 禿げるならせめて中年~初老くらいからにしてほしい。可愛い女の子と結婚してからにしてほしい。


 切実に。本気でそう思う。


 にしても、さっきから黒髪の──悪魔の女の子の口が微妙に悪いのは彼女が悪魔故のことなのだろうか。

 それとも単に個人的なものなのだろうか。


「もう、そういうこと言っちゃだめですよ。確かにちょっと頭皮が硬そうで危ないかもしれませんけど、そういうことはもっとオブラートに包むものです」


 たぶん口が悪いのは個人的なものなんだろう。

 天使が追い討ちをかけてきた。さらっと希望を捨てさせるような残酷な一言を浴びせてきた。

 でも残酷なのはある意味で天使っぽいかもしれない。……死にたい。


「あんた、あいつにとどめ刺したわよ」

「え? あっ、違うんです違うんです! そういう意味で言ったのではなくて、ええと、その、禿げても格好いいですよ!」


 ぐっ! と天使は胸元で拳を握り締めた。


 将来禿げそうなことは訂正してくれない所が全く慰めになってない。


「それで、どっちにするの?」


 悪魔が天使の笑顔を一瞥したあとつまらなそうに呟く。


「どっちにするって、なにが?」

「あたしと、こいつ、どっちに愛の告白をするのかって話よ」

「え? なにそれ?」

「初めに言われたでしょ。忘れたの?」


 じっとりとした目を悪魔から向けられた。


「なんで僕がそんなことを?」

「勝負だからよ」

「なんの?」

「どちらが早くあんたから告白されるかの勝負」


 なんだその頭の悪そうな勝負は。人の心をなんだと思っているんだ。

 まさに悪魔だ。人の心を弄ぶのに躊躇いがない悪魔的所業だ。


 僕が助けを求めるように天使へと顔を向けると、天使は愛想笑いのような苦笑いのような笑顔を向けてきた。


「すみません。そういうことなので」


 なんてことだ。天使さえも人の心を弄ぶ時代か。


「仮に告白したとして、その後僕をどうする気だ?」

「別にどうもしないわよ」

「はい、なにもしません。だから安心してください」


 僕は改めて天使と悪魔を見遣る。


 二人とも掛け値なしの美少女だ。


 天使の方はその名の通り柔和な笑顔が似合う清楚系であり、青空のように澄んだ瞳と豊満な胸元につい目が吸い寄せられてしまう。

 僕と同じくらいの背丈でありながら小顔であり肩幅も狭く手足も細りと長い。


 これはモデル体型とでも言えばいいのだろうか。そういう系の雑誌にモデルとして載れば一躍有名人となり女性ファンも獲られそうな雰囲気すらある。

 そんな女の子がギリシャ神話のキトンのような純白の服装を纏い背中には純白の翼を生やしている。


 対して悪魔の方はというと、ワインのように深く赤い瞳と小さな八重歯がチャーミングで美人というよりは可愛らしいという印象を受ける。

 天使より小柄であり胸も控えめではあるものの、それが良いというか庇護欲を掻き立てられるというか、今すぐに抱き締めて頭をなでなでしたい衝動に駆られる。


 あどけなさが残る顔につい頬が緩みそうになるアイドル的な可愛さだ。

 そんな女の子が黒いキャミソールのようなドレスを纏い背中から悪魔の羽を生やしている。


 外見だけでいうなら天使も悪魔もこちらが土下座をしてでも付き合いたいくらいの美少女だ。

 おそらく、こんな状況でなかったら一目惚れをしていたかもしれない。


 それだけにこんな状況で出会ってしまったのが残念で仕方がない。

 こんな深夜に押し入られて訳の分からない勝負に巻き込まれてしまったのが残念で仕方がない。


「嫌だ」

「えっ?」「はぁ?」


 天使は少し驚いたように、悪魔は不満そうに、二人は同時に声を上げた。


「僕は告白なんてしない」

「ど、どうしてですか? まさか私達は魅力がないと?」

「そういうわけじゃないけどさ」


 先述したように二人共魅力的じゃないというわけじゃない。


 でも、残念なことに二人は深夜に勝手に人の家に入ってくる非常識な天使と悪魔だ。

 どちらが先に告白されるか、なんていう訳の分からない勝負をしている天使と悪魔だ。


 そんなやつらになんで僕が告白をしなくちゃいけないんだろうか。


 いくら二人が綺麗で可愛くても人生初めての告白をこんなことで消費したくない。

 それにたとえ嘘の告白をしたとしても僕には何も見返りがないのだ。

 実際に付き合えるわけでもなければデートも何も出来ない。


 せめて見返りとして、ハグしてくれるとか頭を撫ででくれるとか膝枕してくれるとか耳元で囁いてくれるとか添い寝してくれるとかそういうご褒美的な────ものがあったとしても僕は告白なんかしないぞ。


 危ない。深夜だからか変な思考回路になっているのかもしれない。


「そもそもなんで僕がそんな変な勝負に付き合わなきゃいけないんだ」

「あんたは選ばれたのよ。あたしとこいつにね」


 なにを言ってるんだろうこの悪魔は。

 やっぱり悪魔だから人間の常識が通用しないのだろうか。


 僕は助けを求めるように天使の方へと視線を向けた。


「? ……あっ」


 天使は小さく声を上げると、手櫛でささっと髪を整える。


「いいですよ。あなたの告白、受け止めてあげます」


 天使は慈愛に満ちた……ではなく、自信に満ちた笑顔を作る。


「ふふん。ほらほら、見えますか? あの真剣な眼差し。見えてますか? どうやら今回も私の勝ちのようですね」

「見えてるわよ。この子バカなのかな? っていう呆れた目がね」

「おやおや? 負け惜しみですか? 女の子としての魅力で私に負けそうだから負け惜しみですか?」

「はぁ? あんたにあたしが魅力で負けるわけないでしょ」

「いえいえ、ツンデレやクーデレタイプは昔は人気がありましたけど、今は聖母のような甘やかしてくれるタイプの方が人気があるんですよ? だったら私の圧勝ですよね?」

「あんた何言ってんのよ。腹黒天使が人気なわけないじゃない。なんで堕天してないのよ」

「は、腹黒!? なんで私が腹黒なんですか!? あと堕天なんかしませんから!」


 天使と悪魔がギャーギャーと喧嘩を始めてしまった。


 うるさい。今が深夜とかそういうことを除いてもうるさい。

 母さんとか優美(ゆうみ)が起きてきたらなんて説明したらいいんだ。

 夜更かししてゲームをしていたら天使と悪魔が自分に告白しろと不法侵入してきました、なんて説明したら頭がおかしくなったと思われる。


「どっちが魅力的だとか堕天使がどうとかどっちでもいいけどさ」

「よくないわよ! どっからどう見てもあたしの方が魅力的でしょ!」

「そうです! 私は腹黒なんかじゃありません! ピュアです!」

「はーい嘘ー、本当にピュアな奴は自分からピュアですなんて宣言しませーん」

「なっ、なにをー!」

「なによ!」


 天使と悪魔が鼻先を付けるほどに密着して睨み合う。

 こいつらひょっとして仲悪い風に見せているだけでめちゃくちゃ仲が良いんじゃないだろうか?


「なんでもいいけど、僕はどっちにも告白なんてしないぞ」


 二人はピタリと動きを止めて信じられないものを見たというように驚愕した。


「そりゃ確かに一目惚れとかはあるとは思うよ。それで上手くいっている人達もいると思う。でも相手を好きになるって外見だけでなるわけじゃないと思うんだ。内面も重要な一つの要素だと思うんだ。僕は二人の事はよく知らない。だから好きでも嫌いでもない。だから僕はどっちにも告白はしない。いや、出来ないって言った方が正しいかもしれない」


 ゆっくりと説き伏せるように天使と悪魔に伝えると、二人は口を閉じて神妙な面持ちになって互いに顔を見合わせた。


 よかった、どうやらなんとか説得できそうだ。

 さあ、このまま諦めてさっさと帰るがいい。


「確かに、仰るとおりです」


 天使が噛みしめるように目を閉じた。


「わかりました。では私達はあなたに惚れてもらうように努力をすればいいってことですね」

「うん、そういうこ──」


 …………ん? あれ、今なんか変なことを言わなかったか、この天使。


「今、なんて? 言ってる意味がちょっとわからなかったんだけど」

「? つまり『告白してほしければ自分を惚れさせてみろ』ってことですよね?」

「なんでそうなる!?」


 確かに曲解するとそう取れなくもないかもしれないけれど、さすがに曲解すぎる。


「なるほど、つまり試験ね。どちらが早く自分を惚れさせられるのか見極めようってわけね」

「いやそんなことは欠片も思っていないんだけど」

「そうと決まれば話が早いですね」


 すくっと天使は立ち上がると、窓へと向かって歩き出す。


「では手続きがあるので今日は帰ります」

「いやちょっと、話を聞いて」

「なら、あたしも帰るわ。お母さんに許可貰わないと」

「だから話を聞けってば」


 天使と悪魔は僕の静止を聞かずに窓から外へと体を踊らせると、空中にその体を静止させた。


「ではまた後ほど」

「また来るわ」


 天使と悪魔はバイバイと軽く手を振ると翼と羽を大きく広げて夜空へと飛び立っていった。


 一人取り残された僕の頭に天使と悪魔の去り際の言葉が反芻する。


「あいつら、また来るつもりなのか……」


 いつかわからない次の天使と悪魔の襲来に、僕は深く長い溜息を吐いた。


 もしかしたら僕は最悪の選択肢を選んでしまったのかもしれない。

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