エピローグ
エピローグとなります。
同日投稿の最終話に当たる「90 魔技」からお読みください。
薄暗い路地で子供が泣いている。
ゴミ箱の影に蹲って息を殺し、涙を流す小さな女の子には普通の人には見えないものが見えていた。
他の人には見えない怖い存在のせいで、その小さな女の子の日常は恐怖でしかない。まだ幼くて言語化が難しいために、周囲の大人の目には臆病で怖がりだと映った。
「……!」
友達と遊んだ帰り道。
恐ろしい怪物に追いかけられて逃げ込んだ路地。
小さな女の子が隠れている方へと近づく物音は、まさしく彼女を追い立てた恐怖の象徴であった。
ずずっ……ずずっ……
足を引き摺って歩く音が大きくなる。
すぐ側に気配を感じた緊張は最高潮を迎えていた。心臓の音が聞こえてしまったらどうしようと、必死に胸を抑えても鼓動は治まるどころか早くなるばかり。
ぎゅっと目を瞑って「早くいなくなれ。早くどこかへいけ」と念じていると次第に足音は遠ざかっていった。
「はぅ……」
安堵の息を漏らして顔を上げる。
正面に張り付いた怪物がこちらを見ていた。
「ひゅっ……」
小さな女の子は堪らず息を呑む。
歯の根が合わず、悲鳴を上げることも出来ない。腰が抜けて立てない。逃げなきゃいけないのに逃げられない。
怪物は嫌らしく笑みを象り、地面へと降り立つ。
「あ、ああ……」
怪物の頭部に花が咲く。
いや、頭部が花のように開く。
ピンク色の肉にびっしりと牙の並んだ筒状の捕食口を露出させ、柔らかくも新鮮な犠牲者を噛み締める悦びに唾液を滴らせる。
生臭い息のかかるほど近くで大きく開いた口の暗い穴を小さな女の子は茫然と眺めた。
触れ合う距離になってようやく最後の抵抗と再び強く目を瞑る。
「……?」
もうだめだと思ってからどれくらいの時間が経ったのか。短くも長い時間の後、小さな女の子は恐る恐る目を開ける。
「え、あ……」
そこにはもう怪物はいなかった。
代わりにいたのは見知らぬ変わった風貌の少年である。
小さな女の子の主観ではお兄ちゃんと呼ぶのが相応しいように思われた。
少年は声を聞いて小さな女の子の方を振り向いた。
「怪我はない?」
こくりと頷くと、小さな女の子はおずおずと尋ねる。
「お兄ちゃん、だれ?」
少年は黒く染まった右半身を労わりながら地面に膝をつくと、そうして小さな女の子の目線に合わせてから自己紹介をした。
「僕は……」
小さな女の子は母親に言われたことをよく覚えていた。誰かに助けて貰ったらちゃんとお礼を言うのよ、と。
だから少年が名乗ると「そっかぁ」と小さな女の子は言って、それから「お兄ちゃん、ありがとう」と感謝を伝えたのである。
「どういたしまして」
結局お兄ちゃんと呼ぶなら名前を聞いた意味とは?と苦笑しつつ、小さな女の子に手を貸して立ち上がらせた。立ち上がった小さな女の子はスカートの埃を払う。
「おうちに帰ろう。待っている人がいるでしょう?」
少年がそう言うと小さな女の子は頷いて、それから少年の手を引いた。
おうちはこの先にあるの、と先導する小さな女の子の日常はこの日、ほんの少しだけ怖くなくなった。
長らくの御愛読を賜りまして誠にありがとうございました。
これにて当作品は完結となります。無事に完結まで書き続けられたのは、ひとえに読者の皆様のお陰です。改めてありがとうございました。
さてこの場を借りて次回作についてお話をしますと、VRMMO物や現代異能力バトル物など、他にもいくつか候補があります。どれを書くか、あるいは全て書くのか。いずれにせよ、ある程度を書き溜めてから投稿しますので気長にお待ち頂ければと思います。
ここまで本当にありがとうございます。
ひとつの作品を完結させたというのは、ひとつ自信に繋がりました。これからも書き続けていきますので応援のほどよろしくお願いします。




