表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔技師  作者: 檜山 紅葉
第4章 異形を滅する剣
92/94

89 動地

お待たせしました。

 ゲンキは怒りのままに拳を振り上げた。

 ありったけの魔力を破術に変えて、それを余すところなく無貌の巨獣へとぶつけようとする。

 無貌の巨獣はその巨体から避けることは出来ない。しかし些かの抵抗も見せないのは不可解だった。それでも好都合とゲンキは巨獣の直前で跳躍し、繰り出した拳撃が強かに巨獣の腹を打つ。


 実際の打撃範囲を大きく越えて、腹部を真円に抉り取られた無貌の巨獣は、その巨躯をくの字に折り曲げた。だというのに悲鳴をあげるでもなく、前脚でしっかりと地面を掴んでいるから並ではない。


 ゲンキに巨獣の頭部が近づいた一瞬、彼は巨獣に右半身を咥えられたジンの姿を間近に見た。血に塗れていたが鋭い牙とジンの体の間に闇刀が挟まり、体が両断されることを防いでいた。


 次の瞬間に巨獣の頭突きを受けたゲンキはゴム毬のように跳ね飛んだ。


「お、おい、生きてるか?」


「なんとかな……」


 ノームが近くに転がってきたゲンキに声をかけると返事がある。とはいえ満身創痍、とても継戦できる状態ではなかった。

 立ち上がろうとして失敗しているゲンキをどつき、ノームは寝ていろと宣告する。


「ジンは生きてたぜ……」


 自分を置いていくノームに言うべきことを言ったゲンキは呆気なく意識を手放した。身体のダメージは限界を超えており、意識を繋ぎ止めていただけでも立派だった。


「助けねえとな」


 ウェウリンの死に顔が過ぎる。

 彼女の弟子を守れなかったとなれば顔向けできない。

 それにまだジンに師の死を伝えていなかった。本人は既に知っているが、ノームはそれを知らない。いや、仮に知っていたとしても彼女の死の間際に居合わせた自分から伝えるのが筋だと考えていた。


 さて、一見してゲンキの攻撃が効いていないように見える無貌の巨獣だが、多少なりダメージが蓄積しているはずであった。

 ならば彼のやるべきことは無貌の巨獣を拘束して時間を稼ぎ、ダズとドラコーンが他の異形を片付けるのを待つこと。そしてゲンキの与えた傷が塞がらないようにダメージを与え続けることだった。


「おじさんも頑張らないとな。見知った若者の未来を潰させるわけにもいかないし」


 とはいえノームとて限界である。

 心象顕現をもう一度使う余力は残されていなかった。それは完全に顕現させる力がないだけであり、であれば不完全な顕現ならなんとか発現できることを意味する。

 極限にあってノームは遅咲きの才能を開花させた。


「この局面で試すことじゃないよなぁ……限定顕現」


 ノームの足下に水面が写る。

 水面から現出した濃霧が、ノームと巨獣の立つ地面を隠した。

 ノームの行った限定顕現は心象顕現ほどの効果は見込めない。魔技の効能を高め、普段よりも大きな出力で使うことも出来ない。結界という有利な環境を用意することもない。

 あるのは一点、追加効果のみ。

 ノームの霧幻水面写の場合、それは虚実を重ねるという効果が該当する。


 自分が空けた穴から無貌の巨獣が這い出ようとしている。前脚で踏ん張りを効かせるだけで地響きを起こす膂力。


「させるかよ」


 ノームは霧を集めて作り出した大きな腕で無貌の巨獣を押さえつけようとする。


「面白いことをするね。でも無意味だ」


 司祭はすぐに興味を失った。

 たしかに限定顕現という神業に等しい難易度の奥義に関心を寄せたが、この場面では何の役にも立たない。はっきり言って使い方がなっていない。その程度では精々が幾ばくかの時間を稼ぐだけだ。

 せめて搾りかすな魔力でなければ。司祭は残念なものを見るような目をノームへと向ける。そこでは彼が言った通り、霧の腕が霧散するところだった。


 もう大きな腕を作るほどの魔力はない。

 ならばと小さな腕を無数に作り出して巨獣の体を抑えにかかる。悪あがきにしても稚拙で、見るに耐えない光景だ。


 だがその悪あがきが、そう、ほんの少しだけ無貌の巨獣の動きを遅くしたのは事実。


「待たせた」


 その声と共に訪れる大地を揺らす2つの足音。ノームが視界の端に捉えたのは土塊の巨人だった。

 2体の土塊の巨人が無貌の巨獣にしがみつく。大きさでは巨獣が圧倒的だが、全身が土で出来た巨人の重さは相当である。

 しかしそれでも無貌の巨獣は少しずつ、穴から這い出ていた。


「私の奥義を使う」


「お前は?」


「そんなことは後だ。ジンを救いたいのだろ」


「ああ……」


 合流したドラコーンの言葉に、ノームはそれもそうだと思い直す。余計なことを話している時間はない。

 相手の正体が分からなくても、ジンを救えるのであれば構わない。それだけの覚悟がノームにはあった。

 また、ダズとしても無貌の巨獣は脅威であった。放っておけば災厄として解き放たれるのは間違いなく、倒す手段があるのなら賭ける価値があると判断した。


「私の魔技、炎熱操術は文字通り炎熱を生み出して操作する。熱を与えるということは逆もまた然り。奪うことも出来る。それらを同等量で生み出して衝突させると零に戻ろうとする。このエネルギーの衝突に巻き込まれたあらゆるものは消滅する」


「それを巨獣にぶつけるわけか」


「ジンに被害が及ばないように範囲は絞る。それでも巨獣の首から下は消し飛ばせよう。ただし発動まで少し時間がかかる」


「分かった、時間を稼ごう。その代わり必ず成功させろよ」


「無論だ」


 ノームが霧の手を維持する中、ダズは地面に両手をつけた。

 魔力を送り込む過程で土塊の巨人が崩れ去る。その体を維持していた土塊さえも利用して、巨獣を囲む6本の土塔を隆起させた。それぞれの天辺が巨獣を下から突き上げる。


「また時間稼ぎかい?ご苦労なことだ」


 司祭の呆れたような声が頭上から投げかけられる。余裕から発せられた一言だが、ドラコーンが膨大な魔力を醸し始めると僅かに上擦った声が出る。


「あれはちょっとまずいかもね」


 右半身に炎を。左半身に氷を。

 それぞれを纏い文字通り半炎半氷と化したドラコーンの姿がそこにはあった。

 彼女は広げた両手の先から相反する魔力を放出し、徐々に膨大な魔力の塊へと育ちつつあるそれを制御している。

 人間では持ち得ない魔力量。そして人間を超越した魔力操作と魔力制御の巧手には舌を巻く。ドラコーンが異形となったからこそ到達できた極地。頂きの一端が解き放たれようとしている。


「だが、異形王の膂力を持ってすれば……」


 無貌の巨獣は動けない。

 足元を覆い隠す霧の下では、ダズが巨獣の足首を地面に埋めていた。おまけに土を異常なまでに硬質化させている。

 司祭の言う通り無貌の巨獣の膂力であれば抜けることは難しくない。だが、簡単でもない。全ての拘束を引きちぎるには少なくとも数分はかかる。

 そしてそれだけあれば。


「伏せろっ」


 ドラコーンの鋭い警告の直後。


滅龍砲(めつりゅうほう)氷炎崩壊波(ひょうえんほうかいは)


 指向性を付与された暴力的な破壊の光。

 その正体はドラコーンが相反する魔力を衝突させたことで生まれた、零へと戻ろうとする現象である。

 それは光速で飛来する故に回避不能。

 当たったと知覚した時には既に、攻撃は終わっている。

 置き去りにされた轟音が聴覚を貫き、ついで少し遅れて到達した衝撃波が空間を歪曲せしめた。

 それら全てが終わった時、無貌の巨獣は首から上だけが存在を許されていた。


「やってくれたね……」


 司祭は無貌の巨獣の頭上にいたので無事であった。同様にジンも無事である。


「だけれど今ので異形王を殺さなかったことを後悔することになる」


 くつくつと笑いながら辺りを見回した司祭の目には、もともと陥没していた戦場が奥義の余波でクレーターのような有様になっているのが見えた。

 離れた位置にある土のドームを見るに青位魔技師の2人は余波を生き延びたらしい。ダズの機転で作られた五重の分厚い防御壁が、ひび割れた一枚の壁だけになっていることからも奥義の威力が読み取れる。

 ちなみにこの土のドームの中にはムラサキとゲンキもいる。ゲンキはノームが回収し、ムラサキはドラコーンを追ってきたところを保護されていた。

 そして奥義を放った本人であるドラコーンは、あの余波の中を堂々と立っていた。しかし代償は大きい。ドラコーンの両腕は肩から消失していた。


「異形王は死んじゃいない。それほど時間もかからず復活するよ。無駄な努力だったね。死にかけの友とやらも救えなかった。アッハァッ、アヒャヒャヒャヒャヒャ……」


 狂ったように——事実狂っているのだろうが——笑い続ける司祭は突如、巨獣の頭部ごと黒い魔力に呑まれて消えた。

読んでくださった方々ありがとうございます。


次回、最終話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ