88 驚天
お待たせしました。
司祭の余裕な態度がゲンキには奇妙に感じられていた。
今もジンがザリュオンを下し、黒い繭の前で刀を構えているというのに焦りもしない。焦りを巧妙に隠しているのか、それとも何かあるのか。
「なんだ、何を隠してやがる……?」
戦いの中、思わず呟いた独り言。
ゲンキの破術を纏った拳を避けた司祭が意外にも反応を示す。
「へえ、その程度のことは分かるのか」
分かりやすい挑発に乗らない程度には理性を残していたゲンキだったが、バカにされて黙っていられるほど大人でもない。
「てめえ、喧嘩売ってんな?」
「くくっ、褒めているんだけどね。ご褒美に教えてあげようか。あの中にはね……」
……もういないんだよ。
司祭は確かにそう言った。
何が、とは問い返さない。
ゲンキは決して頭が良い方ではないが、こと戦闘においては頭が回る。特に戦闘の組み立ては目を見張るものがあった。
そんなゲンキの頭が答えを導き出すのと同時に、尋常ならざる強大にして巨大な魔力が戦場の空気を震撼させる。
「くそっ、本丸を伏兵に使うかよ……!」
「くくくっ、あっはっはっはっはっ……!」
司祭の嗤いを耳しながら額に浮いた脂汗を拭い、動転した気を宥めてジンの方を見やれば、彼もまた黒い眉を見事に両断した姿勢で警戒している。
残心を忘れないのは見事だが、その場に留まるのはマズい。埒外の魔力反応は地下深くから浮上接近しており、その到達地点は恐らく彼の足下なのだから。
「それじゃあ君の相手はここまでだね。私はやることがあるから失礼するよ」
隙をつかれたゲンキは反応が遅れた。
その間に司祭は透けていき、ゲンキの追撃は惜しくも空を切る。まんまと逃げられてしまったようだ。
「逃げんな!待ちやがれ、顔無し野郎!」
罵倒するも司祭が再び現れることはない。
代わりに大地が裂け、隆起し、爆ぜた。
慌てて爆心地へと振り向いたゲンキは友人と目が合った気がした。友人が土煙に呑まれる一瞬のことである。
すぐに土煙はゲンキの下まで到達し、彼の視界をも奪い去った。
土煙と共に全身を襲った衝撃に吹き飛ばされ、受け身を取ったものの地面を転がされること数秒。ようやく勢いが死に、ゲンキはもそもそと動き出す。
「ぺっぺっ、くそっくそっくそっ……!」
口の中のじゃりじゃりとした感触を吐き出しながら、ゲンキは毒吐く。ジンの安否が彼の心をこの上なく乱していた。
それもこれも武術に明け暮れたゲンキにとって、身近な他人というと師範くらいのものであったからだ。狭いコミュニティで育ったものにとり、友人というものはそれだけ大きな存在になり得た。
「なんじゃありゃ」
土煙が晴れると戦場は一変していた。
爆心地は瓦礫が吹き飛び、地面から30メートルはあろうかという無貌の巨獣が生えている。
全身を覆う黒い毛皮は鋼のような硬さと光沢を帯び、分厚い硬質化した爪のある前脚を地面から上へと出して体を支えていた。
顔のない頭部に唯一存在する大口には幾重にも鋭い牙が乱立する。その大口に引っかかる、いや咥えられていたのは……
「ジン!?」
外から見えない半身に牙を突き立てられ、夥しい血を流すジンの姿は衝撃に過ぎた。結果、ゲンキの目の前は真っ赤に染まる。
「離せやあああっ!!!」
「待て!ゲンキ!……くそっ」
合流しようとしたノームが静止するも、それさえも振り切ってゲンキは無貌の巨獣に直進してしまう。
一方、巨獣の頭の上に乗る司祭はご満悦だった。
「見えるかな。この威容がっ。これこそ異形王と呼ぶに相応しい、世に混沌を齎すものの姿だよ!」
哄笑の響き渡る戦場。
「ダズ!」
「いま行く!」
ノームは出来ることをしようとダズを呼んだ。彼は対峙していた死霊を操る異形を倒したところで、忙しくも次は土塊巨人が抑えている異形を滅するのだと理解していた。
もう1体の異形はムラサキに助太刀したドラコーンが仕留めるべく動き出す。
彼女の正体を知らないノームであったが、現状は味方であると認識する。そして自身はゲンキのフォローへと向かった。
読んでくださった方々ありがとうございます。
ちょうど90話で終わりそうです。あと2話ほどお付き合いください。




