85 紅竜
お待たせしました。
最近、忙しくなりました。つきましては今回のように土曜日の更新が遅れるかもしれません。不定期に戻るだけとはいえ申し訳ありません。ご了承ください。
あの日、ウェウリンが混沌教会に乗り込んだ日。
ドラコーンは教会の周辺一帯を取り込む結界を構成する四方、その一画の守りに就いていた。彼女以外にも多くの魔技師が同じ任務に就き、結界を維持している魔技師の周りを固めていた。
結界の内側で氷雪が吹き荒んだ時には驚いたが、それも事前に聞かされていた。支部長によればウェウリンの心配はしなくてよいそうだから、このまま待つだけだと楽観していたことは間違いない。
それでも任務なので、ドラコーンは真面目に周囲を警戒していた。そんな時に突然、それは起きた。
始まりは街の中心、時計塔の方から聞こえてきた。破壊音と悲鳴である。何が起きたと訝しむうちに、その波は間も無く魔技師たちの下まで到達する。
時計塔に近い方から順番に魔技師が苦しみ悶え始める。
殆どの魔技師が同じ症状に見舞われ、数少ない無事だった魔技師が声をかけても意味がない。皆、あまりの激痛に錯乱して叫ぶことしか出来なかった。
ドラコーンも他人事ではない。
全身が脈打ち、熱に焦がされ、肉体が無理やり作り変えられる。そんな痛みに襲われていた。自分でも知らないうちに絶叫するほどで、立っていることもままならず、地面をのたうちまわる。
やがて魔技師たちが次々に異形へと変貌していく中、ドラコーンは白目を剥いて意識を失った。
ふと我に返った彼女の周囲には夥しい数の死骸が転がっていた。老若男女問わない人間のものと異形のものも、どちらも同じように転がっている。
血溜まりに座り込む傍らに落ちていた薙刀を見ると徐々に記憶が蘇り、やがて自分が何者なのかを取り戻す。
それは認め難い事実だった。
「私がやったのか?この惨状を?」
動揺から震える手へと視線を落とす。
そこには異形の手が映り込んだ。
ざらざらとした紅い鱗に覆われた手の甲。指先には黒曜石を彷彿とさせる鋭い爪が生えている。
御伽噺に聞くドラゴンのようなその手は赤黒く血に塗れていた。
「これじゃあ、まるで異形だ。私は」
異形化した事実に打ちのめされたドラコーンは自分を見失い、長い時間をかけて苦悶と葛藤を繰り返した。その間、何度も自害を迷いながらも次第に現実を受け入れていく。
結局、自分という存在の確かな所を見つけることは出来なかった。それでも心に拠り所は見つかった。
魔技師として異形を滅する。
その責任に縋ることで、ようやくドラコーンは立ち上がることができた。
暫くしてジンと再会したのは偶然だった。
あれからドラコーンは街を徘徊し、異形を滅して周る日々を送っていた。そして偶々ジンが継ぎ接ぎの異形と戦闘している場面に出会したのである。
だが手出しをするつもりはなかった。
しかし最後の最後、異形の悪あがきを前にして自然と助けに入ってしまった。勿論、その場をすぐに立ち去ろうとしたが、それもジンに正体を看破された途端、なぜか足が止まってしまう。
そしてジンの嬉しそうな再会を喜ぶ声を聞いた瞬間、強い恐怖に支配された。
「来るなっ!」
思わず語気を強めてしまったことを後悔する。
それから幾らか会話をしてドラコーンはジンの前から姿をくらませた。
建物の影で腰を落とし、安堵の息を吐く。
久しぶりのジンとの会話は心躍った。そんなことを思う自分に反吐が出る。もう人間ですらない自分が、そんな思いを抱いていいはずがないのにと自嘲した。
しかしながら人の助けになりたいと心の底から思ったのも事実である。
ドラコーンがジンの前に姿を晒す勇気を持てないまま時間だけが過ぎていった。
そして現在、ジンとの約束を胸に戦いへ乱入する。
戦況を鑑みて青位魔技師のムラサキが不利と知ったドラコーンは、今この瞬間にもムラサキを食い殺さんとする異形を火に包んだ。
これくらいで倒せるなら苦労はしない。
火柱の奥から突き刺さる敵意にドラコーンはそんなことを思う。
油断なく伺っていると火達磨になった異形が飛び込んできた。魔力の業火に焼かれた膿のような青黒い体液は見る影もない。
ドラコーンは深く息を吸い込む。
「灼熱吐息」
薙刀を手にしていない空いた左手を口元に添えて吹けば、吐き出された息が火炎となって異形を押し戻す。
ドラゴンのブレス彷彿とさせる火力だが、ドラコーンにとっては目眩しに過ぎない。彼女は直様、火炎を追って薙刀を振るった。
身を翻して回転の力を加えた横薙ぎは、異形したドラコーンの人外の膂力も相まって凄まじい威力を発揮する。異形の頭目掛けて一閃、刃渡り以上の傷を与えた。
この攻撃で目を潰された異形が喚き散らすが、ドラコーンは意に介さず、続けて2連撃を見舞うと異形の両前脚を刎ねた。
『ガオオオォ……!!!』
異形は負けじと唾液を浴びせかける。しかし口を開いた瞬間、噴いた唾液はドラコーンの赫灼たる魔力によって燃え尽きてしまう。
もはや打つ手なし。
にも関わらず往生際の悪い異形は尚も唾液を放ってくる。そんな異形へと向かってドラコーンは悠々と歩みを進め、異形へと近づいていく。そして口腔内に薙刀を捩じ込んだ。
「死ね」
薙刀を通じて送り込まれた魔力が超高熱となり異形を内側から蹂躙する。
逆流する熱波がドラコーンのローブをはためかせ、フードがはだけた。彼女の隠していた素顔が露わになる。それは赤鱗に覆われたドラゴンそのものだった。
翠眼の縦に裂けた瞳孔が死にゆくものを見つめている。
やがて薙刀を引き抜くと、異形は断末魔の叫びを上げる間も無く完全燃焼していた。
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