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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第4章 異形を滅する剣
86/94

83 手向

祝!5,000PV突破!

 ノームは継ぎ接ぎの異形を前に当惑していた。その体躯もさることながら、その強さも尋常ではない。しかし当惑させた一番の原因は異形が行使してきた能力にあった。


「どういうことだ。なんでお前がそれを使える!?」


 今もまた異形は手のひらをノームへと向けて閉じる。すかさずその場から退避すると、直前までノームのいた空間が潰された。

 目に見えない不可視の一撃は、まるで手で握り潰したような破壊痕をつける。それはかつてノームが倒したガント、彼の得意とした魔技である掌握術そのままだった。

 通常、魔技は似通うことはあっても、まったく同じではあり得ない。微妙な差異が生まれて然るべきだ。だからこそ全く同様の魔技を使われてノームは当惑したわけである。


「くそっ」


 動き回ることで見えない攻撃を回避し続けながら、ノームは悪態を吐いた。混乱する頭で考えるべきは異形への対処。

 だから一旦、目の前の異形がガントの魔技を使える件は置いておく。この辺りの切り替えは流石、経験の成せる業だろう。

 改めて異形を観察していく。

 その姿を言葉で表すのなら、底の平べったい円柱のような太い両足で屹立する人皮を継ぎ接いだ肉塊だ。長大な腕が2本、左右で1本ずつ生えている。

 手を握る動作の直後、掌握術を使った攻撃が発生する。移動先を予測して発動されることを考慮せねばならないため、ノームは不規則な軌道を強制されていた。

 しかし考える時間は与えられないらしい。


「なんだ?」


 攻撃が止んだことを訝しみ足を止める。

 見れば異形の表面が泡立っていた。


「おい、おいおい嘘だろ……!?」


 木の幹から枝が生えるように、肉だけで形作られた腕が出来上がる。それも1本や2本ではない。数十本という数が瞬く間に形成されて多腕となった。

 動揺は致命的な隙を生み出す。

 一斉に手のひらを握ったのを見て、咄嗟に離脱を試みるが僅かに遅い。あるいは隙とも言えない隙がなければ、攻撃の範囲から逃れることも出来たかもしれない。しかしそうはならなかった。

 ほんの少し反応が遅れただけでノームは掌握術の効果範囲から脱せなかった。同時に発生する数十もの掌握術を避け切ることは難しく、それでも霧幻術を駆使してあの手この手で誤魔化していたが、ついに右腕を捕らわれてしまう。


「—— ッ」


 慈悲も容赦もなく、握り込まれた右腕は潰されて使い物にならなくなる。ジュースのように絞られた鮮血が滴った。もはや腕としての原型は留めていない。

 想像を絶する痛みが今、ノームの体内を暴れ回っていることだろう。奥歯を噛み締めてそれを閉じ込める胆力たるや並ではない。

 今度はその押し留めた激痛を咆哮として解き放つ。


「ううらあああアアアアアア!!!!!」


 烈烈たる気合が迸る。

 ぶちぶちと嫌な音を立てながら、ノームは自ら引きちぎった。肩から先、骨ごと右腕を丸々一本である。

 このまま掴まれていれば次の攻撃で死ぬという冷静な戦術眼による合理的な判断の下、それを実行に移した。

 これを狂気と呼ばずしてなんと言う。

 全身の脂汗もさることながら夥しい量の出血は、ノームの身体から急激に熱を奪うことだろう。魔闘術の応用で止血出来ても失われたものまでは戻らない。死の指先はいつでも背中に触れることが出来る。

 だが、ノームの戦意は些かも衰えてはいなかった。


「心象けん……げ……」


 心象風景を具現化しようとしたノームは、彼から見て正面、異形の表面に浮き出た人面を見て言葉を失う。


「哀れなものよな」


 人面の口から響いた声はガントのものだった。


「死して尚、骸を弄ばれ、縛られる」


「先生……」


「戯れに育てた弟子の手で逝けたと思えば、この様だ。まさに因果応報よ」


 そう言って自嘲するガントの顔は、すぐに苦悶の表情を浮かべた。


「この状態も長くは保つまい。いいか、加減は出来んぞ。全力で仕留めに来い」


「何度でも殺してやりますよ。俺がこの手で」


「ふふ、そうかよ……最後にひとつ。核は中心にある。分厚い肉の壁を貫ける、攻撃を、手数には……手数を…………」


 何も言わなくなった人面が肉の鎧に埋もれていく。同時に動きを止めていた異形が身震いしたのを見て、ノームは戦いの再開を感じ取った。

 かつて先生と崇め、一度は自らの手で屠った相手。その言葉を信じるならば、ノームは躊躇せずに最大手を放つことが出来る。

 力を込め直して口走るのはガントを葬った大技だ。


「心象顕現、霧幻水面写(むげんみなもうつし)


 1人と1体を濃霧が覆った。

 いつの間にか明鏡止水の上に立ち、五里霧中へと落とされた異形にノームが宣告する。


「おじさん本気でキレてるからさ。先生は加減できないって言ってたけど、そりゃこっちの台詞なんだわ。だからまあ……」


 そこで言葉を区切り、取り出した葉巻に火をつける。吐き出した煙は霧に紛れて見分けがつかなくなる。


「終わりだよ、お前は。もう終わってる。一度舞台を降りた役者が、我が物顔で上がってくるなクソ野郎」


 手など形にとらわれる必要はない。

 元々形のない霧なのだから自由にイメージを反映させればいい。

 だからノームは霧を細く、長く、鋭く、けれど数だけは無数に意識した。ただ目の前の異形を殺すために最適の手段を取る。

 異形は知らず知らずのうちに纏わり付いた霧が、その実、全方位から凶器を突きつけているのと同義とは知る由もない。だから悠長にもノームを見かけては掌握術で破壊しようと手を握る。霧分身という幻を追いかける異形に最後の時が訪れた。


無形霧想(むけいむそう)白髯(はくぜん)千手貫手(せんじゅぬきて)


 幾千幾万もの霧に刺し貫かれて、胎内に隠した核を破壊された異形は絶命した。

 ノームは異形だった肉塊に近づく。異形が死ぬ直前に、その表面に浮き出ていた人面の前まで来ると、その口に自身の火の付いた葉巻を咥えさせた。

 人面はとても穏やかな顔で最後にひと呼吸する。吐き出された煙は正面にいたノームの頬を打って、それから天へと昇っていった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


今年に入る直前から月アクセス数が倍になりまして、人知れず慄いていたのですが、気がつけば5,000PVを越えておりました。

連載を開始して2年と少しの間に、この作品に時間を割いてくれた読者がそれだけいるんだと思えば、書き切る力を得られるというものです。

年内完結を目指しておりますので、それまでどうかお付き合いください。

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