80 盲目
お待たせしました。
ザリュオンは盲目である。
生まれつき視覚は閉ざされていた。
闇だけが彼の常であり、世界だった。
そんな彼は視覚以外の全ての感覚を研ぎ澄ませることで世界と繋がるようになり、やがて勘覚さえも研ぎ澄ませていく。
魔力を通してみる世界は、ザリュオンに初めて闇以外を幻視させる。魔技師としてのめり込むのに時間はかからなかった。
弛まぬ修練の果て、己の腕のみで青位魔技師まで上り詰めた。それが盲目のザリュオンという男である。
「行きますよ!」
ザリュオンの得物は普通の剣だ。
ロングソードというには長さも重さも足りず、ショートソードというには長く重い。彼が扱うのに丁度いい両刃の剣だった。
爆発的な加速と共に連続で突きを放つ。
ウェウリンもいなすが、魔力の籠った突きを捌く度に氷剣は削られていく。このままではジリ貧だが、苛烈な攻めを前に否応なく向き合うことを強制されている。
そしてついに捌き切れなくなり、ウェウリンの頬に一筋の線が走る。事ここに至り、ウェウリンは強引に突きを払い、間合いを空けることに成功した。
「くっ、なんだ、視界が」
片膝をつき、顔に手を当てる。
ウェウリンの視界は黒く塗り潰されて光を失っていた。
ザリュオンは油断なく構えながらも愉快そうに種明かしを始める。
「私の魔技は眼繋術と言いまして、相手の一部を媒介にすることで、私の視界を相手に共有することができます」
「つまり私が今見ている景色は」
「その通り。私が普段から見ている世界です」
目の見える人間にとって闇とは恐怖そのものだ。何も見えないというだけで心細くなり不安は膨れ上がる。
ウェウリンは相応に訓練を積んでいるため極端に闇を恐れることはないし、不安に心を乱すこともしない。だが今まで当たり前に機能していた視覚を奪われるのは痛手だった。
「これで終わりですね」
靴音を消して忍び寄るザリュオンは首を落とさんと、横合いから剣を振り下ろす。
「甘い」
ウェウリンが正確に氷剣を振るい、ザリュオンの剣を弾く。
「なぜ動ける!?」
「まるで殺気を隠していない。それに……」
お前に出来ることが私に出来ないとでも?
続くウェウリンのその言葉でザリュオンは理性を手放した。
「ふざけるなあああッ!!!」
激昂したザリュオンは雑把に剣を繰り出した。まるで精細を欠いた剣に術はなく、子供が棒を振り回すのと変わらない。
ウェウリンはひらりひらりと舞う木の葉のように剣を回避し、その度にザリュオンの脚や小手に斬撃を見舞う。
持っていられなくなった剣を取り落としても尚、ザリュオンの憎悪は燃え盛る。
「終わりだな」
「違う」
「何が違う?」
「お前を殺せればそれでいい」
ザリュオンの様子に不穏なものを感じたウェウリンがすかさず首を刎ねる。しかし間に合わなかった。
「ザリュオン。人を捨てたか」
刎ねられた首は血を撒き散らさなかった。
地面に転がることもなく、空間に固定された様にその場にある。ザリュオンの額が蠢き、縦に筋が入る。肉を押し退けた第3の目が血の涙を流した。
「これが、これが色か。これが世界か」
歓喜に打ち震え、そして吐き捨てる。
「世界とは斯くも醜いものだったか」
異形化したザリュオンの首が繋がる。
異常な再生力が働き、身体中の傷が塞がっていく。
「この全能感がなければ、あまりの不快に消し飛ばしているところです」
「お前はここで滅さなければならない」
「ああ、まだそこにいたんですか」
もはや眼中にないとばかりのザリュオンが無造作に腕を振るう。
「今ので仕留めたつもりでしたが、有り余る力を御しきれていないようですね」
噴出した血飛沫が地面を汚し、宙を舞った腕が落ちる。ウェウリンは涼しい顔をしているが、抑えた肩口からはとめどなく血が溢れてくる。
「貴女で慣らすとしましょう」
暗い愉悦を滲ませてザリュオンが言った。
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