79 立塞
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本日2話更新予定です。80話の更新は午後17時を予定しています。
時間は遡り、ジンがダズやムラサキたちと合流する少し前のこと。ドクター等を連れて街からの脱出を目指すノームの行く手を遮ぎる者が現れた。
ノームが足を止めたのは異形と遭遇したからではない。ここまで不気味なくらい異形とは出会わなかった。彼の前に現れたのは青位魔技師。名をザリュオンと言う。
「俺たちを殺しに来たのか?」
そう、ノームが問うとザリュオンは首を振って否定する。
「いいえ、私の狙いはただ1人。ウェウリン、貴女です」
名指しされたウェウリンは怜悧な顔に些かの動揺も見せず、そのままノームとザリュオンが対峙している集団の前方まで行く。
ノームは内心、冷や汗を浮かべていた。
「ウェウリンさん、ここは俺が……」
「大丈夫だ。問題ない」
ウェウリンは力が落ちている。それこそ魔力だけをみれば新人魔技師と同等か、下手をすれば劣っているほどだ。なのにこの風格はなんだろう。衰えを感じさせない。
「本当にウェウリンなのか?声は一致するが、その微弱な魔力は一体……?」
ザリュオンが訝しむのも無理はない。
わざわざ説明する義理もないのだが、ウェウリンは端的に言葉を紡いだ。何を考えてその言葉を選んだのか、その真意は伺えない。
「弟子を救うのに力を割きすぎてな」
先の救出劇のことを仄めかせば、ザリュオンの声音に理解の色が乗る。
「なるほど、そういうことですか。貴女ともあろう人が……失望しました。弱者にかまけてこの体たらくとは」
「お前たちが切って捨てるものに、私は未来を見ているのでな」
「ですが結局、弟子は救えなかった。そうなのでしょう?」
「…………」
どうやらザリュオンはジンが魔力を吸い尽くされたことを指摘しているようだ。どこから知ったのかと考えれば、おそらく司祭からだろうが、ウェウリンは敢えて何も言わなかった。時に沈黙は価値を持つ。
ジンは生きているが、ザリュオンはそう思わない。
「無駄。無駄の極みです。強者は自分だけに力を使い、研鑽すれば良い。そうしないから貴女は脆弱になった。違いますか?」
「さて、どうだろうな」
カルナや職員たちはジンが生きていることを知っているが、彼らが何かを言う前にドクターやノームがそれを制した。
ザリュオンはウェウリンとの問答を終わらせる気になったらしい。腰に下げていた剣を抜いて、その鋒を彼女に向ける。
「まあ、いいでしょう。こちらとしては好都合ですから。物足りないかもしれませんが、ウェウリン、貴女を殺します」
「ふっ、ふふふっ、ふははははっ」
「何が可笑しいんです!?」
突然、ウェウリンが高笑いする。
気でも触れたかとザリュオンが叫び、だがウェウリンは相手にしない。高笑いを収めた彼女は、しかし薄ら寒い口元だけの笑みを貼り付けてノームに指示を出す。
「ノーム。皆を連れて街から出ろ」
「いや、俺も残って2人で戦うべきだろ」
「二度は言わん。行け」
「……分かった。だがドクターたちを街の外に送り届けたら、すぐに戻ってくる。それまで耐えていてくれよ」
「ザリュオン程度に遅れは取らん」
好き放題に言うウェウリンに、青筋を浮かべたザリュオンが吠える。
「いい気になるなよ、かつては知らないが今は私の方が強い。魔力を比べれば分かる。貴女には僅かな勝機も残っていない。それを解らせてやるッ!」
ザリュオンの体がブレると、次の瞬間にはウェウリンの前にいた。彼の剣は既に振られている。それをウェウリンは瞬時に構築した氷剣で受けた。
力で押し込もうとしたザリュオンは驚愕する。
「バカな、魔闘術は使っていないはず。どこにそんな膂力があると言うのですか!」
拮抗している現実を信じられないと騒いでいるザリュオンとて全力ではない。だが彼は魔闘術を使っている。ほぼ生身のウェウリンが力で均衡を保つなどあり得ない。その主張は当たり前のものだった。
強いて言うならば、ザリュオンの思考はそこで止まっている。司祭の手によって彼の身に起こったある変化が、従来の理知的な彼の思考を妨げている。
そのことに本人は気がついていない。
「膂力などない」
「なんですって?」
「あるのはただ積み上げてきた技だけだ」
ウェウリンは力を逃していただけだった。
打点をずらし、足や肘の位置を変えて、手首の柔らかさ、体の柔軟さえ利用して、ザリュオンの力だけを受け流していた。
鍔迫り合いに興じているうちにノームたちは路地を曲がって行ってしまった。時間を稼がれたザリュオンとしては悔しくないわけがない。心境は表情の差となって現れる。
そして守る必要のなくなったウェウリンには、これ以上の時間を稼ぐ理由もない。
「なに!?」
ザリュオンの剣を滑らせ、彼の体勢を崩して隙を生み出す。そこを一閃すれば、彼の脇腹に一条の赤い筋が刻まれた。
ザリュオンは屈辱に顔を歪めながら、すぐさまバックステップで距離を取る。ウェウリンは不用意な追撃をせず、それを見送った。
「正直、舐めていました」
脇腹を探るその手は、べったりと血に塗れている。痛みに冷静を取り戻したザリュオンは、同時に慎重さも取り戻していた。
「ですが、今の一撃で私を仕留められなかった貴女には、やはり勝機は訪れない。ここからは私本来の戦い方をお見せしましょう」
油断のない相手とはそれだけでやりずらいものだ。ここからが本当の意味での戦いになる。だがウェウリンに余裕はない。彼女はこの戦いの厳しさを予感した。
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