78 哀悼
お待たせしました。
メモレクサスの街の中心は陥没し、大穴が空いていた。穴底は瓦礫が散乱して足の踏み場もない惨状の中、不自然に瓦礫が除けられた広場が形成されている。そこには禍々しい繭のようなものが鎮座していた。
「司祭……」
穴の縁から覗いていたジンは、なんの感情もこもらない声で小さく呟いた。
街中で見かけなかった異形は穴の底に集合していた。大量の異形。それを司祭は何らかの術を行使したのか、ある程度の数を一塊にまとめていく。
なんとも悍ましい光景だった。
肉体を持つ異形の混ざり合う重々しい水音がジンのいるところまで聞こえてくる。
やがて夥しい量の血を滴らせながら爆誕したのは、つい先ほどジンが遭遇した合成獣のような継ぎ接ぎの異形である。司祭が使っていたのは、より強力な異形へと作り変える秘術だったようだ。
ジンは顔を引っ込め、一度この場を去ることにした。
街の中心が陥没したのは司祭の仕業だ。
ほぼ間違いないだろうということで、ジンは合流予定地に向かう。協力してくれる青位魔技師と会うためだ。また、この合流予定地では、ドクターたちを街の外へと送り届けた後ノームも落ち合うことになっている。
指定された地点は、すっかりゴーストタウンと化した簡素な住宅地であり、拠点にしていたアパートからも、街の中心地からも程よく離れていた。
「たしか……ジンだったな」
「あなたはダズさん?」
寡黙な大男、青位魔技師のダズは通りを監視していた。ノームとの合流予定日には早いが不測に備えてのことだ。隠れ家にも近く、知った顔が来たので声をかけたのだった。
「しかし、生きていたとはな」
「師匠のお陰です。それがなければ今頃……」
「そうか……」
微妙な空気を変えるためにジンの方から話を振る。
「ええと、そうだ。ノームさんの使いで来たんです」
「ノームの?分かった、着いてきてくれ」
ダズに案内されたのは一軒の民家。
非常時のため一時的に借りているらしい。
玄関から居間に抜けると紫紺の髪を肩口で切り揃えた女性、青位魔技師のムラサキが待っていた。彼女はジンをみて目を見開き、次いでダズに説明を促す。
「ノームの使い、らしい」
「そう、ですか。私としては生きていたことに驚きを隠せません。しかし現実は受け止めるべきでしょうね。分かりました、お話を伺います。こちらへ」
ひとつの机を囲み、3人が顔を合わせる。
お茶請けなどはない。当然、お茶も出てこない。ダズもムラサキも、かなりひもじい生活をしていた。それを申し訳なさそうに言うものだから、ジンはまず気遣い無用と本心を伝えた上で目的を話し始める。
技術開発局の局長を含む連盟支部の職員が数名ではあるが生存していたこと。彼らを街の外に避難させるためにノームが動いていること。そして本題へと入る。
「決行が早まる可能性があります」
「司祭を討ち、再誕前の異形を滅する。その作戦のことですね」
「はい。僕は今日、街の中心部を見てきましたが、土地ごと陥没して穴が空いてました。その中央に黒い繭があって、司祭が異形をくっつけてました」
「くっつける、とは?」
「言葉通りの意味です。たくさんの異形を混ぜ合わせて、ひとつの大きな異形に」
想像してしまったムラサキが眉を顰める。
より詳細な描写は省き、事実だけを簡潔に伝えても気味の悪さは拭えない。想像するだけでろくな絵面にはならないからだ。
「それだけ動きがあるということは時期が近いのかもしれない、と」
「そういうことなんだと思います」
「ノームはいつ頃?」
「本来の合流予定日には」
「そうですか」
そこで乱入者が現れる。
しかし誰も動かない。玄関から近づいてくる魔力の気配には馴染みがあった。ジンにとっては肩を並べて戦った戦友の気配。
「ただいま戻ったっす……?」
「えっ、ゲンキ?」
「ジン!?お前、生きてたのかっ」
相変わらず擦り切れた道着に身を包んだゲンキが立っていた。思わぬ再会に喜びを隠しきれないゲンキは、いきなり殴りかかる。
「心配させやがって!」
ジンは防ぐでもなく、避けるでもなく、甘んじてその鉄拳を胴に受けた。ずしりとした衝撃に体を折りそうになるのを堪える。
「心配させてごめん」
「へっ、まあ、無事でよかったぜ」
ニカっと笑う。見覚えのあるゲンキの笑みに釣られてジンも笑う。
「誰が残るかという話になった時、私とダズが立候補して選ばれました。しかしゲンキくんは自身も残ると強硬に主張、結果として私たちの手助けをしてもらっています」
「しょうがねえだろ、ダチのためだ」
「それは友達として嬉しいけど、でも周りの人を困らせてちゃダメだよ」
「譲れないもんのためなら仕方ねえ!」
「そういう気質なのだ。俺は嫌いじゃない」
ずっと黙していたダズが言った。
ゲンキを加え、改めて話し合う。とはいえ決行が早まったというだけのこと。数日中だろうと当たりをつけて、心構えをしておこうと話は終わった。
そこからはメモレクサスが滅んで以降、過ごしてきた日々についてお互いに語らう。そんな中、ダズが悲しみを滲ませる。
「ジンには話しておこうか」
「何をですか?」
「ジェットのことだ」
ジェットといえばジンを含め、ゲンキもドラコーンも命を救われている。彼がどうしたのかと耳を傾けたのを察して、ダズは重々しく口を開いた。
「ジェットは死んだ」
「……ゲンキは?」
「聞いた時は耳を疑ったけどな、どうやら本当らしい」
ジンがムラサキを見れば、彼女も頷いている。どうやら本当の話らしい。俄かには信じられなくて、ジンは何があったのかとダズに尋ねた。
「裏切りにあったのだ。青位魔技師のひとりザリュオンが混乱の中、背中からジェットを切った。気がついた時には手遅れだった」
「その後、ザリュオンは雲隠れしました。今でも足取りは掴めていません。それにしても何故あんなことを」
ムラサキが補足し、疑問を呈する。
その答えは誰も持ち合わせていなかった。
ジンは恩人の死を悼んだが、特に何も言わなかった。ダズの悲しそうな表情を見れば、付き合いの浅いジンは何も言えなかった。
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