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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第1章 師匠と弟子
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08 形見

少々遅くなりましたが投稿します。

 ジンは退院する前日、ウェウリンに行く当てがないことを打ち明けていた。


「なるほど。それなら我が家に来るといい。修行の間は面倒を見よう」


 そう言って、ウェウリンは実にあっさりとジンを受け入れた。

 そして事件から1週間が経った今日。

 昼頃に退院したジンは、ウェウリンと共に護憲兵の屯所を訪れた。

 入院中、護憲兵から「遺体の確認をしてほしい」と要請があった。そのためウェウリン宅へと向かう前に、ジンは遺体の確認を済ませなければならなかった。

 ウェウリンが屯所の門衛に話しかける。その口調は古馴染みに話しかけるような、どこか親しみのあるものだった。


「カンバート、連れてきたぞ」

「止まれ、ここは護憲兵の屯所だぞっ……と、なんだウェウリンか。脅かすなよ」

「相変わらず失礼なヤツだな、おまえは」


 カンバートと呼ばれた門衛の男は、声をかけてきた相手がウェウリンだと分かって軍刀から手を離した。

 カンバートは警戒を解いていたが、もうひとりいる門衛の方は警戒を解いていない。また屯所内からも張り詰めた空気と言うのか、どこか近寄りがたい雰囲気を感じる。


「何かあったのか?」

「いや、ちょっとな……それより、そっちの子が遺体の確認に来た?」

「ああ、名前をジンと言う」


 ウェウリンに紹介されたジンが軽く頭を下げる。それに笑顔で応えた後、カンバートは同僚に、代わりの人員の手配を頼んだ。頼まれた門衛が屯所内に入っていく。


「というわけで、代わりの人員が到着するまでの間、少しだけここで待っていてくれ」


 カンバートは、どうやら自分で案内するつもりのようだった。

 それほど長くない時間が過ぎて屯所内に入って行った門衛が戻ってきた。その背後には人相の悪い髭の門衛が続いている。


「カンバート、今度何か奢れよ」

「よりにもよってゴリアタか……お手柔らかに頼むぞ、今月は厳しいんだ」

「分かっている」

「だといいんだが……さて、待たせたな。こっちだ。ついてきてくれ」


 カンバートの後に続いて、ジンとウェウリンは屯所内に足を踏み入れた。

 屯所内は一般人の立ち入りが原則として制限されている。そのために、まずは受付で用件を伝えて立ち入りの許可を得る必要があった。しかし受付で話してみると、すでに事務方まで話が通されていたようで、カンバートは鍵を、ジンとウェウリンは許可証を、それぞれ受け取ることができた。

 忙しない屯所内を奥に進み、安置室と表記された扉の前で立ち止まる。


「この先は地下になってる。少し肌寒いと思うけど我慢してくれよ」


 カンバートが鍵を差し込んで捻る。鍵穴は回り、カチャりと鍵の外れる音がした。

 安置室のドアが開かれて、地下への階段が姿を現す。乾いた冷気が足首を撫でる。

 階段に溜まる暗闇にジンは身震いした。

 しかしカンバートもウェウリンもさっさと階段を降りてしまう。

 薄闇があの路地を思わせて、ジンに進むことを躊躇わせる。それでもジンが階段を降りたのは、父親の死を自分の目で確かめるためだった。現実のものとして受け止めるには、それが必要だと分かっていた。

 階段を降りた先ではカンバートとウェウリンが待っている。その側には全身に、顔まで布をかけられた遺体と思われる膨らみが、台の上に横たえられていた。

 カツカツと靴音を立てて、ジンが地下の安置室を進み、ついに遺体の側で立ち止まる。


「布を捲るぞ……」


 台に横たわるジェイムズ・シルバーの顔には死の間際の恐怖が刻み込まれていた。そしてそれは、あの日ジンを拐った男が最後に見せた表情と酷似していた。


「父に……父さんに間違い、ありません」


 そう、ジンは認めざるを得なかった。

 ウェウリンがジンの肩を抱く。

 ジンは堪らなくなってウェウリンに縋りつき、そして慟哭した。

 カンバートがジェイムズ・シルバーにかけられていた布を元の状態に戻し、その場を離れた。暫くの時間が経って、戻ってきた彼の手には2つの品が用意されていた。

 ジンが落ち着くのを見計らって、カンバートが声をかける。


「これらは、君のお父さんが所持していたもの、その一部だ。残念ながら全てを返却することはできないが、これらに関しては返却の許可が下りている」


 目を赤く泣き腫らしたジンは鼻を啜りながら、カンバートの手の中のものを見た。


「1つは万年筆。発見当時、身につけていた上着の胸ポケットに入っていた。よく使い込まれているね。いい品だ」


 万年筆はジェイムズ・シルバーが生前、公私共に愛用していた品だった。それを使っている姿を、ジンは何度も見たことがあった。


「もう1つは腕時計。機械式で今は動いていないけど、巻き直せば動き出すはず」


 ジェイムズ・シルバーは機械式腕時計の魅力について、我が子に語っていた。手巻き式は毎日ゼンマイを回す手間がかかるけれど、その手間こそが愛着に繋がるのだと。


「じゃあ、手を出して」


 ジンは両手を出し、そこに2つの遺品が手渡される。そのままそれらを胸に押し当てると、ジンは何故だか温かさを感じた。それが何故なのかは結局分からなかった。

 それから遺品の返却に関係した書類にサインをしたり、諸々の手続きを済ませて、ジンとウェウリンの2人は屯所を後にした。

読んでくださった方々いつもありがとうございます。


キャラクターに人間味を持たせるのは、殊の外、難しいのだと思い知りました。

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