76 奮起
お待たせしました。
夜の帳が下りる最中、街を襲った大地の揺れは次第に収まりを見せた。
建物が揺れる程度、棚から物が落ちるほどではない比較的軽微な揺れだった。それでもこの地域では大変珍しい。
「すごい揺れでした」
「揺れは街の中心から広がってきた。とはいえ外は暗い。確認するのは明日にするべきだろう」
「そう、ですね。それでは僕は休みます」
「おやすみ、ジン」
「はい、おやすみなさい。師匠」
就寝の挨拶をして床に着いた。
その頃、ノームは揺れに過剰な不安を感じて騒ぐ職員たちを宥めていた。それにはドクターやカルナも手伝い、そのお陰で間もなく騒ぎは収まった。
明け方、ジンは早くに目が覚める。昨晩の揺れが気になって眠りが浅かったのだ。幸いあれから揺れなかったものの、街の中央で起こった何かを確かめたくて仕方がない。
朝食の用意でもしようか。ジンは簡単に身支度を済ませると寝室を出て台所へ向かう。
「おはよう。眠れたか?」
「おはようございます。ぐっすりとはいかなかったですけど、一応は。ノームさんは?」
「俺も似たようなもんさ。早く目が覚めちまって、せっかくだから食事の用意でもしようかと思ってたところだ」
台所にはノームという先客がいた。
お互いに挨拶を交わして軽く話をすると、同じ行動を取ろうとしていたと知って、どちらからともなく苦笑した。どうせならと一緒に食事の用意を始める。
かたいパンを皿に乗せ、寸胴鍋で温めた塩味のスープを器によそう。それを人数分だ。
「配膳は任せていいか?ドクターたちに声かけてくる」
「いってらっしゃい」
台所はアパートの共用スペースにある。それに併設された食堂も存在した。下宿やシェアハウスと言った方が近いかもしれない。
食堂の長テーブルで配膳していると次々と人がやってくる。初めにウェウリンが、ドクターたちが、そしてノームが職員たちを連れ立って戻ってきた。
彼らと挨拶を交わしつつ、最後に自分の皿を持ってジンが席につく。粗末ながらも食事にありつけること。これに皆が感謝し、上座に着いたウェウリンの一声に促される形で食事を開始した。
「いただこう」
静々とパンをスープに浸す中、今後の動きについても確認していく。主にウェウリンとノームの間でやり取りが進む。
「俺がドクターたちを街の外まで連れていきます」
「ふむ、私も行こう」
「いやいや俺ひとりで十分ですよ。それにジンをひとりで行かせるんですか?」
「逆だよ。私ではジンの足手まといになってしまう。このままドクターたちと共に街を出た方がいいのだと分かる。悔しいがね」
「いや、そんなことは……」
ノームは否定しようとして言葉を詰まらせる。横目に見たジンが悲しげな眼差しで首を振っていたからだ。
「分かりました。出立は昼前でいいですね?」
「それでいい。準備が整い次第、出立だ」
内容は共有され、このあと出立するということは満場一致で賛成された。
皆、席を立って自分たちに割り当てられた部屋へと一時戻る。とはいえ荷物らしい荷物もなく、待機中のようなものだ。
ジンは皿を片付けつつ今後について思う。
任された任務は主に2つ。
街の中心地の確認。そして味方との接触。
今朝確認したことだが、街の中央に聳えていた時計塔が消失していた。これは倒壊したものと考えるが、何が原因で、どれだけの規模に被害が及んでいるのか。これを調査しなければならない。
街に潜伏中の青位魔技師との接触は、ノームから落ち合う予定の場所と定期連絡の手段を合わせて聞き取り済みだ。問題は潜伏地点が中央に程近いため、揺れに巻き込まれていないかということ。
これらをひとりで任されたのは信頼の証である。ジンは、その信頼に応えたかった。
「お待たせしました」
片付けを終えたジンは合流した。
皆、既にアパートの前に集合していた。
ジンは一度、部屋に戻り闇刀を回収に行って遅くなったことを詫びたが、一同は気にしていないと首を振る。
「よし、それじゃあ行動を開始する。街の外にドクターたちを送り届けたら、俺もジンに合流するからな」
「私はドクターたちを連れて支部長と会う。だからここで暫しの別れだ。ジン、死ぬなよ」
「死にません。必ずやり遂げます」
そういう意味ではないのだがな、とウェウリンは苦笑してジンの頭に手を置いた。そして子供扱いはこれで最後と心に決め、手を離すと、厳格な魔技師としての顔を出す。
雰囲気が変わったことを察したジンも、弟子ではなくひとりの魔技師として聞く。
「司祭は強大だ。しかし今のジンならば滅することができる。それだけの実力がある。しかしそれは諸刃の剣。チカラに溺れることのないよう心せよ」
「はいっ」
うん、と頷く。
ウェウリンからは以上のようだ。その隙を狙ってドクターとカルナが前に出た。
「ジン、生きて帰るんだよっ」
「そうだよ、アタシに刀を見せる約束。破っちゃダメだからね?」
心配というには私欲の混じった発言だが、それはカルナなりの冗談だった。もちろん、半分は本気である。
ジンは思わず笑みを浮かべて、それによって体から余計な力が抜けたことを自覚した。
「2人ともありがとう。知らないうちに緊張してたみたいです。それがほぐれました。約束のためにも生きて戻ります」
「うんうん、それが聞けてよかったよ」
そうして別れを済ませると出立する。
ノームを先頭に、ウェウリンが最後尾。その間にドクターたちを入れた陣形。ノームの霧が彼らを覆い隠し、その存在を異形から誤魔化してくれる。
霧の一団が遠ざかっていく。
「僕も頑張らないと」
ジンは振り向き、その視線の先にメモレクサスの中心を捉えた。かつて象徴だった時計塔があった場所。その虚空を睨み、ひとり奮起した。
呼んでくださった方々ありがとうございます。




