74 帰還
お待たせしました。
ドクターは封物殿の扉を開ける術を持たなかった。それでもどうにかならないか探るために、ノームはドクターを連れて封物殿の前まで戻ってくる。
しかしそこにジンの姿はなかった。
もしやと思い、扉に触れるがびくともしない。
「無駄だよ。そもそもこの封物殿は開けられるように出来てないんだからね」
封物殿に鍵はかけられていない。
扉の開閉には押し引きではなく、合言葉が必要なのだ。残念なことにその合言葉は、支部長を含む限られた人間だけで秘匿されている。それは封物殿の危険故である。
「なんとかならないのか?ジンは絶対、この中だ」
「なんで言い切れるのさ?」
「様子が、おかしかった。今思えばひとりにさせるべきじゃなかったかもな」
ジンは何かに呼ばれている気がするのだと言っていた。その招きに誘われて封物殿へと入ったに違いなかった。
ドクターは冷静に指摘する。そもそもどうやって中に入ることができたのか。
「それは分からないが、他に行く場所がねえだろ?」
「地上に向かったのかもよ」
「それはない」
ノームは問いに対する答えを持ち合わせていなかったが、ジンの人間性については、ある程度のことを分かっているつもりだった。
即ち仲間を置いて逃げるような人間ではない、と。
「そうなるとやっぱりこの扉だけど」
「なんとかならないか?」
「合言葉は知りようがないし、これはもう扉の仕組みを分析するしかないけど、とんでもない時間がかかるよ?それに分析できたとしても開けられるとは限らないし」
「それでもいい。やってくれ」
「ふぅ、わかった。やるだけやってみる。無駄だと思うけどね。はぁ、人使いが荒いんだから。全くもぅ」
ドクターが愚痴を溢しながら扉をぺたぺた触ったり、どこから取り出したのか用途不明の器具を使って調べたり、そうして時間だけが過ぎていった。
暫くして突然、封物殿の扉が内側から開かれる。
「お、やったのか!?」
「いやいやいや、違うっ!ワタシは開けてないよ!」
「じゃあなんで開いたんだ」
「知らないから怖いんじゃないか。でも待てよ、内側から開いたような……」
ドクターの言葉の直後、扉の空いた隙間から外へと漏れ出す暗い気配があった。陰湿でゾッとするような、封物殿という空間を穢している気配である。そしてその奥から出でたのはジンだった。
「ジン、なのか?」
ノームの言葉には安堵と戸惑いがあった。
彼の目を通して見たジンの姿は、まるで別人のようだった。正確にはその身に纏う雰囲気が別物だったのだ。
そもそも体から漏れ出る微弱な魔力を利用していた魔闘術が、制御された黒絶に置き換わっていることからも、中で何かあったことは受け取れる。
急激な成長か、はたまた変質か。
いったい封物殿にいる何がジンを変えたのか。その答えの一端は、ジンの手に握られている。
「ノームさん、心配をおかけしました」
「いや、まあ、無事で何よりだが……」
「本当だよっ!まさか封物殿に入っただけでなく、自力で生きて帰ってくるなんてね。驚き桃の木ってヤツさ!それでその手にある刀が探してた武器なのかい?」
ドクターの視線の先では、なんとも禍々しい刀が握られている。まるで空間に刀の形で穴が空いたような暗黒の刀。今は鞘に納まっているが、ひと度抜けば、その刀身に秘められた魔力に畏怖するだろう。
「はい、カウコーツ元主任が用意してくれていた、僕の写し身とも言える刀です。名を闇刀無天真闇夜と言います」
「闇刀無天真闇夜……」
「それでジン。中で何があったんだ?」
今回は運が良かったと前置きをした上で、ジンは封物殿に入ってからのことを語った。話が精神干渉を受けた段に入ると、ノームは血相を変えてジンに詰め寄った。
「おいっ、本当に大丈夫か!?」
「はい。干渉は断ち切りましたから。刀で」
あまりに常識外れな方法に開いた口が塞がらない。そんなノームに声をかけたのはドクターだった。
「まあまあ、とりあえず無事だったんだしいいじゃないか。その刀のことも気になるけれど、今は一刻を争うんだろう?そろそろ皆の準備も終わっているはずだよ」
「そう、だな。悪いがドクター確認を頼む。ジンは少しでも休んでおけよ。かなり憔悴しているように見える」
「分かりました。ちょっとだけ休みます」
その後、休憩中のジンを発見したカルナが闇刀を見せて欲しいと付き纏うのは、また別のお話。
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