73 闇刀
お待たせしました。
【作者からお知らせ】
作者の名前が檜山から秋野に変わります。特に意味はありません。強いて言うなら気分です。
ジンがカルナの過剰なスキンシップに苦しんでいる横で、ノームは武器について心当たりを尋ねていた。
「封印指定武具庫を片っ端から見ていくしかないないね。それにしてもまさかカウコーツ主任が生きているとはねえ」
「いや、まあ、生きてるっちゃ生きてるけどよ。魔技師としては複雑だぜ?」
「そうは言っても異形化して意識を保っているなんて聞いたことないよ。素晴らしい実験素材もとい観察対象だ。平時なら是が非でも捕獲するところを……」
「んなこと言ってる場合かよ……」
うんうん唸りながらドクターは考え事をしている。こんな状況でも科学者としての本分を貫けるというのは、ある種の尊敬を相手に抱かせることもある。殆どの人は呆れしか浮かばないと思うが。
「武器って言うけど、そういえばジンの刀はどうしたの?」
ようやく離れたカルナがジンに聞いた。ジンは呼吸を整えながら、しかし言いにくそうに答えた。
「刀は、折られてしまいまして」
ちらりとカルナを見やると彼女は悔しそうな顔をしている。
「そっか、ごめん。アタシの腕が未熟だったみたいね」
ジンは慌てた。
そして謝らないで欲しいと言い、むしろ謝らなければならないのは自分だと言った。未熟だと言うならば、使い手であった自分の方が未熟だからこそ折ってしまったのだと。
しかしそれを聞いたカルナは首を横に振って否定する。
「それは違うよ、ジン。本当に使い手のことを考えた刀剣は決して曲がらず、決して欠けず、決して折れず、そして決して切れ味が鈍らない。そういうものなんだよ」
「そんなのあり得ない」
「そう、あり得ない。だから今の言葉は理想だけど、別の意味が込められてる。それは肝心な時に使い手の命を守れない武器は武器じゃないってこと。それを打った鍛治屋の責任は重いんだ」
どんどん顔を俯せてしまうカルナを励まそうと、ジンは必死に言葉を探した。
「カルナさんが打ってくれたあの刀は、何度も僕の命を助けてくれました。だから未熟なのは本当に僕の腕なんです」
「ジンは優しいんだから。よしっ、改善に向けて色々聞かせて!まずはどういう状況で折れたのかとか……」
「ちょっと待て、そういうのは後だ」
にへらと笑い、熱量を取り戻したカルナは色々と聞き出そうとしたが、それに待ったをかけたのはノームだった。内心、ホッとしているジンである。
「今はとにかく時間がない。俺とジンは目的の武器を探すから、お前さんらは脱出の準備をしてくれ。一緒に地上へ出る。それでいいんだよな、ドクター?」
「うん、助かるよ。そういうわけだから皆、さっさと動く。ほらっ、カルナも」
「えー?しょうがないか……ジン!無事に街を出たら、ちゃんと話を聞かせてもらうからそのつもりでね!」
「分かりました。ちゃんと話しますからっ。今は準備を急いでください」
「うんっ」
カルナは相変わらず嵐のようだった。
ドクターたちを見送り、ついに武器探しが始まる。
そもそも封印指定物とは魔力を宿した物品の内、使用者を死に至らしめる可能性のあるものや、大量殺戮兵器としての運用が可能なものが対象となる。そう言った危険物が市井に出回らないように隔離する保管場所としての役割が、封印指定物管理局の管轄する地下19階の保管庫群なのであった。
それら保管庫を虱潰しに探しては時間がかかる。そこでドクターの助言に従い、封印指定物の中から武具を専門に納めた封印指定武具庫を壱番から順に漁ることにした。
それでも膨大な数がある。
幸いにして保管庫の鍵は全て解錠されていた。ドクターと生き残った封印指定物管理局員によるものであった。
「ジン、どうだ?」
「うん……特には」
「ここもか、あとは……」
ノームの視線の先には銀行の大金庫も斯くやとばかりの重厚な門扉がある。その扉の向こうは封物殿。即ち地下20階。異形と同等の深級と認定された呪物や忌物が鎮座する伏魔殿だ。
「あの向こう側……」
その伏魔殿からジンは感じ取った。
黒く黒く、黒より黒く、果てのない果てから届く呼び声を。
「ジン、お前……行く気か?」
「はい。行きます。呼ばれている気がするんです。早く来いと。早く抜けと。そんな声が聞こえます」
「分かった。だが、流石にあそこは開いてない。ちょっとドクターに聞いてくるから、ここで待っとけよ」
「……」
返事をしないジンを訝しみつつ、ノームはドクターを探しに行った。
ジンは待っているつもりでいたが、目線は封物殿に釘付けだった。すると目の前で扉が少しだけ開いた。
気がつくと封物殿へと誘われるようにジンは歩き出していた。ふらふらと封物殿の扉を潜って階段を降りていく。背後で扉が独りでに閉まっても気にも留めない。
何も見えない闇の中、ジンには何か見えているかのようだった。それくらい迷いのない足取りだった。一歩を踏み出す毎に忌々しい気配が強くなる。それでも先へ先へと足は進んでいく。止まることはない。
「この先が封物殿」
長い階段を降り切った先には蒼白い炎を燃やす燭台が、大きな鳥居の足元を微かに照らしていた。鳥居は木製で所々剥げた朱色の塗料が当時の色をわずかに遺している。鳥居の脚の間は黒ずんだ注連縄が橋をかけていた。
この鳥居の向こう側が別世界だとジンは直感する。この世のものとは思えない気の圧力は、一度でも踏み込めば二度と帰って来られないのではないかと錯覚させるほどで、境界を跨ぐことを躊躇させた。が、背中を押したのはジンをここまで招いた声だった。
「来いと言うなら、行くよ。僕にはお前が必要だ」
あれほど躊躇っていたのに至極あっさりと一線を越えてしまった。途端に多様な不調がジンを襲う。
体が重い。眩暈がする。吐き気を催す。視界が歪む。息が苦しい。骨が軋む。幻聴がする。心が惑う。心臓を握られる。体の芯から痙攣する。ありもしない記憶が想起する。自我を保てない。
封物殿に納められたものどもが一斉に干渉をしかけた結果である。
ジンは涙を流し、地に這いつくばり、この領域に足を踏み入れたことを激しく後悔しながら、いっそ殺してくれと願った。そしてそれらが、およそ自分の感情とはかけ離れたものだと知る。
まだ死ねない。復讐を遂げていない。
その一点で、ジンは踏みとどまることができた。
すると不思議なことに死にかけだった体が楽になってきた。
「分かった、行くさ」
この先で己を待つものが身に降りかかった災いを退けたことを、ジンは理解していた。故に立ち上がり、満身創痍の体を引きずって一歩を踏み出す。
一連の干渉はジンの魂に少なくないダメージを与えていた。その痛みは肉体の痛覚とは比較できないほどの想像を絶する痛みだ。
普通なら廃人になってもおかしくないほどの痛み。しかしジンは耐えてしまった。すでに常軌を逸していることの証明である。目的の遂行のために全てを擲つ覚悟が、あらゆる感覚を麻痺させていた。
やがてジンは立ち止まり、徐ろに手を伸ばした。何もない空間を掴むと手応えがある。そのまま引き寄せる。すると手の中には刀があった。
「君が呼んでいたんだね」
独り言は虚しく響き、消えていく。
ジンは刀の柄に手をかけて引き抜いた。
その瞬間、この刀の全てが走馬灯のようにジンの頭の中を駆けていく。
それは誕生の瞬間だった。
それは名付けの瞬間だった。
それはそれはそれは……………………
「天の奈落を冠するもの」
自分の口が勝手に動いたことに驚き、納得する。刀を握る手を通して頭に直接流れ込んでくる言葉をただ吐き出した。
「名を闇刀無天真闇夜」
呟き、刃を鞘に戻す。
その瞬間に忌々しい干渉が再開する。
だが、それらは全て受け入れればよかった。
刀は心であり、奈落とは底がないことを指す。闇刀が導くままに、黒絶と呼んでいたそれの真髄をも得て、ジンは自らの魂の内側に広がる心象風景さえも覗くに至っている。
封物殿の魑魅魍魎が放つ干渉の悉くは、ジンの心象風景に取り込まれた。そこには全てがなかった。だから干渉は効果を発揮せず、無へと帰す。
「戻らなくちゃ。ノームさんが心配してる」
今のジンならば、この場にいて尚、封物殿の扉を開けようと四苦八苦するノームの様子を捉えることができる。
凪の静謐を心に体現したジンは、忌々しいものどもの干渉その一切を受けた上で、容易に鳥居を跨ぎ、封物殿を後にした。
読んでくださった方々ありがとうございます。
初めに作者の名前が変わった件ですが、前書きに書いた通り気分で変えました。これからも作品を書いていきますので、よろしくお願いします。
さて、ここから下はちょっとした設定の開示になります。
カウコーツ主任(元主任)は、使い手の魂を武器として再現します。それは相手の心象風景に触れているわけではなくて、単に相手の人間性や心を見抜いているのです。
彼は滅多に武器を作りませんが、それは使った武器が使い手の魂の輪郭そのものになるからです。それは自分の魂に直接触れるのと同じこと。使い手は近い将来に心象風景を覗く=己の魔技を真に理解することになるでしょう。
ちなみに「天の奈落」とは無天、つまり宇宙空間そのものである暗黒を示唆しています。ニュアンスとしては空の向こう側。それと刀の名前は「闇刀無天真闇夜」で1つの名前です。




