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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第4章 異形を滅する剣
74/94

71 予感

お待たせしました。

 ようやく辿り着いた地下大工房。その0番作業場の炉心に火が灯っていた。

 全身のところどころに擦り傷や切り傷を作ったジンは、暗がりに浮かぶ一点を見つめて呟く。


「誰か、槌を振るっている?」


「この惨状で鍛治ぃ?まさかな……」


 炉の光が影を伸ばし、その影が槌を振るうと金属を叩く熱い音が響いた。衝突の度に散る火花が鍛治師の輪郭を仄めかす。

 人体に3つの頭が横並びに座っている様は、まさに異形であった。

 ジンとノームは足音を殺して忍び寄る。すると、まだ距離があるにも関わらず、鍛治をしている異形から舌打ちが聞こえてきた。


「ちっ、この目は良く見え過ぎる」


 舌打ちを聞いた時点で、ノームはこそこそするのをやめた。バレたと判断したからだ。ジンもそれに倣う。

 ノームは小刀を手に最大限の警戒を行いつつ近づいていく。同じように警戒はしているもののジンは不思議な既視感を覚えていた。異形の背中を見やり、どこかで会ったことがあるような、具体的にはその舌打ちに覚えがあるような気がした。

 近づくと異形の様子がよく見えた。

 白衣を羽織り、背丈はそれほどなく細身、しかし筋肉は引き締まっている。首から下は普通の人間のようだ。


「そこで待て。何もするな」


 異形の言葉に従い足を止める。ジンとノームが素直に従ったのは、一撃必殺とはいかないとの見立てからだった。

 人語を解するだけでも危険度は跳ね上がるのに、確かな鍛治技術をものにしている特異な存在。それを前に慎重に様子を観察するのは慎重さから来る当然の判断だ。

 当の異形はそれから暫くして槌を振るう手を止めた。

 道具を置いて振り返ると、首から上に並ぶ3つの頭部が2人の方へと向いた。それらは全て単眼だった。ただし口だけは首元にあって、それ以外の顔を構成するパーツはない。


「いちおう聞いておいてやる。ここへ何をしにきた?」


「武器を探しにだが、なんでそんなことを聞く。異形だろう?」


 ノームは訝しんだ。

 静けさの中、おずおずとジンが尋ねた。


「もしかして、カウコーツ主任では?」


 ばっ、とノームが目を剥いて振り向く。

 その目で「まじ?」と聞いてくるが、ジンとて半信半疑。先の問いかけも「もしかしたら」という微かな思いつきの産物だった。

 果たして、ジンが自信なさげに首を横へと振ろうとしたところで、異形が肯定の言葉を口にする。


「だとしたらなんだ」


「えっ、本当に?」


「おいおい、どうなってるんだ。異形なんだよな?だったらなんで、そこまで理性的でいられるんだ。まるで……まるで、普通の人みたいじゃないか」


 驚愕すべき事象を前にしたノームは動揺を隠せずにいた。

 人間が生きたまま異形と化すこと。それ自体がイレギュラー。何が起こっても不思議ではない。そしてなんと言っても生きたまま異形と化して尚、人間としての記憶も理性をも保っている主任こそが、混沌教の司祭が想定する成功例なのだが、そんなことはこの場にいる全員、知る由もない。

 カウコーツ主任、いやカウコーツ元主任はノームに白い目を向けて、それからジンに向き直ると神妙な眼差しをする。


「もう嘘はついていないらしいな」


「はい。向き合って、受け入れなければ、今ここに僕は立っていないと思います」


「そうか」


 いつかの会話の続き。

 あの時は心の奥底に蓋をしていた。しかし混沌教に捕まり、司祭に利用されたことでジンは、己の内に秘めた絶望と向き合うことになった。

 そしてかつてのカウコーツ元主任の「自身の感情と向き合ってから出直せ」という言葉通りに、ジンは出直す形で彼との再会を果たしたのだった。


「お前の求めるものは地下19階にある」


「僕が求める……刀ですね」


「そうだ。かつての俺が打った刀だ。今のお前に相応しい一振りだろう」


「どのような刀ですか?」


「見れば分かる。自ずからな」


 地下19階は封印指定物管理局の管轄する階層で、本当に様々な品が納められている。手のつけられない呪いの品や、一国を揺るがしかねないほど強力な効果を持つ秘宝など、そのどれもが民間人の手に渡れば例外なく破滅する危険物である。

 カウコーツ元主任は異形化する以前、ジンが出直してくることを予見して予め刀を鍛えていた。それを地下19階に隠したのは他でもない、その刀があまりに危険だったからだ。

 ジンは「見れば分かる」というカウコーツ元主任の言葉を信じて頷きを返す。そしてノームへと声をかけた。


「行きましょう」


「あ、おい待てよ、19階まで行くなんて本気か?」


「案ずるな。ここから地下15階までに異形はいない」


「何でそんなことを言い切れる?」


 鋭い視線を投げかけるノームにカウコーツ元主任が答えた。


「俺が鍛えたからな」


 カウコーツ元主任は背を向けて槌を取る。

 そして素材を手に取った。


「とにかく行きましょう、ノームさん」


「嘘だったら承知しないからなぁ」


 不満げな表情を浮かべたノームは、すぐにジンの後ろを追った。

 去り際にノームが見たのは、カウコーツ元主任はやはり異形なのだと、そう再認識させられるような場面だった。

 どこからともなく素材を——異形の死骸を取り出して、それを炉で熱する。

 ジンに追いつき、共に地下大工房を後にするノームの背中に、槌を振るう音が聞こえてくる。何を打っているのかは見なくても分かる。素直に悍ましいとノームは思った。

 地下大工房を出て振り向くと炉の灯りが消えている。しかし槌を振るう音、金属質な何かを叩く音は断続的に聞こえてくる。それが意味するところは、つまり今の今までジンとノームが居たのは、カウコーツ元主任の作り出した異界だったという事実だ。

 そんなことにも気が付かなかった自分にノームは身震いする。それを気が付かせなかったカウコーツ元主任の異形としての実力にも鳥肌が立つ。


「どうかしましたか?」


 ノームの様子がおかしいので、それを疑問に思ったジンが立ち止まる。声をかけられたノームは溜息を吐き、それから「なんでもない」と返した。

 彼としてはジンの顔つきが変わったことが気にかかる。何らかの確信を得ているように見え、それが急に繋がらなければいいと考えている。

 さあ、行くぞ!と気持ちを込めて、ノームはジンの背中を叩いた。それは自分自身への鼓舞も含まれていた。地下19階の封印指定物管理局まではまだまだ遠い。

読んでくださった方々ありがとうございます。


カウコーツ主任は2章36話「主任」と37話「工房」で登場しています。実に34話振りの登場です。こう書くと大したことないようにも感じますね。

ですが「このキャラ誰だよ!」と忘れてしまった方もいると思います。かく言う私も忘れかけており、4章に入ってから慌てる羽目になりましたとさ。


卒業シーズン。去年も花粉に苦しみ、今年も花粉に苦しみつつ、また次回をお楽しみに。

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