68 暴発
お待たせしました。
食事を終えたジンは外へ出ると、ノーム監督の下、訓練を開始した。霧幻術によって認識を阻害された異形を1匹ずつ誘導し、ジンに連戦を強いる。
こうでもしないと四方八方から異形に襲われるのが、今のメモレクサスなのだ。
「まだ日は高い。今日は夕方まで続けるからな」
「はいっ」
その声かけを最後にノームは姿を隠す。
身構えたジンの前へと早速、異形が姿を現した。異形は蜘蛛に似た節足を器用に動かして家々を踏み越えてやってくる。
全体的に黄土色をした大玉の天辺から6本の足が生えているという奇怪な造形だが、その大玉こそが頭部であり胸部であり腹部なのだろう。表面には細かい毛が生え揃い、逆に脚部は甲虫のように硬質な光沢のある甲殻で覆われていた。鎧となり矛ともなる。そんな雰囲気があった。
家を踏み越えていることから分かるように異形は巨体を誇る。ジンは臆せず、そして慌てずに魔闘術を巡らせようとして失敗した。どういうわけか魔闘術が使えない。
自身の内に魔力を感じるのにそれを操作、制御することが難しいという非常事態が発生しても異形は待ってくれない。
異形が目の前に迫っているのに魔闘術を使うでもなく、ただ棒立ちをするジンを見れば流石のノームも焦りを抱く。
どれだけ彼が「早くしろ……早くしろ……」と念じてもジンは魔力を出さない。否、出せない。ジンとて必死である。現在進行形で魔力を操ろうと四苦八苦している。
そして痺れを切らしたノームが、助けに入れるギリギリのタイミングで飛び出した時、ついにジンは魔力を出すことに成功した。
「ジンっ……」
魔力操作は愚か、魔力制御も碌に出来ていない。ただ魔力を放出しただけ。しかしてその魔力は黒く黒く、闇より黒く、ジンの全身から間欠泉のように迸る。
「ぎちゃああああぁぁぁぁっ!!」
その黒い魔力を浴びた異形は金切り声を発して地団駄を踏んだ。黒い魔力に触れた場所から塵となって消えていく。そればかりか炎のように異形の全身へと燃え広がった。
ノームは瞳に畏怖を浮かべて呆然とその光景を見ていることしか出来なかった。
やがて異形の最後の一片までもが塵と化すと、ジンは膝から崩れ、地面に手を着いて荒い息を繰り返した。我に返ったノームがすぐさま駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!?」
「はっ、はっ、はぁっ……すぅぅ」
「落ち着け!落ち着いて呼吸しろ!」
「だい、じょぶ、です」
徐々に呼吸が落ち着いていく。額にすごい量の汗を浮かべているジンだが、なんとか話せる程度まで回復する。ノームは戸惑いながらも率直に黒い魔力について聞いた。
「ジン。さっきの黒い魔力、ありゃあ、いったいなんだ?とんでもない力を感じたが」
「あれは……」
一度は言い淀み、躊躇いがちに口を開く。
「あれは、もともと僕の内にあったもの。絶望なんだと思います」
ジンはゾッとするような手応えを思い出していた。
操作と制御を意識しても動かない魔力に焦り、無理やり引き出そうとした。それは成功する。しかし魔闘術を意識していたところ体表に維持できず、抑えきれない魔力が堰を切って噴出した。
強大な力は抑えようとして抑えられるものではなく、強い力に怯懦が募る。
「普通なら魔技を使うなというところだが」
「そんな!続けさせてください!」
「分かってる。何より今は時間がない。危険は大きいが、もしその力をものにできたら、青位魔技師を凌ぐ力を得るだろう。少し休憩を挟んだら、また異形を誘導する」
「ありがとうございます」
ジンに礼を言われたノームは頭をかく。
そして今し方の黒い魔力について考えを巡らせる。
正直、背筋が凍る思いをした、大きいどころか極大の危険性を孕んだ黒い魔力。ジンを救出に向かった広間で見たものと同質であり、ただ魔力を放出しただけで上級下位相当の異形を滅してしまった。
暴発に近い雰囲気はあったが、意思を介して魔技へと昇華されたら、その実力は青位どころか紫位に迫るかもしれない。師匠と同じ位に至る可能性を示唆して変なプレッシャー感じられては堪らない。だからジンには控えめに言ったが。
「どうかしましたか?」
「うんにゃ、なんでもない。それより休んでおけよ。まだ訓練は続くんだからな」
「分かりました」
素直に応じるジンを見守りつつノームは思う。
あのことはいつ話すべきかと。
きっとウェウリンが自分から言うだろう。然るべき時、然るべき場所で。だから余計なお世話なのかもしれない。それでも少なからず関係のある師弟関係に心配を寄せるのは、ノームにとってのジンが大切な仲間だからに他ならない。
「面倒くせえや」
感傷に浸っている暇はない。それに柄にもないとノームは苦笑する。
ジンにも言ったが、この後もまだ訓練は続く。
霧幻術を使うのも存外に気をつかう。
休める時に少しでも休んでおかなければ身が保たない。
読んでくださった方々ありがとうございます。




