66 復讐
お待たせしました。第4章です。
色のない空間があった。
そこではあらゆる刺激が欠けていて、平和の究極が体現されている。退屈であることは平和の証左であり、退屈を嫌うことは争いを生むことである。
それは真理だが、人間の真理ではない。
退屈を享受できるのは生ける屍だけだからだ。人間とは退屈でいることの出来ない、あらゆる刺激を追い求めてしまう哀れで愚かで、そして気の毒な生命なのである。
さて、人間は退屈に黒と名づけた。
曖昧な境界さえ存在しない黒に揺蕩う人間は、自分の真名を思い出したことで現実に覚醒する。浮上する意識が置き去りにした思考は黒の別名、黒の別側面を知る。
絶望、と。
ジンは見知らぬ天井を仰いでいた。
霞む視界が徐々に鮮明になり、馴染みのない天井の染みへと思いを馳せる前に、ジンは残された心の繋がりを辿る。
「師匠……」
「目が、覚めたのか」
弟子の声に反応し、その顔を覗き込んだウェウリンが力なく微笑む。
「よかった。体調はどうだ?お前は丸5日寝込んでいたんだ」
「そんなに」
「ああ。それで体に違和感はないか?」
体の違和感を探ると、丸5日寝ていたのだから当然だが、かなりの空腹を感じた。あとは体に力が入らないくらいであり、食事を摂れば回復すると思われた。
それ以外は記憶を含めて特に違和感を覚えなかったジンは、感じたそのままをウェウリンへと伝えた。
「ひとまず安心した。そういうことなら食事にしよう。とはいえ碌なものがないが、なるたけ消化に良いものを用意する」
そう言って離れようとするウェウリンの袖をジンが摘まむ。引き止められたウェウリンは、いったい何事だろうと言葉を待った。
ジンは俯いたまま少しの葛藤を経て、ついにぼそりと言った。
「師匠。ごめんなさい。ありがとう」
「気にするな」
ジンが袖を放したので、今度こそウェウリンは食事を用意しに部屋を出た。硬く焼きしめたパンを粥にするつもりだ。本人が言っていた通り碌なものがないためミルクではなくただのお湯なのが物悲しい。
一時的にひとりとなったジンは目を瞑り、気を失う直前の記憶を反芻する。
頭の中で母の命が奪われる度、感情に支配されそうになるのをぐっと堪えて記憶の反芻を繰り返す。大き過ぎる悲しみと苦しみに苛まれるとしても、だからこそ絶対に忘れないと心に刻みつけていった。
やがて一筋の涙が頬を伝い、目を開けたジンは窓を見る。生憎と窓には木板が打ち付けられていて、その向こう側に広がるはずの空を見ることは敵わない。ならばと思い出の中の情景を思い描く。
「母さん、僕は憎い……でもっ」
自然と口を衝く。
失ったものはあまりにも大きく、そして失われたものは元には戻らない。しかし残されたものもまた確かにある。
「強く、強くなるよっ。失いたくないから。僕の手の届く範囲だけでも守りたいから」
朧げに覚えていたのは、きっとそれが肉体の記憶だからだろう。
母が死に、異子が産まれたこと。
自分の魔力を利用して、混沌教の司祭が望みを叶えたこと。
またもや師匠に救われたこと。
であれば生きて戦わなければならないと、ジンは自身の存在意義を再定義する。
「奴らを滅する。絶対にだ」
復讐が始まる。
読んでくださった方々ありがとうございます。




