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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第3章 追い求めた真実が望んだものとは限らない
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63 絶望

今年もよろしくお願いします。

新年早々、残酷な描写に注意です。気分を悪くされた方は、すぐにブラウザバックすることを推奨します。

 混沌教会の地下に築かれた広間。

 膝を突いたジンは、床に記された幾何学模様の中心に安置された台座の上に横たわる母と対峙していた。

 廃人となって久しい母にジンの声が届いていない以上、それは一方的なものでしかないのだが、そんなことは関係なかった。蠢く母の腹を見て、これから訪れるであろう最悪の未来を想像してしまったがために、目の前の現実を否定したいのだ。その一心でジンは言葉の限り声を張り上げ続けていた。

 それでも時間は巻き戻らないし、もちろん停止したりもしない。ただ無情にも進むばかりである。


「時は満ちた。目を覚ませ異子(いこ)よ。血を分けた母より出でて、その産声を以って混沌の幕開けを告げるが良い!」


 両手を掲げて詠唱を捧げる司祭。

 悲痛な叫びを上げるジンと、彼を鎖で繋ぐ信者の男。

 三者が見守る最中、()()は胎動を止めた。

 途端に沈黙が場を支配する。

 皆一様に声を発することが出来なくなる。底知れぬ圧力がその者の誕生を予感させ、畏怖が心を絡め取っていた。あの司祭でさえも脂汗を額に浮かべている。

 やがて初めに出てきたのは右腕だった。

 母体を慮ることなく腹部を突き破り、左腕も姿を現した。血の華が咲き、鮮血が花びらとなって散る。断末魔の叫びは聞こえてこない。だがこの惨状を目にすれば既に事切れているのは明白であった。

 血に塗れてぬらりと光る赤ん坊の腕が腹の縁を掴む。その腕が力を込めて裂け目を広げる度に皮が、筋が、管が、そして神経が千切れる生々しい音がこだました。

 異子は空けた穴から上体を起こすと、初めて外界の空気に触れた。


「えへっえへっえへへっ」


 わらっていた。

 そのままずるりと這い出して、異子がその全貌を露わにする。

 どこまでも黒い肌をしている無貌の何か。姿形だけなら赤ん坊であり、逆に言えば姿形だけが赤ん坊である。まるでその場所だけ穴が空いてしまったようだ。まさに光も影も飲み込む暗黒の存在だった。

 その存在を認めた時、ジンの頭の中で何かが砕け散る音がした。それは現実に鳴り響く音の波ではなく、紛れもない幻聴で、しかしジンの中で確かに存在していたものが粉々になった瞬間に発生した。

 行方不明の母を探すという大きな心の支えを失うと同時に、心の奥底に抑え込んでいた激情が噴出する。それは深い絶望となって魂を冒す。全てが黒く塗り潰されていく。その身を浸して尚余りある絶望は溢れ出し、施されていた封術を破ってジンの全身からどす黒い魔力となって迸った。


「素晴らしい。実に素晴らしい。見込んだ通り、いやそれ以上だよ。惚れ惚れするくらい純度の高い絶望だ。これだけ濃縮された負のエネルギーがあれば、計画に支障はない」


 司祭が介入したことで、ジンから放出されるばかりだったどす黒い魔力は彼らの頭上、床に記された幾何学模様の中心へと集められていく。それは球体を象ると供給されるままにその体積を増し続けた。


「私の目的は世に混沌を齎すこと。それは人間を異形化させ、あるべき姿と成すことで達成される。異子が必要なのは、その後の世界さ。混沌を加速させるためにね」


 興奮のままに司祭の独白は続くかと思われたが、広間へと駆け込んできた人物によって中断させられる。


「ジン!」


「おやおや紫位魔技師のウェウリンじゃないか。随分と遅かったね」


「お陰様でな……ジンを返してもらうぞ」


「おっと、今はやめた方がいい」


 一歩を踏み出したウェウリンに司祭が警告を発する。今にも魔技を使おうとしたウェウリンは、警告の意味を理解したことで舌打ちをする。

 天井を覆うほどに集められたどす黒い絶望の魔力は、その内包する負のエネルギーが桁違いであるが故に、この空間にある特殊な力場を形成していた。言うなれば今この広間は火薬庫のようなものであり、少しの刺激で暴発する危険を孕んでいる。もしも暴発すれば被害は想像を絶する上、この広間にいる全員ただでは済まないはずだった。


「分かってもらえたところで、君はそこで指を咥えて大人しく待っているといい」


 絶望に染まった魔力が、その深さに応じて黒くなることをウェウリンは知っていた。そしてそういった負のエネルギーを含有した魔力が魂を歪めてしまうことも。そうした事柄は異形化の前触れとして認知されている。

 今、ジンの魂は悲鳴をあげているはずだ。現状は異形化する一歩手前と同義なのだから。

 ウェウリンとしては痛恨である。

 なんせジンが深い闇を抱えていることを知りながら、どうすることも出来なかったのだから。それが例え、本人が自力でどうにかするしかない問題であったとしても、師として弟子を助けてやりたいと思うのは当然のこと。だからこそ自分を殴ってやりたい衝動に駆られる。しかしそんなことをしている暇がないのも、また真である。

 どうにかしてジンを助けなければならない。

 その方法を考える。

 しかしながら考えても考えても、不用意に動けない現状は変わらない。待つしかない。祈るしかない。ウェウリンが受動的な状況に陥れられて、このような無力感を味わったのは本当に久しぶりのことだった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


新年早々こんな話からで申し訳ないと思いつつ、間に挟めそうな話もないし仕方ないかと諦念。必要な描写なのでご勘弁を。


他にも作品を書きたくなって草案をまとめつつ、引き続き魔技師を書いていく所存ですので、改めて今年もよろしくお願いします。

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