62 出藍
お待たせしました。
前回、場面を戻すと言ったな。あれは嘘だ。
年内最後の更新です。
ノームを殴りつける。
ノームが霧散する。
ノームを蹴りつける。
ノームが霧散する。
今ので何人目のノームを倒したのだろう。両手の指が足りなくなってからガントは数えるのさえやめてしまった。黙々と霧分身を相手に戦い続ける。
ガント自身は心象顕現へと至っていないものの、その弱点である膨大な魔力消費については知っていた。長時間に亘る維持が難しい以上、顕現時間内に勝負をつけるべく怒涛の攻めを展開していることは察しがつく。
ノームが心象風景を展開できる限界まで攻撃を凌げれば、自ずとガントは勝利を手にできる。問題は耐え忍べるかどうかだが、老体は未だ息切れひとつしていない。
攻撃が命中した瞬間の手応えから、霧分身の真贋を見抜くことは出来ない。つまり全ての霧分身が本物だと思って対応しなければならない。全く気の抜けない攻防の中、霧に紛れて襲いかかってくるノーム——これも霧分身だった——を適切に処理しながら、ガントは声を張り上げてノームを煽る。
「この程度なのかッ!」
霧分身には確かに驚かされたが勝敗を決定づけるものではなく、一度だけノーム自身が攻撃を仕掛けてきたこともあったが、それだってガントには傷ひとつ付かなかった。
もしこのまま終わるのであれば期待はずれもいいところである。
「む?」
霧分身の動きが変わった。
先ほどまでは勢いのある攻めと言えども相手にするのは単体であった。一対一の連戦のようなものだ。しかし突然、複数体で連携するようになった。
攻撃を仕掛けてくるノームに対処すると、その隙をついてもうひとりのノームが攻撃してくる。それすらも囮にして本命の攻撃が頭上から、絶対に避けられないタイミングで降ってきた。
霧分身3体による連携攻撃である。
これに対してガントは初めに攻撃を仕掛けてきたノームを掴み、振り回すことで他の霧分身を巻き込むことにした。目論見はうまくいき、全ての分身が霧に戻る。
束の間、今度は正面から巨大な影が迫る。
ガントは咄嗟に顔前で両腕を交差させることで盾とし、そして吹き飛ばされた。
「ぐぬうっ……!!」
霧の向こうから出てきたのは巨大な足だった。これもノームの霧幻が作り出した霧分身の一種である。霧で作り上げた巨大な虚に、それに見合った質量という実を重ね合わせたことで立派な攻撃として成立する。
爪先が接触すると凄まじい衝撃がガントを襲った。ガントは直線上に吹き飛び、水切り石のように水面を跳ねていく。
四肢を使って水面を掴み、ようやく止まったガントは顔を上げて絶句する。今度は空中に無数の大きな黒い影が、徐々にその色を濃くしているのだ。
瞬時の判断で駆け出したガントの通った後に巨大な腕が突き立つ。天から降る無数の腕が掌を水面へと叩きつける。ノームの霧影千手という技だった。
千本の腕による攻撃は合掌によって締められる。走るガントの横合いから、恐ろしい速度で伸びた霧の腕が押し潰した。数瞬、合掌は霧散する。そこには腰を落として両の拳を振り上げたガントと、その胸に小刀を突き刺したノームが立っていた。
「惜しかったな、ノーム」
「全くだ。化け物がよ」
小刀の鋒に魔力を集中した一刺しは、しかし根元まで肉に埋めるには足りなかった。ガントの左胸部に刺さったのは鋒の僅かに過ぎず、致命傷にはほど遠い。
小刀を引いて二、三歩後ずさったノームの腹部にガントが蹴りを叩き込む。ノームは軽く数メートルは吹き飛び、霧の中へと転がっていった。それを追って歩を進めると、すぐに倒れているノームを発見できた。
霧分身による妨害もないところを見るに、もう限界なのが分かる。足下で苦しみに呻く様を見ながらガントは口を開いた。
「脅威を感じたのは幾年振りだろうな。肉体にダメージを受けたのも久しぶりだ。敬意を表し、全力の技で貴様を葬ってやろう」
「そりゃあ……ぐっ…………ありがたいね」
痛みに顔を歪めながら、ノームが薄らと笑みを浮かべる。
ガントは鼻を鳴らすとその場で腰を深く落とした。
「掌握術、奥義」
10本の指を空間にめり込ませて掴む。
ガントの額に脂汗が滲む。そのまま外側へと向けて力を込めていき、凄まじい抵抗に合いつつも空間が裂けていった。
「次元開扉」
重厚な両開きの扉を開けるように、ガントは心象風景を破り捨てる。心象顕現に至らない身でありながら、心象顕現を破るというまさに神業であった。
空間に裂け目ができると次元の壁に穴が空く。これを空間断裂と言う。次元の壁を超えて異なる空間同士が一時的に繋がった結果、空間は空いた穴を塞ごうとして裂け目に集中する。これにより空間断裂が起きた周囲では、その規模にもよるがあらゆる物質とエネルギーが分解され、空間の再構築のために消費されるのである。
この空間断裂にノームは巻き込まれた。ガントの目の前で霧へと変じた。
「!?」
霧へと変じたということは、あれは霧分身であり、本物のノームは生きていることになる。疑問と驚愕、後悔と反省、幾多の経験と思考が走馬灯となって脳裏を駆け巡る。
空間断裂が修復された後、心象風景は完全に消失しており、景色は冷たい大回廊へと戻っていた。
「見事だ……ごふっ」
ガントは賞賛の言葉を絞り出すと、咳き込むようにして血を喀出した。
背中に突き立てられた小刀は心臓をひと突きにしたばかりか、左の肺すらも傷つけたらしい。
「先生……」
小刀を引き抜くとガントは片膝をついた。刺し口から血が噴き出してノームを汚す。
「よく、聞け」
声を落としてガントが言った。
「俺は腐った、このっ、世界が……嫌いだ」
身を捩り、倒れそうになるのも構わずノームの胸ぐらを掴み、彼の眼球を覗き込むガントの瞳には強烈な憎愛が在った。
「が、全てを嫌いだった、わけじゃない。ノーム、お前のことも……がふっ」
「先生っ!」
もう一度ガントは大きく喀血した。
ノームも思わずガントの肩を掴み、支えてしまう。
「だからっ、にげろ、司祭は……だ」
「司祭は、なんです?先生?」
「最後がお前で……った。悪くな……気分…………」
「先生?先生!?……くそっ」
脱力したガントの肉体を丁寧に横たえる。
自分の手で殺しておきながら、この頬を伝うものは何なのか。ガントは最後に何を伝えようとしたのか。歯を食いしばり、広間への入り口をノームは睨む。
考えている余裕はない。今はとにかくウェウリンの支援を。
感傷を振り払い立ち上がったノームを尋常ならざる地響きが襲った。
読んでくださった方々ありがとうございます。
前回の後書きで「次回はウェウリンに場面を戻す」と書きましたが、急遽変更してノームvsガントを終わらせてしまいました。変更した意味は特にないです。強いて言うならモチベーション。
続きまして次回更新のお知らせです。
1月第1週は丸々休みます。つまり次回更新は早くとも1月13日土曜日となります。
それでは皆さん、よいお年をお迎えください。2024年も魔技師をよろしくお願いします!




