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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第3章 追い求めた真実が望んだものとは限らない
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61 霧幻

お待たせしました。

 ノームは普段、葉巻を吸わない。

 何かの前、どうしても気合を入れたい時だけ葉巻を持ち出すことにしていた。


「あんたもよく吸ってたよなぁ?」


「それがどうした?」


「うんにゃ、俺の中の憧れを越えるには丁度いい。それだけだ」


 煙越しに見据えるガントは、ノームの記憶に残る在りし日の姿と重ねても遜色ないどころか、より気配の鋭さに磨きがかかっているように見えた。


「随分と余裕だな」


 一服中のノームは隙だらけに見えた。

 もう戦いは始まっている。

 瞬間的にガントは動き、ノームの眼前で拳を振り上げていた。

 このまま拳が当たれば、ノームの首は折れる。それだけの威力を孕んだ拳撃だ。当然、この程度は対処すると思っていたのに、当のノームは避ける素振りも見せない。

 その拳が頬を打つ直前、ガントの顔には失望の色が濃く出ていた。


「なん、だと……?」


 失望が驚愕に塗り変わる。


「そう慌てるなよ。言ったろう、ジジイには刺激が強いって」


 ガントの拳がノームの頭部を貫いている。あまりの手応えのなさに、それが偽物であるのは明白であり、加えて言うなら彼は文字通り霧を相手にしていた。

 そこに立っていたはずのノームは輪郭がぼやけ、白い霧状に崩れて空中へと霧散する。肝心のノームはとといえば、いつの間にかガントの背後をとっていた。

 恐ろしいのは一連の動きが、ガントには全く読めなかった点だろう。それでもガントは積み重ねた経験値から、何が起こったのかを推測することはできた。


「幻術、精巧かつ緻密に作られた実体のある幻か」


「ご名答。今のは霧分身。俺の魔技『霧幻術』で作り出した実体のある幻影、と言ったところだ」


「だが、入れ替わりのタイミングは……そうかウェウリンとすれ違った時……」


「それも正解だ。僅かにでも意識を割かざるを得ないからこそ、その隙を突かせてもらった。あとは景色を歪めてちょちょいのちょいってわけだわな」


 ノームは簡単に言っているが、違和感を覚えさせることなく幻で背景を作り出すのは神業に等しい。どうしても微妙な差異が生まれるのが普通だからだ。

 いつ入れ替わったのか、それを悟らせない手練にガントは舌を巻いた。そして警戒を二、三段階引き上げる。

 だがしかし、古強者の内に眠る闘志が目覚めるより先に、ノームの術は完成した。


「さて、ここからが本番だ。心象顕現……」


 葉巻の灰を床に落として靴底で擦り潰す。


霧幻水面写(むげんみなもうつし)


 ガントは背後を振り向くと、視界一杯に押し寄せる霧の濁流に呑みこまれた。

 一寸先も見通せない白い闇の中で、ガントは己が水面の上に立っていることを知った。不思議なことに水の中へと落ちるわけでもなく、自身を中心に波紋が広がっている。

 陽が出ているわけでもないのに白く明るい濃霧の中、ノームの声が響く。当然その姿は霧に隠されて見えない。


「行くぜ」


 ノームの心象顕現『霧幻水面写』は、展開されたテリトリー内において虚実を重ね合わせることができる。

 だから霧の中、正面から飛び込んできたノームをガントが迎撃した時、その手応えは実物に限りなく近いものだった。そうでなければ目の前で霧状に拡散して消えていくノームを見て、驚きに顔を歪めることもない。

 直後、ガントは背中に衝撃を受ける。


「おいおい、マジか」


「ふんぬっ」


「おっと、危ない」


 瞬時に振り向いたガントから放たれる裏拳を回避して、ノームは霧の中に姿を消す。隠れながら内心の動揺を鎮めていた。

 背後から急所を狙った一撃は見事に命中した。しかしノームが突き立てた小刀は刃毀れこそしていないが、ガントに傷ひとつ付けられなかったのである。

 ノームは鋼鉄の壁を幻視していた。

 心象風景の顕現とて無限に展開できる道理はない。保って後10分かそこら、それとて展開の維持に全力を注いでのこと。戦闘での魔力消費を考えれば5分に満たないだろう。

 ガントを倒すには全力では足りず、ただの一撃に全身全霊をかけなければならない。それすらも通用するか怪しいので、なんとかしてガントが纏っている魔力を乱したかった。

 ガントの強さの秘密が極限まで高められた魔闘術であることは分かっていた。それを乱すには……


「ガントに大技を使わせる」


 そこを突くしかない。

 失敗すればその瞬間に勝敗が決する。

 そんなぎりぎりの綱渡りを前に、ノームは渇いた唇を舌先で湿らせた。

読んでくださった方々ありがとうございます。


ノームの霧幻術は魔力から霧を生み出し、その霧を媒介にして幻を作り出すことができます。対集団は勿論、一対一でも効果的な非常に汎用性のある魔技だと言えるでしょう。

また、霧分身は質量が分身を構成する霧の分しかありません。しかし心象顕現で展開したテリトリー内では術者と同等の質量を保持した分身にできます。


次回は年内最後の更新になります。

場面はウェウリンに側に戻すつもりです。え?クリスマス特別編?去年に引き続き、今年もありませんよ。そんなもの。

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