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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第3章 追い求めた真実が望んだものとは限らない
61/94

59 合流

お待たせしました。

 レオナルドという異形は再生能力こそ著しく高いものの、戦闘能力は大したことがなかった。事実、すでに二度ほどウェウリンの手によって死亡している。

 しかし戦闘は終わらないどころか、より苛烈さを増していた。

 一見、矛盾しているように聞こえるが、それは死が終わりであった場合である。

 生は死の始まり、死は生の始まりとする輪廻転生の考えがあれば、自ずから答えに辿り着くことが出来る。即ちレオナルドは死する度、生まれ変わっているのだ。

 死んだレオナルドはこれまでの肉体を脱ぎ捨てる。それは脱皮のようで、脱出した本体は驚異の再生能力を用いて急速に肉体を発達させる。その肉体は以前よりも強靭であり、生物が長い進化の中で繰り返す適応の縮図にも見えた。


「ねえ、気がついてる?」


 揶揄うようにミステリアスが語りかける。


「レオナルドは普通の異形とは違う。その最たるは学習能力の高さと、それを自己の肉体に反映する速度」


 確かにミステリアスの言葉通り、レオナルドの肉体には変化が現れていた。

 体表を細やかな毛が覆ったり、爪が鉤爪状になったりと言った具合に。今のレオナルドは寒さに強くなり、さらに滑りやすい床を膂力で砕くのではなく掴むことで、余計な力の消耗を抑えることが出来るようになった。


「殺しても殺せず、死んでも生まれ変わる。倒せない怪物は貴女を文字通り糧にして、成長し、最後には越えていくの!」


「講釈は結構」


 なるほど、確かにその成長速度には目を見張るものがある。その点はウェウリンも認めるしかない。だが、所詮はその程度に過ぎない。彼女からすれば「だからどうした」で片付けられる話なのだから。


「至言がある。曰く、滅せない異形はいないと」


「聞いたことがないけど誰の言葉かしら?」


「今作った私の言葉だ」


「はあ?」


 そもそもミステリアスは勘違いをしている。

 レオナルドが最終的にウェウリンに勝利するとしたら、それはウェウリンが無策にレオナルドを殺し続けた場合か、もしくは滅する手段を持ち合わせていない場合に限る。

 そしてウェウリンは可能性を潰すように戦いを続けていた。その甲斐あって早々に、自身がレオナルドを滅する手段を持ち合わせているという確信を得た。


「死んでも生まれ変わるなら、生まれ変わる前の状態で固定すれば良い」


 ウェウリンは右手に魔力を集中させて白氷の槍を生み出した。槍を掴んだ手を後ろに引き、足を前後に開いて投擲の体勢を取る。


「お前の死を真なるものとする槍の名は……」


 レオナルドも黙っているわけではない。これまでの経験を基に最適化された動きでウェウリンとの間合を詰める。しかしそれはあくまで()()()()()()()でしかなく、故に未経験の技は考慮されない。

 そして適応したということは、その性質を逆手に取れるということでもある。だからこそウェウリンは床から氷柱を生やして初対面同様、レオナルドを貫こうとした。

 絶対に避けられないタイミングで伸びてきた氷柱が、頭部を串刺しにしようとして、その先端を掴まれる。同時に脚へと力を込めて跳躍。氷柱が伸びる勢いも乗せてレオナルドはウェウリンに飛びかかった。

 レオナルドは氷柱を回避した。否、回避させられてしまった。


不解凍(とけず)の静塊」


 本能的に触れてはいけないものだと判断したのであろう、投擲された白氷の槍を尚も避けようと身を捩ろうとし、されどレオナルドの胸部は刺し貫かれた。

 反射で掴んだ槍を引き抜こうとして、その手から力が失われる。槍に込められた魔力が氷の牢獄へと変じて閉じ込めた。

 牢獄の中は不変の理に支配されており、未来永劫に渡って状態が固定される。よってここにレオナルドの死は確定された。それを覆すには氷が解けるのを待つしかなく、そしてこの氷は不解凍のだから。


「そ、そんなのありぃ?」


「次はお前の番だ」


「そうはならないわよ!時間は十分稼げたもの。これでもくらいなさい!」


 レオナルドの影に隠れて術を用意していたミステリアスは、不敵な笑みを浮かべて、それを発動した。

 ウェウリンの視界が、いや空間そのものが歪む。湾曲する直線、波打つ平面、発揮された術が空間を拡張し、造り変えていく。


「異界創造・大迷宮(だいめいきゅう)


 その宣言と共に完成された異界は、それまでの大廊下と変化が内容に見えた。しかしウェウリンの魔力感知能力が、そこかしこに仕掛けられた悪意ある魔力を見つけ出す。


「気がついたみたいね。私が掌握したこの空間に、私は自由に罠を仕掛けられる。私がそこに罠があると認識すれば、その瞬間に設置されるのよ」


 余程、自信があるのだろう。その声には勝利の確信が込められていた。

 厄介な能力であるとウェウリンは思う。しかしレオナルド同様、彼女にとってはその程度でしかない。消耗を抑える戦いを放棄すれば、たったそれだけで、彼女はあらゆるものを凌駕することが出来る。


「仕方あるまい、ここから先は温存よりも時間を取ることにしよう」


「どうして余裕でいられるわけ?少しは焦りなさい!」


「余裕だからだ。時にミステリアス……」


「な、何かしら?」


「敵のテリトリーに対抗する最も単純で明快な手段は何だと思う?」


「はあ?いきなりなんなのよ?」


「答えは簡単。こちらもテリトリーを展開すればいい」


 異界に対抗するための心象顕現。ほんのひと握りの魔技師だけが届く至高の領域は、だからこそ有効な手段を足り得る。

 ウェウリンの心象風景が急速に広がりを見せる中、ミステリアスは意図を理解し、狼狽する間も無く対応を余儀なくされた。広がり続ける敵のテリトリーに対し、ミステリアスが取った手段は同じくテリトリーの拡張。

 異界創造・大迷宮は、その性質上、魔力の許す限り空間を拡張し続けることが出来る。ミステリアスは本来なら罠を設置する分の魔力も総動員して、拡張を続けた。


「このっ、バケモノめ!」


 しかしどれだけ拡張を続けてもウェウリンの心象風景もまたついてくる。混沌教女幹部ミステリアスの孤独な戦いが始まった。




 ノームは誰もいない大回廊に到達した。

 ウェウリンの魔力の痕跡を辿ることは、彼女に隠す意図が無い以上容易く、それほど労せずして追いつくことが出来た。


「それにしても派手にやったなぁ、あの人」


 独りごちるのも無理はない。

 普通の魔技師なら命を対価にしても実現し得ない心象風景の大規模展開。それからさらに通り道全てを凍てつかせて進む彼女は、魔技師の頂点である紫位に相応しい化け物だとノームは思う。


「さてと、不自然に魔力が途切れている以上は、この場で何かあったと見るべきか。こりゃあ、今まで以上に気を引き締めて行きますかね」


 と意気込んだノームの目の前で空間が割れた。

 それは異形を滅した時、異界が崩壊する様と瓜二つだった。さらに誰もいなかったはずの大回廊に現れた2人、そのうちの片方を認識したノームは大方の経緯を察する。


「今度は何をやったんです?」


 ノームの問いかけにウェウリンは背を向けたまま答えた。


「相手の異界を私の心象顕現で塗り潰してやった」


「また無茶なことを……」


「ふっ、ふざ、ふざけんじゃないわよっっ」


 ウェウリンと対峙するもうひとり。喪服に身を包み、顔を黒いベールで隠した女。言わずと知れたミステリアスが金切り声を上げてウェウリンを糾弾した。


「なんで広がり続ける異界に後出しで追いつけるのよ意味わかんないわよ!」


 肩を怒らせて、呼吸は荒く、力を絞り尽くしたのかミステリアスは、その場にへなへなと座り込む。


「意味、わかんないわよぉ……」


 ノームはミステリアスへ同情の眼差しを向けた後、ウェウリンにどうするか尋ねる。恐らく敵の幹部だと思われる女だ。放置することはないと予想しつつ、ウェウリンの口にした回答は、予想に違わないものだった。


「今は時間が惜しい。氷漬けにしておく」


 ウェウリンの氷を使った魔技は封術の側面を持ち合わせている。つまり氷に閉じ込めておいて、全てが終わった後に生きていれば情報源にするという意図が伺えた。

 了解の意を示したノームだが、ミステリアスが足先から首元まで氷漬けになった辺り、不意に彼女の素顔を隠すベールを捲る。好奇心に勝てなかったノームが見たものは、果たして無貌の輪郭のみだった。


「顔が、ない」


「さもありなん。その女は異形だ」


「なるほど」


 何もない顔を器用に歪めながら、ミステリアスを覆う氷は閉じられた。


「ノーム。お前は支部長が寄越した支援だと考えているが合っているか?」


「察しのいいことで。合ってます」


「よし、先を急ぐぞ」


 氷塊を残して、先の見えない大回廊を2人は進む。

読んでくださった方々ありがとうございます。

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