57 為念
お待たせしました。
心象顕現。
それは魔技における究極奥義である。
魂の内側には世界が広がっている。所謂、心象風景と表現されるそれは、普段は完全に閉ざされた個人の内に秘められ、同じものはひとつとして存在し得ない固有のもの。
その心象風景を知覚することは極めて難しく、だからこそ知覚出来た魔技師は心象風景の具現化へと至る。現実に心象を反映し、世界を作り変え、空間ごと掌握する。
当然、軽々しく使える技ではない。使用には膨大な魔力と限りない集中力を要する。
「そこにいたのか」
「なんだ、これ」
「あ、ありえないわ」
自分を取り囲む氷像を砕きながら、姿の見えなかった2人の声の主へとウェウリンは近づいて行く。
声の主は瓜二つの容姿をしていた。男の子と女の子の双子である。歳の頃はジンと同じくらいだった。
「来るな!」
「来ないで!」
双子は震えていた。
寒さだけが原因ではない。生物の本能とでも言うべき根源からの震え。
ウェウリンが一歩を踏み出すたびに、双子の肉体は末端から凍りついていく。ウェウリンに近づけば近いほど、ウェウリンが近づけば近づくほど冷気は強くなり、双子が氷像と化すまでの時間は短くなる。
「雪は停滞を。氷は永遠を。死は安寧を」
ウェウリンが双子の頬を撫でる。
既に体の表面の感覚が失くなっていた双子は顔を引き攣らせながら、それを死神に撫でられたのだと錯覚した。そしてついに足の先から頭の天辺、それから身体の芯まで凍りついてしまった。
ウェウリンの心象顕現『雪雪凍孤獄』に囚われたものは、停滞した世界で永遠の安寧を享受する。それは状態の固定化であり、一切の変化を拒絶することでもある。
まず雪には魔力の流れを鈍くする作用がある。魔力を操作しようとしても魔力の流れは遅くなり、暫くすると完全に操作を受け付けなくなる。これが停滞である。
次に訪れるのは永遠、つまり氷だ。
雪が魔力を縛るなら、氷は肉体を縛る。
氷に覆われた部分は動かせず、氷に包まれた存在はそのままの姿で固定されてしまう。完全に凍りつくまでの速度は冷気の強さに依存する。また、ウェウリンに近いほど冷気は強くなる。つまりウェウリンに近いほど速く凍りついてしまい、やがてそのまま緩やかな死を迎えることになる。
恐るべきはその範囲か。
今回は連盟支部が張った半径数百メートルの結界内全てが対象だったわけだが、もしも結界がなければメモレクサスの街ひとつがそのまま雪と氷に閉ざされていたのだから。
「さて行くとするか」
ウェウリンが指を鳴らすと、全ての氷像が自壊した。異形も双子も粉々に破砕されて吹雪の中に消える。それを確認すると同時に心象顕現も解除された。後にはウェウリンを除いて誰もいない。ただ一面の銀世界だけがそこには広がっていた。
信者たちがぞろぞろと出てきた扉を、今度はウェウリンが開けて教会へと入り込む。教会の中は人の気配が皆無だった。中にいた信者たちが総出でウェウリンを出迎えたと考えれば不思議でもなんでもなかったが。
広いエントランスには2階への階段があったが、ウェウリンはそれを無視して、まずは1階を虱潰しに探すことにした。続けて2階を探す。しかしジンは見つからない。
広い部屋が軒並み礼拝室となっていて、小さい部屋は休憩室、あとはトイレと教祖の私室くらいのものだった。教祖の私室も大したものはなく、精々が悪趣味な偶像が飾り立てられていた程度である。
ウェウリンは一度、大礼拝室に戻ることにした。教会内で一番大きい部屋には崇拝の対象である偶像が安置されており、偶像は教祖の私室以外だとここにしかない。
何かあるならここだろうと半ば勘に頼って戻ってきたウェウリンだが、彼女の勘は当たっていたらしい。
偶像が祀られていた台座の周りの床は、よく見ると擦れた跡がついていた。手に力を込めると案の定、台座は動き、そこには地下への階段が出現していた。
「待っていろジン、今助ける」
ウェウリンは冷気と共に教会の地下へと降りて行った。
結界を張っていた連盟支部の魔技師たちは愕然としていた。結界内部で猛吹雪が荒れ狂ったかと思えば、それが突然止み、クリアになった視界に映ったのが氷と雪に閉ざされた一面の銀世界である。
これが1人の人間によって成されたというのが俄かには信じ難く、しかし信じないわけにもいかない。その場にいた全ての魔技師は畏敬の念を覚えずにはいられなかった。
「これが紫位の力?」
「災害じゃねーか……」
もはや支部長の決定に不満を述べる人間はおらず、むしろ支部長の迅速な決断と対応は英断であったのだと認めていた。
もしも結界を張るのが遅れていたら、そう考えるだけで魔技師たちは身震いする。そしてそれは支部長も同じであった。彼が最も恐れていたし、今は最も安堵している。
「範囲内の人間の避難が間に合って本当によかった」
周辺の住民には爆発の危険があるとして退去して貰っている。勿論それは嘘であるが、爆発よりも命に関わる以上は致し方ない。
支部長は結界内の惨状を眺めながら思う。
嫌な予感がする、と。
こういう時の嫌な予感ほどよく当たるものだ。決して軽視してはいけない。少なくとも支部長はそう思っており、だからこそ打てる手は打っておくことにした。
「……万が一はないと思うが、頼めるか?」
ウェウリンがジンを助け出したとして、そのあと脱出するのを手助けする。そのための支援要員として支部長は直属の部下を1人、結界内へと向かわせることにした。
「んー、まあ、やるだけやってみますかね」
肩をすくめた男、ジンやウェウリンとも縁のある黒位魔技師ノームは、支部長の指示で一時的に結界へと空けられた穴から内部に侵入する。すぐさま結界の穴を閉じるように指示を出しながら、支部長は嫌な予感が杞憂であることを願うのだった。
読んでくださった方々ありがとうございます。
ノームおじさん再登場の巻。




