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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第3章 追い求めた真実が望んだものとは限らない
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56 雪雪

お待たせしました。

 四方から光の柱が伸び、結界が構築されたのを確認したウェウリンは混沌教の教会、その敷地内へと足を踏み入れた。


 アイリーンを通じて連盟支部に持ち込まれたウェウリンからの要請は、支部長の独断によって恙無く受理され、迅速な対応を可能としたのだった。

 当然、連盟支部内部からの反発はある。しかしその程度の問題とは比べ物にならない災害が迫っていることを支部長は知っていた。本気で怒ったウェウリンを見たのは支部長をしてただの一度きり。その時の被害は想像を絶するほどだった。

 街ひとつが文字通り氷に閉ざされたと言えば通じるだろうか。そのような事態を未然に防ぐために支部長は奔走した。

 とはいえ部下の大半は懐疑的であった。支部長の心配し過ぎだと侮っている。それが大きな過ちであり、支部長の判断こそがメモレクサスを守ったのだと、結界を張った数分後に彼らは思い知ることになる。


 視点はウェウリンに戻る。

 敷地内に足を踏み入れた彼女を出迎えたのは混沌教の信者たちだった。彼らは教会の玄関を開くとぞろぞろと外に溢れ出す。皆一様にぎこちなく、どこか様子がおかしい。目線は曖昧でどこを見ているかさえ定かでない。

 信者たちがウェウリンを包囲するように動く。距離を空けて円形に囲む意図は攻撃のためではなく、行動を封じることにあるとウェウリンは読んでいた。

 特に手を出すでもなく様子を見ていると、どこからともなく声が響く。それは1人のものではなく、幼い男のものであり、また幼い女のものである。


「司祭様の言う通りだった」


「司祭様の言う通りよ」


「のこのこやってきて馬鹿みたいだ」


「のこのこやってきて馬鹿みたいね」


 神経を逆撫でするような人を小馬鹿にした笑い声の主が命令する。


「さあ、お前たち……」


「さあ、あなたたち……」


「その女を殺せ」


「その女を殺して」


 声を合図にして信者が襲いかかる。

 幽鬼のような足取りでウェウリンに近づいた信者は緩慢な動作で腕を振り上げる。攻撃にしては当てる気のない動き、素人ならその程度と断じようとして、ウェウリンは大きく上体を仰け反らせることで回避する。


「やってくれる。つくづく趣味の悪い」


 ウェウリンの眼前に迫るソレは、とても人間の体の一部には見えない代物だった。黒い甲殻に覆われた触肢は虫の持つものに近い。

 僅かにでも侮りの気持ちがあれば、大袈裟にも思える回避をすることなく、衣服の下から飛び出した鋭利な尖端に貫かれていたはずだ。致命傷は避けられても負傷は免れなかったに違いない。

 触肢が戻り、信者の表面がぼこぼこと泡立つ。3対6本の触肢によって衣服は弾け、その下で鈍く光る黒い甲殻が露わになる。人間の脚で屹立し、腕はなく、頭部は複眼のない鋏角へと変形していた。

 二足歩行する甲虫と呼ぶに相応しいその姿は、まさしく異形である。


「残念だが滅しよう。救えない」


 異形が吠え、6本ある触肢を開いて飛びかかる。棘のある触肢によってウェウリンを抱き竦めた次の瞬間、異形は氷像と化す。その大顎でウェウリンの頭を潰そうとした矢先のことであった。

 氷像が砕け散り、氷の粒子が舞う。光を反射して煌めく中、ウェウリンは白い息を吐き出した。気温は急激に下がり始めていた。


「一体ではないな。面倒だがかかってこい」


 1人の変態を呼び水にして、いくつもの呻き声が上がる。先ほど目の前で起きた異形化が別所でも進行中なのだろう。散発的に襲ってくる信者を死なない程度にいなしながら、ウェウリンはそんなことを考えていた。

 襲いくる信者、信者、異形、信者、異形、信者信者信者……人間は殺さず、異形だけを的確に滅していく。


「このままじゃ殺せないなー」


「殺せないねー」


 このまま時間だけが過ぎて行くことを良しとしない2つの声が命令する。


「それじゃあ、やっちゃおうか」


「いいねいいね、いくよ……せーの」


「解放せよ」


「解放せよ」


 言葉が浸透した信者から変貌を遂げる。

 異形は信者の中に紛れていたのではない。信者こそ異形であり、異形こそ信者だった。混沌教の教義を知っていれば、この悍ましい光景こそ、彼らが自ら望んだ結果だと分かろうというものだ。

 どれだけの数の異形がいるのか。数える気も起きないほど無数の異形に囲まれた窮地にあって、しかしてウェウリンに焦りの色は欠片もない。当人は、むしろこの状況を歓迎している節さえあった。


「あまりにも幼稚だ。私が態々、1人ずつ相手にしていた意味を考えれば、これが愚策だと分かりそうなものだが……私としてはやりやすくなって助かるがね?」


「なに?」


「どういうこと?」


「こういうことだ」


 ウェウリンが柏手を打つ。


「心象顕現、『雪雪凍孤獄(せつせつここごく)』」


 この時を以って結界内部は、氷雪吹き荒ぶ極寒の領域へと塗り替えられた。

読んでくださった方々ありがとうございます。


前章で異形が使った異界創造。

そして今回ウェウリンが使った心象顕現。

どちらも本質的には同等のものです。

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