54 憤怒
お待たせしました。
ジンが混沌教会地下に捕えられてから数日後、ウェウリンの下に1通の手紙が届いた。
手紙は郵政局の人間からアイリーンが受け取り、彼女の手によってウェウリンへと手渡される。
「ふふふふっ……」
ペーパーナイフを使って封筒の中身を取り出したウェウリンは、その内容に目を通して冷たい笑みを浮かべた。しかし目は笑っていないばかりか、室温まで下がり始めている。
それを側で見ていたアイリーンには、それがウェウリンの激怒している証拠だと分かった。そしてそこまでウェウリンを怒らせる手紙の内容に好奇心と畏敬の念が生まれる。
ウェウリンが激怒したのは過去に2回だけだ。1度目はまだ彼女が幼い頃、亡くなった両親を馬鹿にされた時。そして2度目は彼女が紫位魔技師になるきっかけとなる事件でのことだった。事件の詳細は割愛する。
さて今回はどんな理由で怒っているのか。それをアイリーンが尋ねるより先に、ウェウリンによってアイリーンの眼前に手紙が突きつけられる。
「読め」
いいから読めと言わんばかりの態度に促されるままアイリーンは手紙へと目を通していく。読み進めていくとアイリーンの胸の内にも沸々と怒りが湧いてきた。
震える手でウェウリンに手紙を返しながら、アイリーンは信じられない気持ちでいっぱいだった。それと同時に、もし手紙の内容が真実ならば許せないとも。
「すぐにジンくんの家へ確認に向かいます」
「落ち着け」
「お嬢様は連盟支部の方へ確認を……」
「落ち着けと言っている」
ウェウリンの纏う空気が極寒のものに変わっている。彼女の発する魔力によって室温は既に零度を下回った。
アイリーンは白い息を吐きながら、冷静さを欠いたことを内省しつつ、主人の怒りの深さが予想よりも遥かに深いことを察した。
「申し訳ありません」
「構わん。気持ちは同じだ。だからこそまず状況を整理しよう」
「はい。そうですね、手紙の要点は2つでしょう。1.混沌教がジンくんを誘拐したこと。2.解放の条件はお嬢様……ウェウリン様が単身で混沌教の教会に赴くこと」
「その通り。そして恐らく手紙の内容に嘘はない」
ウェウリンが本気で魔力を感知しようとした場合、メモレクサスの街が丸ごと範囲に入る。普段は自身を中心に半径100メートルに感知を働かせているが、これは膨大な範囲を感知し続けることに意味がないからだ。
膨大な範囲を感知すれば、それだけ無駄な情報も多くなり、必然的に情報の精査に手間がかかる。普段の生活で必要なのはある程度の警戒なので、それだけ無駄な労力を抱える意味はないのだった。
ちなみに普通の魔技師は半径100メートルの範囲を常に感知できない。精々が手の届く範囲だろう。意識してようやく10〜20メートル程度、青位魔技師の中で感知が得意なものでやっと並べるかどうかというところ。
いずれにせよ。その恐るべき感知能力によってジンの魔力を探し出そうとしたウェウリンだが、結果としてそれは失敗に終わった。
「ジンの魔力が感じられない」
ジンを見つけることには失敗したが、それはそれで分かることもある。
「ジンが街を離れている可能性は?」
「ない。そういった任務を受けているという話は聞いていないし、彼には他に身寄りもない。さらにジンの生活を考えればメモレクサスを離れたとは考えにくい」
「では残る可能性は……」
「魔力を封じ込められている、か」
魔技には封術という技法がある。
六術のひとつである封術は魔力を遮断したり、鈍らせたりして魔技を制限、あるいは封じることができる。
今回、混沌教はジンが魔技を使えないようにした。これは魔技を使っての逃亡を未然に阻止するための措置だったが、それによって逆にジンの身に何かあったのだとウェウリンとアイリーンは確信を得ることができた。
「アイリーン。ジンの家を確認した後、手紙を持って連盟支部へと向かい、支部長に状況の説明を頼みたい」
「それは構いませんが……お嬢様、まさか」
「私はジンを救出する」
「そんな!確かに手紙には1人で来るようにとありましたが、なにも本当に1人で行かなくても……それに連盟支部に協力を要請してからでも遅くはっ」
「勘違いするな」
アイリーンは息を呑んだ。
ウェウリンの浮かべる壮絶な笑顔に、ではない。そもそもウェウリンは既に笑顔など浮かべていない。能面のように感情のない表情筋の死んだ顔をしている。あるいは氷の彫像のようだとも言えるかもしれない。
「これは報復だ。私は彼奴等に報いを与えねば気が収まらない。私の愛弟子を、私の家族を傷つけたなどと抜かすふざけた連中を皆殺しにしなければならない。手加減をする必要は一切ない。つまり私の我儘に巻き込まれて死ぬ人間を用意する必要もない」
「承知、しました。では支部長には封術による結界を張る人員を要請しましょう。敵を逃さず、被害が波及しないように」
「助かる。あとは任せた」
「いってらっしゃいませ」
ウェウリンが部屋を出て行くと室温が元に戻る。アイリーンは寒さに凍えた体を自分で抱きしめながら、主人が去った扉の方を心配そうな眼差しで見ていた。
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