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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第3章 追い求めた真実が望んだものとは限らない
54/94

52 教会

お待たせしました。

 ジンは街を歩いていた。

 誰かを連れているわけでもなく、また誰かに行き先を伝えたわけでもなく、ただひとりで街を歩いていた。

 その足取りに迷いはない。

 向かうのは混沌教の教会である。


 待望の手がかりを得たことで焦る気持ちとは裏腹に、ジンは慎重な手順で事前調査を進めていた。相手はカルト教団めいた新興宗教団体である。その点だけを見ても調査は難しいものになることが予見された。

 しかしこれは意外に思われるかもしれないが、混沌教には熱心に布教活動をする信者が多く、そんな彼らに話を聞くだけで、その教義と教会の場所、そして彼らの崇拝する神の姿形だけは容易に突き止めることができた。


 目的は偵察である。

 実際にその目で教会を確認するだけだ。内部に侵入して探りを入れるのは、もう少し先にする予定だった。言うなれば前準備の段階に含まれるのが今回の偵察となる。

 ただの様子見とはいえ何があるか分からない。そのため刀を持ってきている。さすがに白昼堂々と帯刀するわけにもいかないので、上着で隠すように目立たなくしてあった。


 そうこうするうちに教会が見えてくる。

 混沌教の教会は路地の少し奥まったところにあった。周囲を建物に囲まれていながら、しかし日陰に閉ざされてはいない。ジンが背の高い鉄柵越しに教会を仰ぎ見ると、教会と聞いてイメージしていた外観とは随分かけ離れた見た目をしていた。

 尖塔に鐘楼が付いているようなものをジンは考えていたが、目の前の建物は四角い箱型である。恐らく会館として利用されていたものをそのまま流用しているのではないだろうか。尤も集会という意味でなら現在も利用されていると言える。


 信者の出入りこそ確認できなかったが、そろそろ偵察を切り上げようとしたその時、ジンは金縛りにでもあったかのように動けなくなった。まるで自分の周りの空気ごと押し固められたような圧迫感に息が苦しくなる。


「こそこそと嗅ぎ回っているから何者かと思えば、探す手間が省けた」


 近寄ってくる人影は、ジェットがガントと呼んでいた老人だった。


「あの方の命令に従い、お前を捕らえる。安心しろ。殺しはせん」


 老人から放たれる威圧感は実力の差を如実に伝えていた。怖気づきそうになる心を奮い立たせて、ジンは体の制御を取り戻すと刀を抜いた。捕まるわけにはいかなかった。

 何も勝つ必要はない。この場から逃れられればジンの戦略的勝利が決定する。

 ジンの様子を眺めていたガントは何かを期待するように言った。


「ほう、俺を前にして戦う意志があるとはな。面白い。一太刀だ。一太刀だけ受けてやる。全力を出してみろ」


 挑発そのものである文句に乗るジンではないが、この場では全力を出すのが最善のに思われた。なんとか隙を作り出して逃げるためにも、この一撃で全てを決するつもりで刀を振るわねばならない。

 深く息を吐き出し、緊張と脱力の狭間にジンは立つ。

 最も力のこもる大上段からの袈裟斬り。

 イメージを明確に描き出して軽やかに一歩を踏み出す。

 距離は瞬く間に詰まり、ジンは持てる力と技、そして魔力。それら全てを注ぎ込んだ紛れもない全力の一太刀を浴びせかけんと刀を振り抜いた。


「少しは骨のある奴かと思ったが、期待はずれもいいところだな」


 ガントの顔に読み取れるのは間違いなく落胆だった。

 ジンの斬撃は老人の体に如何ほどの痛痒も与えてはおらず、切り裂いたのは僅かに衣服のみ。振り抜いた刀はガントの表皮に触れた瞬間、中程からポッキリと折れ、切先は宙を舞ってジンの背後の地面に突き立った。

 あまりの驚愕にジンは一瞬だけ硬直してしまった。そしてその隙を逃すガントではない。彼は宣言通りジンを捉えるために動き始める。


「しまった……!」


 ガントがジンに右手を翳し、その手を握り込む。ただそれだけで彼は周りの空間ごとジンの身動きを封じてしまった。さらに強く握り込めばジンは息もできなくなり、そのあとすぐに窒息するだろう。


「…………」


「先も言ったが殺しはせん。少しの間、大人しくしておくがいい」


 ジンは暫くの間、暗くなる視界の中でガントを睨んでいたが、やがて意識を手放す。そしてそれを確認したガントは握り拳を解いた。彼は言葉の通りジンを生きたまま捕らえるつもりでここにいる。気絶さえさせてしまえば窒息させ続ける意味はない。

 折れた刀等を回収し、ジンを担いだガントは教会に戻る。そして限られた教団員だけが立ち入ることを許される教会地下へと足を踏み込んだ。地下の通路の先、いくつかある監禁部屋のひとつにジンを放り込む。


「コイツに枷を嵌めて鎖に繋いでおけ」


 待機していた信者に指示を出すと、ガントはその場を後にした。

 混沌教の幹部として与えられている自室に赴き、ジンによって切り裂かれた上着とシャツを脱ぎ捨てる。新しい着替えを用意しようとして、そこでふと姿見が目に入った。

 鏡にはとても老齢とは思えない肉体の老人が写っている。鍛錬に鍛錬を重ねて鍛え上げられた鋼の肉体は、無駄なもの一切を削ぎ落とした筋肉、見せかけではない本物の筋肉の鎧によって覆われている。

 そうして長い時間、鏡を見ていたガントは突然、狂ったように笑い始めた。


「ふふふ、ふははは、ふぁっはっはっはっは!」


 一頻り笑い終わると獰猛な笑みを浮かべて己の肉体をなぞる。

 それは一筋の軌跡。

 肩口から脇腹にかけて走る、ほんの薄皮一枚を切った傷とも言えない切り傷である。痛みもなければ何の支障も来さない。はっきり言ってダメージにすらならず、比べるなら蚊にも劣る。そんな切り傷。

 しかしそれこそガントを愉快にさせるものの正体だった。


「どのような形であれ、俺が傷をつけられたのは何十年振りだ?あの小童、惜しいな。あと5年もあれば……いやもはや捕らえた以上は詮無きことか」


 惜しみ、悲しみ、そして次の瞬間には興味をなくす。

 このあとジンがどうなるのかを知っているからこそ、あり得たかもしれない未来に思いを馳せるのは無為なことだ。着替えが終わり部屋を出る頃には、ガントの頭にジンへの期待など微塵も残っていなかった。



 ひんやりと冷たい感触が手首を伝い、ジンの意識に覚醒を促す。重い目蓋を持ち上げると、薄暗い視界の中に見覚えのない天井がぼんやりと浮かび上がった。

 慌てて起き上がろうとして金属の擦れる音が響く。手首の冷たい感触の正体は手枷だった。手枷は鎖と繋がっている。ジンの視線が鎖を辿って壁に行き着き、そこから部屋全体へと視野が広がる。


 直方体に成形された石材を積み上げた、あるいは敷き詰めた部屋に窓は無く、家具はジンが横になっていたベッドと部屋の隅に設置された壺だけだ。部屋にある唯一の出入り口には金属の格子扉が嵌められており、その向こう側の廊下から微かな灯りが漏れている。しかし格子扉には当然のように鍵がかけられており、開きそうもない。


 ジンはまるで独房のようだと思った。自分は囚人だとも。それは間違いではないのだろう。無機質に完成された殺風景と閉塞感が、ジンに囚われの身であることを自覚させた。

 もう一度ベッドに腰掛け、記憶の確かなところを探ることにした。

 自分の名前、生い立ちは思い出せる。自分が何を求めて教会へ偵察に来たのかも、そしてその末路も思い出せた。

 ジンは自らの迂闊さを嘆きながらも、今度は此処が何処なのかを考える。

 恐らくここは教会で、その地下にある一室なのだろうと推測するのは、ある意味では当然の帰結だと言える。つまり次に考えるべきは如何にして脱出するかであった。


 出入り口が施錠されている以上、脱出は困難だ。あるいは魔技が使えれば鍵を壊すことも考えられたが、どういうわけか魔力が上手く操作出来ない。何か細工をされたのは明白であり、今のジンは一般人と変わらない肉体強度しかなかった。

 ジンは早々に脱出を諦めることにした。少なくとも今は大人しくするべきだと判断したのは冷静である証だ。脱出するにしても格子扉の施錠が解かれる機会を伺うなど、何かしらの工夫を必要とする。


 かつかつと廊下を歩く靴音が反響する。

 誰か来た。

 ベッドの上で息を潜めて待っていると、やがて靴音は部屋の前で止まった。灯りに照らされたことで部屋の中へと影が伸びる。

 その何者かの手元でかちゃかちゃと音が鳴り、続いてかちゃりという音した。そして金属の格子扉が軋みながら開く。どうやら解錠されたらしい。


「目が覚めているようだな。これから君を司祭様のもとへ連れていく。何やら話をされたいそうだ。くれぐれも失礼のないように」


 声からすると男性のようだ。目深くフードを被っていて人相は窺えない。またローブを着ているために体格も分からない。ただ声には不満が感じられたことから、どうもジンのことをよく思っていないのは分かる。

 この男も信者のひとりなのだろう。

 司祭とやらが何者か知らないが、ひょっとしなくてもジンの父の仇かもしれない。もしくは母の行方を知っているか。そう考えてしまえば心中穏やかではいられない。


 いずれにせよ、この男に従って司祭に会うしか道はない。

 真実を見極める好機と捉えよう。

 そう考えを変えて、ジンはベッドの上から降りた。

読んでくださった方々ありがとうございます。

先週は風邪をひきました。寒暖差が例年以上に激しいので、皆さんも体調には気をつけてください。


2023/11/1

ジンが刀を所持しているように修正しました。また、そのあとガントに捕らえられるまでの流れを加筆しました。

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