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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
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47 不屈

お待たせしました。

 壁際に追い込まれないように立ち位置を入れ替えながら、ドラコーンは防御に徹していた。高熱の魔力を身に纏っているので攻撃を防ぐたびに、蟹手の異形へとわずかでもダメージを蓄積しているはずであった。

 異形が隙を見せればそこを突く。しかし異形の攻めも苛烈であり、その時が中々訪れない。今は捌けているが、時間が経てばそれも分からなくなる。ドラコーンが得意とする炎熱操術をもっと派手に使えればいいのだが、市街という戦場が不利に働いていた。


「ドウシタ、逃ゲテバカリデハ、我ヲ倒センゾ?」


「逃げているように見えるなら、お前の目は節穴だな」


「強ガリヲ言ウ」


 蟹手の異形が嗤っているのが分かる。

 自分が有利だと確信しているのだろう。

 それは事実ではあったが、戦況とは移ろいやすいものである。ドラコーンはそれを知っていたし、だからこそ焦がれるような時間を耐えることができた。


「何ガ可笑シイ?」


 今度はドラコーンの口元に弧を描く番だった。

 蟹手の異形が苛立ちを隠さずに問う。

 それはそうだろう。

 蟹手の異形から見れば目の前の女は防戦一方で手も足も出ず、少しでも長く生きようと足掻く哀れな獲物に過ぎないのだから。そんな獲物が笑みを浮かべれば、それを訝しんだり、あるいはそれが気に入らなかったりするのは寧ろ当然だと言える。


「気がついているか知らないが、お前の動き鈍っているぞ?」


「ナニ?」


 異形は戦いながら己の肉体へと意識を向けた。すると確かに重度の火傷を負っており、その影響で肉体の操作精度が落ちているらしかった。しかし、それもわずかなもので、戦闘に支障は認められない。

 なによりも異形である彼からすれば、火傷程度で体を動かせなくなることはない。普通の人間とは根本が違うので死が危ぶまれることだってなかった。

 だからこそ影響は軽微と断じてしまう。それが致命的な隙だと気が付かずに。


「フン、コノ程度ハ誤差ダ。コノママ何モ変ワラナイ。オ前ガ死ヌ結末モ、ナ」


「……私にとっては大きな隙だ」


 鋏を避ける動きで一歩下がる。

 それに合わせて蟹手の異形も一歩詰めようとする。その足にドラコーンは薙刀の石突きで足払いをかけた。内側から外側へ足を刈られたことでバランスを崩す。

 ここでようやくドラコーンは薙刀を構え直す好機を得た。

 中段に構えた薙刀を左右に振るい、体勢を立て直した蟹手の異形の右の鋏を強打し、その反動を利用して左の鋏も強打する。


「!?」


「これで終わりだ」


 ドラコーンの魔力が高まる。

 纏った熱が薙刀に流れ込み、刃が赤光を放つ。

 ドラコーンは薙刀を下段に持ってくると、蟹手の異形の足元に薙刀を突き出し、返した刃を力強く振り上げる。解き放たれた薙刀の魔力が天を衝いた。


昇竜熱閃(しょうりゅうねっせん)


 頭上ならば邪魔するものは何もない。

 炎熱操術の破壊力を遺憾なく発揮した一撃が、その熱量を以って異形を炭へと変えた。

 立ち昇る竜の如く、夜空を貫いた魔力の柱は程なくして立ち消えた。後には黒い物体だけが残り、焦げた異臭を放っている。

 辛くも勝利を手にしたドラコーンが吐息を漏らす。


「ふぅ……勝ったか。あとは」


 残心を解き、未だ展開されている黒い結界を見やる。


「外からは、ダメか」


 黒い結界に近づき、結界に触れようとしたが弾かれてしまう。内外を隔てる役割を持っているのだろう。どうやら侵入を許すつもりはないらしい。

 こうなってはドラコーンには手の打ちようがない。


「これは恐らく異界だろう。まさか異形受肉体が展開するとはな。よく考えれば不思議でもなんでもないのかもしれないが」


 制約なく自由に動ける異形受肉体が異界を展開できる。その危険性にはすぐに思い至っていた。できれば早急に連盟支部へと報告をする必要があることも。


「異界内の2人のこともある。ここは連盟支部に救援を要請するべきか」


 今回の任務では連盟支部から救援要請信号送信機を支給されている。これを使えば連盟支部に待機している赤位か青位の魔技師が救援に駆けつけてくれるはずだった。


「それは困るなぁ」


 ドラコーンが細長いペン状の救援要請信号送信機を取り出そうとした時、不意に頭上から若い男の声がした。咄嗟に顔を上げると屋根の上に優男が立っている。

 暗くて輪郭しか見えないが、優男の両脇には異形の気配があった。


「誰だっ」


「人に名を尋ねるときは、まず自分から名乗るものだよ。そう親に教わらなかったかな、お嬢さん?」


「生憎、屋根の上に乗っていいと教育された覚えはないな」


「はっはっは、勝気なお嬢さんだ。お淑やかなよりずっと好ましい。それでこそ躾け甲斐があるってものだよね?」


 優男の舌舐めずりを見たドラコーンの背筋に寒気が走る。屋根上から見下ろす優男が、果たして自分の脳内で何をしようと考えたのかは分からない。しかしそれが悪意と、ある種のサディスティックな趣向に基づいた利己的な考えであることは一目瞭然だった。

 異形を連れている時点で尋常ではない。最大限の警戒をしていたドラコーンだが、予想よりも危険な人物であったと認識を改める。何よりも身の危険を感じた為に。


「怖がらせてしまったかな?」


「軽蔑と嫌悪だ。それ以外にはない」


「何もせず、ただじっとしているか。それとも死ぬか。君にはそれを選んでもらうつもりだった。データの収集を邪魔されなければ、それでいいと思っていたんだ。けれど……」


 優男はそこで言葉を区切り、ドラコーンを見る。その眼差しには、もはや隠そうともしない嗜虐的な色がありありと浮かんでいた。

 優男が口を開く。聞いた者を蕩けさせるような美声で、己の醜悪さを謳う。


「予定は変更するよ。君には絶望を送ろう。その結果として君は恥辱に塗れ、無力感に苛まれ、最後には涙を流して懇願する。許してくれと。ああ、君の歪んだ顔を見るのが今から楽しみだよ」


「下衆が」


「やれ」


 待機していた2体の異形のうち1体が屋根から飛び降りる。優男が異形を従えているのが、これで確定した。ドラコーンにとっては嬉しくない情報だ、

 目の前の異形は強い。

 魚人の異形も、そして蟹手の異形も危険度で言えば中級に収まっていた。しかし目の前の異形は間違いなく上級である。

 中級と上級では強さの桁が違う。

 もしもドラコーンが万全の状態であれば、この異形に勝つ可能性もあった。だが今は蟹手の異形を倒した直後だ。つまり連戦。相性の問題で消耗させられた今のドラコーンでは勝つことが難しい。

 ここまでの戦力分析を終えたドラコーンは救援を要請する選択肢を捨てた。

 今はドラコーンを嬲る目的があるから1体しか投入していないのだろう。救援を要請する素振りを見せれば、あの優男は間違いなく阻止に動く。それはドラコーンの死という形で達成されるだろう。

 ならば生きて、少しでも時間を稼がなければならない。ジンとゲンキの安否が不明な現状、情報を握っているドラコーンが死ぬわけにはいかなかった。

 連盟支部が異常を察知して応援を寄越す。あるいはジンとゲンキが無事で、合流することができれば逃走も考えられる。希望的観測とも捉えられる、そんなか細い糸のような可能性に縋るより他はない。


「私の魂を、私の竜を!屈服させられるとは思わないことだな」


 深級に匹敵するような異形に立ち向かった彼の後ろ姿を自分に重ねて、絶望的な戦力差の中、ドラコーンは絶望的な戦いに臨む。

読んでくださった方々ありがとうございます。

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