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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
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46 異界 後編

お待たせしました。新技のオンパレード!

 触腕に弾き飛ばされたジンは水の壁に激突し、そのまま水中へと投げ出された。するとすぐに激流が身体を攫い、錐揉みしながら流されていく。

 前後左右そして上下、自分がどこを向いているかも分からない。視界は暗闇に包まれている。この激流では目を開けることもままならないのである。

 問題はそれだけではない。

 水の流れはひとつではなく、複雑に絡み合い渦巻いている。激流同士が衝突すると、その度にジンの身体は悲鳴を上げた。四肢が千切れてしまいそうなほどの痛みに堪えなければならなかった。

 そして最も懸念すべきなのは息がどれだけ保つかだった。


(2分は保たない。なんとかして水中から脱出しないと……!)


 この状況を打開する上で致命的な要素がある。それは水の流れが強すぎて身動きが取れないこと。手足はもちろんのこと身じろぎひとつできない。身体は水の流れるままに運ばれていくだけだ。

 とどのつまり刀は使えない。

 今まで窮地を救ってきた剣術は役に立たない。

 しかし本当にそうだろうか?


(まずい。息が……それに意識も……)


 頭を働かせれば、それだけエネルギーを消費する。しかし頭を働かせなければ、この窮状を脱することはできず、いずれ窒息するのは自明だった。

 必死に意識を繋ぎ止める。


(時間がない。こうなれば!)


 ここでジンは賭けに出た。

 やることは単純で、まずは刀を振らずして水を斬る。できるだけ大きく破壊すれば、水は空いた場所に流れ込むだろう。その流れに乗ればゲンキと異形が戦う空間に戻れるというわけだ。

 無論そのように上手くいく保証はない。

 そもそもとしてゲンキと異形が戦っているあの空間が、どの方向にあるのかジンには見当がつかない。

 それでもやらねばならなかった。

 失敗すれば窒息し、溺死するだろう。

 だが成功すれば?


(まだ、戦える!)


 無心一流には無剣という技がある。

 これはジンが初めて異形受肉体と遭遇した時、これを屠った技である。

 この技は本来なら魔力を刃とし、遠隔で振るって斬撃と成す。剣が無くとも斬撃を放つから無剣というわけだが魔力の操作と制御に課題があり、ゆっくりとしか振れず、威力が出せなかったのだ。

 未だに技は完成していない。

 それでもジンは無剣を使う決意をした。


(一か八かッ……!)


 全身全霊で魔力を放出する。

 魔力で刃を形作る。できるだけ長く、できるだけ大きく、できるだけ広い範囲を切り裂き、息のできる空間へと繋げるために。

 大きくすればそれだけ水の抵抗を受ける。否、魔力を放出した時点で、それらは水に流されて霧散するはずだった。しかし刃はジンと共に流れている。流れに逆らわず、沿うように、水流を切り分けながら。

 ことここに至ってジンは無思考無意識の状態だった。意識はかろうじて繋ぎ止めつつも雑念を排している。その無の極地と言える状態だからこそ、ジンは心を振るい、形のないものを捉えることができた。



 徒手空拳と触手の応酬は突如、堰を切ったように押し寄せた津波によって中断を余儀なくされた。破壊された水の壁からは、水がとめどなく溢れていた。それも壁が修復されたことですぐに治まる。

 津波の中から現れた者を見た1人と1体が声を上げる。一方は喜色を、もう一方は苦々しげに。共通するのは驚愕だろうか。


「ジン!生きてたんだな!」


「アノ激流ヲ脱スルトハ、侮ッテイタカ」


「がはっ、ごほごほっ、はぁはぁ、なんとか助かった」


 盛大に咳き込むジンに情け容赦もなく触腕が襲いかかる。呼吸も整わぬうちに叩きつけられたそれは、しかし斬り飛ばされた。


「ふぅ、危ないじゃないですか」


「ナ、ナンダト……!?」


 ジンは現在、所謂ゾーンに入ったような状態にある。

 魔力感知は冴え渡り、魔力操作と制御は精密に、魔力変化はより効率よく、魔技師として持つ全ての能力が格段に上昇していた。

 このようなことは死に瀕するような極限状態に陥った魔技師に稀ながら起こり得る。そうなった魔技師は一皮も二皮も剥けて、以前とは比べ物にならないくらい強くなる。


「ジン、お前……」


「なにか?」


「いや、なんでもねえ。今はアイツをブッ飛ばす!」


「同感です」


 警戒するあまりみすみす合流を許してしまった。迂闊に手を出せば危険だとするその心を怯えていると言わずしてなんと言おう。

 魚人の異形は、それを払拭するように咆哮を上げる。彼の周りが波立ち新たな触手が生えてくる。触手と触腕の数が倍になった。


「今度コソ、殺シテヤル。確実ニ」


「おいおい、マジか」


「僕が道を開きます。最後はゲンキさんに任せました」


「って、オイ!?」


 一番に駆け出したジンへ触手が殺到する。

 納刀状態で柄に手をかけたまま刀を抜く素振りも見せず、ジンは触手の群れに飛び込んだ。無謀にも見えた直後、弾け飛んだのは触手の方だった。


「無心一流・無剣、二刃十六陣(にはじゅうろくのじん)


 ひとつの魔力の刃が8つに分たれて合計で16枚になる。小ぶりのナイフ程度の刃が縦横無尽に空を走り、触手を捌いていく。

 まだ刀は抜いていない。

 触手の壁を抜けた先には触手の壁が待ち受けていた。さらに密度を増している。触手の数は倍に増えていた。


四刃三十二(しはさんじゅうにの)(じん)


 ジンが展開する魔力の刃も倍になる。


「小癪ナ!ダガ、コレハ防ゲマイ!」


 触手を細切れにして突破すると、もはや隙間もないくらい触手が蠢いていた。初めは8本だった触手も今では64本に、2本だった触腕は16本に増殖している。

 それでもジンの足は止まらない。

 向こうが増えるのなら、こちらも増やせばいい。ただそれだけだと言わんばかりに新たな刃を作り出す。


八刃(はっぱ)六十四陣(ろくじゅうよんのじん)!」


「馬鹿ナ!アリ得ヌ……!?」


 全ての触手がジンを覆い尽くし、それを全ての触腕が包み隠す。しかし64枚の刃が乱舞し、そのことごとくを斬り払う。

 魚人の異形はゲンキとの戦いから触手と触腕を再生させていた。そしてジンとの一連の流れでは多数の触手を再生、増殖、破壊を短時間に繰り返した。無理が祟ったと言えるだろう。触手と触腕の再生に若干のタイムラグが生まれる。隙とも言えない隙である。

 だが、ほんの少しの隙があればジンには十分だった。勿論、無理をしていたのはジンも同じ。もう魔力は殆ど使えない。事前に用意していた一振り以外は。


「無心一流・抜刀術」


 刀身が閃く。


裂空一文字(れっくういちもんじ)


 それは瞬剣、飛剣、無剣全てが合わさり絡みあう三巴の技。瞬剣の速度で刀を振るい、飛剣のように刀身から魔力を発して、無剣の要領で刃を構築する。刀の延長として振るわれた刃は薄く脆く、だからこそ最高の切れ味を発揮した。刀を振り切った瞬間、魔力の刃は崩れ、光の飛沫となって散る。


「オノレ……オノレェ…………!」


 一文字の太刀筋によって魚人は右腕、腰、左腕を切断された。上体が宙を舞い、落下しながら目の前の人間を睨みつける。

 怒り、屈辱、憎悪。

 それら負の感情の籠った眼差しは確かにジンを射抜く。だが、この戦場に立っているのはジンだけではない。あるいはジンだけに意識を注いだ時点で、魚人の異形の命運は尽きていたのかもしれない。


「喰らいやがれェ!」


「グォ!?」


 ゲンキが派手な水音を立てながら、ジンの背後より飛び出してきた。全身に纏った破気衝撃を一点に集中した結果、紫電となった凶悪な破術を周囲に撒き散らす拳を携えて、魚人の上体へと肉薄する。

 魚人は死の恐怖と生への執着に突き動かされるまま叫んだ。それは初めにして最後の魂の叫びだった。


「破ァ!」


「ヤメロォォォオオオ!!!」


 下から突き上げるように放たれた拳が魚人の腹部を抉る。ありったけの魔力が叩きつけられたことで、魚人の異形は見る間に膨張していき、最後には内側から破裂した。

 異形は下半身だけを残して跡形もなく消し飛び、血の雨が水面を打った。

読んでくださった方々ありがとうございます。

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