43 遭遇
お待たせしました。
なろう公式企画「夏のホラー2023」に短編小説を投稿しました。ホラーが苦手出ない方、興味のある方は本話の後書きに詳細を用意しましたので、そちらをご覧ください。
市中の巡回を始めて3日目。
裏路地にてドラコーンが足を止めた。
「止まれ。囲まれている」
周囲に目を巡らせても変わったものは何も見えない。それもそのはず。辺りは夜の闇に包まれていて見通すことができないのだ。
しかし視覚に頼らずに敵の位置を探る方法は、魔技師ならば誰もが心得ていた。
魔技における四奥、そのひとつ感知は、例え常闇にあっても魔力を持つものを知覚することができる。俗に魔力感知と言うこれを、ジンたちは巡回任務中、常に働かせていた。
これまでは何も引っかからなかったが、今夜は違う。ドラコーンの言葉通り、ジンたち第7班は四方を囲まれていた。
「いち、にぃ、さん、しぃ……数は8体か。ちと多くねえか?」
面倒とでも言いたげな口調のわりに、楽しげな声でゲンキが言った。
現在地でもある裏路地は、車が2台すれ違える程度には道幅が広く、戦闘に支障はなさそうだ。一方で空き家も含め家屋に囲まれているため、派手な戦闘は近隣住民を巻き込む恐れがあった。
「私は攻撃範囲が広い。だから私が前方を担当し、ジンとゲンキで後方を頼む。早く片付いた方が、援護または警戒を」
「了解しました」
「おう、やってやらぁ」
感知した魔力から、敵は異形だと全員が判断していた。そして異界に入った感覚がなかったことも共通の認識だ。つまりジンたちはこの時点で、相手が異形受肉体であることを半ば確信していた。
第7班の3人は背中合わせになって警戒を密にする。敵の位置は左右の家屋、その屋根上。それぞれ4体ずつが様子を伺っており、自分たちの存在がバレたと知るや否や、ジンたちを前後に挟む形で地面へと降りてくる。
暗がりに浮かぶ異形の姿をただひと言で言い表すとすれば、それは魚人だろう。
平均的な成人男性よりも二回りは大きい人型の体躯で、肌は所々がウロコに覆われている。側頭部に付いたぎょろりとした目には目蓋がなく瞬きをしない。鼻はのっぺりとしており、大きく開いた口には細かい牙がびっしりと生えていた。
魚人は、ずちゃりと音を立てて着地した。
魚人たちは共通して似たような外見的特徴を備えていたが、ジンとゲンキが対峙する魚人の中にはイカのような触腕を持つものが紛れている。ドラコーンが相手をする中にはカニのような爪を持つものがいるようだ。
「生臭い……」
奴らが降りてきたことで辺りに腐った生魚のような臭いが立ち込める。
「オ前タチヲ、殺ス」
「やれるもんならやってみやがれ!」
「イキガッテ、イラレルノモ、今ノウチダ」
「会話する知性があるのか!?」
異形が人語を話すことはあっても、それは怨念などに起因するものであり一方通行が原則だ。独白に近い。しかし何事にも例外はある。深級には会話する知性を持つ存在がいたことを、過去数人の魔技師が確認している。魔技師の間では有名な話だ。
だからこそゲンキは動揺してしまった。
目の前の魚人の魔力から、それほど高位の存在には感じられず、あまつさえ自身の挑発に応えるとは思わなかったからだ。
その隙を突いて魚人が襲いかかる。
暴力的な身体能力で距離を詰め、水掻きのついた拳でゲンキを殴ろうとした。
「しまっ……!」
魚人の動きに反応して体が硬直した。咄嗟の出来事に対して硬直は一瞬だったが、その一瞬が回避を不可能にする。
ゲンキは迫りくる拳と自身の間に、せめて受けるダメージは抑えようと自分の腕を割り込ませた。しかし拳が当たろうかというところで魚人は飛び退った。
「わりぃ、助かった」
「いえ、油断しないでください」
ジンが刀を抜いている。
ゲンキは先ほどの魚人の動きは、ジンの斬撃に対応したのだと理解した。そして自分に生じた隙を補ってくれたことに感謝した。もし魚人の攻撃に当たっていれば少なくないダメージを受けたことは明らかだ。
「ギギ、小癪ナ」
「行きます」
飛び退った魚人を追ってジンが駆ける。
そんな魚人を庇うように別の魚人が出てきた。ジンは構わず斬り伏せようとしたが、両腕を盾にして防御されてしまい、しかもその腕を切り落とすことさえ出来ない。刀が体表を滑り、有効な斬撃とはならなかったのだ。
ジンは目を見開きつつも冷静に後退する。
魚人は防御したまま動かなかった。追撃するつもりはないらしい。ジンがゲンキの隣まで退くと、お互いに距離が開いて仕切り直しとなり、場がわずかに膠着した。
隙を見せないように魚人を見据えながら、ジンは意識だけを刀身に向ける。刀身は濡れていた。それこそが敵の体表を刀が滑ったことへの答えだった。
「ゲンキさん気をつけてください。奴らの体表はヌメりを帯びています。特にウロコの部分は滑りやすいので注意してほしいです」
「斬れたように見えて斬れてないのはそのせいか」
「はい。ただ、次は斬ります」
「はっ!言うじゃねえか!」
ばきばきと拳を鳴らしながらゲンキは楽しそうに笑う。
「俺もうかうかしてられねえ。今度は俺から行くぜっ!」
言うが早いか、ゲンキが弾丸のような勢いで飛び出した。そこにジンの刀を防御した魚人が立ち塞がる。
ゲンキはさらに加速して、魚人の懐に潜り込むと鋭く呼気を吐き、掌底を突き出した。
「破気衝撃」
魚人の腕に触れるか触れないかのところで掌底を寸止めした。そして間も無く魚人の腕が膨張し、破裂する。ゲンキの攻撃は指向性を伴うものだったらしく、血飛沫と肉片はゲンキの前方180度に飛び散った。
「邪魔だあっ!」
さらにもう一度、今度は逆の掌底で破気衝撃を放つ。魚人の胴体の中枢へと吸い込まれた掌底は、またもや触れるか触れないかのところで寸止めされるのだが、今回も効果は絶大だった。
魚人の背中が盛り上がると程なくして破裂する。そして膝から崩れ落ちて仰向けに倒れた。すでに両腕を失っていた魚人は内臓のほとんどを破壊され、さらにそれらを体外にぶちまけたことで絶命した。
ゲンキの使う魔技は十器のうち、六術で言うところの破術に分類される。破術は魔技を破壊する魔技とも言われ、その本質は魔力の消散にある。破術が魔力に触れた瞬間、その魔力を散らし、打ち消してしまうのである。
破気衝撃は破術に基づいて練り上げた魔力を、接触箇所から送り込むことで対象を内部から破壊できる。この魔技の最も恐ろしい点は、例えば魔闘術などの魔力による防御が意味をなさないことだろう。魔力を打ち消すので、同じ破術の魔力でないと防御できない。
「ハッハァッ!」
高揚感の突き動かすままにゲンキは前へ前へと進んでいく。
魚人たちも黙って見ているわけではない。ゲンキを迎え撃とうと身構えた。その直後、1体の魚人が前傾に倒れる。みればその魚人には首がなく、傷口からどくどくと血が噴出していた。ジンの仕業だった。
ジンはゲンキが魚人を倒すのを見ると瞬動術を使って跳躍。そして家屋の壁面を足場にしてさらに跳躍し、残っていた魚人の横合いから切りかかった。
ゲンキへと意識が向いていた魚人たちはジンの接近に気がつけなかった。瞬動術による瞬き2回ほどの間に行われた高速移動によって、魚人の1体が首を刎ねられたわけだった。
「惚けてんじゃねえぞ!!!」
動揺している魚人たちにゲンキが吠える。魚人がゲンキを再認識した時には、すでに拳が繰り出される間際だった。
低空から唸るように迫る拳。
魚人も学習するようで、その拳を防ぐのではなく避けようとした。その選択は正しかったが、回避行動も含めて全てが遅すぎた。結局、首を逸らそうと微かに動かした段階で、突き上げられた拳が顎を抉り、魚人の頭部は爆発四散する。
これで残る魚人は、イカのような触腕を持つ1体だけとなった。
「少シハ、ヤルヨウダガ、我ニハ勝テヌ」
「負け惜しみか?数でも実力でも、すでにこっちが上回ってんだぜ!」
「数ハ確カニ。ダガ、実力ハ我ガ上ダ。ソレヲ示ソウ」
ジンは油断なく刀を構え、ゲンキが再び吠える。それでも余裕のある態度を、イカのような触腕を持つこの魚人は崩さなかった。それをジンは訝しんだが、ゲンキは強がりだと断じて踊りかかった。
濁った目玉に邪悪が宿り、魚人がせせら笑う。
その笑みを見た瞬間、ジンに悪寒が走った。
「オラァ!」
「待っ……!?」
ジンの静止も虚しく、ゲンキが勇み足をする。そして………………
「異界創造」
魚人を中心にして円形状に高出力の魔力が放射される。
「流流胃穢」
ジンとゲンキは成す術なく魔力の奔流に呑まれた。
読んでくださった方々ありがとうございます。
前置きにも書きましたが「夏のホラー2023」に応募する作品を、本話と並行で書いていました。そのせいで魔技師の更新が遅くなってしまいました。楽しみに待っていた方、申し訳ありません。
投稿した短編小説ですが、題名を「怪奇談・橋下鬼人」と言います。
主人公の女性の体験談という形でまとめており、作中は一人称視点で物語が進んでいきます。
不思議なおじさんとの出会い。そして橋の下に出るという鬼の話。主人公の女性は何を見たのか。
気になる方は、ぜひ読んでみてください。
それから話は変わりますが、魔技師は不定期更新でやってきました。しかし土曜日更新が多くなりそうです。というかすでに多くなってます。それでも絶対ではありません。その辺、緩くやっていきます。
今後ともよろしくお願いします。
2023/8/24追記
タコのような→イカのような
に修正。




