42 七班
お待たせしました。
前回は、いつもの倍くらいありましたが、今回は通常の分量です。
魔技師連盟メモレクサス支部は、同支部に所属する全ての魔技師へ向けて、異形受肉体の存在を明かした。それに合わせて市街を巡回する任務の常設を発表する。
この巡回任務の対象は黄位の魔技師、とりわけ優秀なものが対象だった。そしてその中には、なぜかジンも含まれている。人手不足ゆえの特例措置である。
ちなみに特例措置が適用されたのはジンだけではなく、もう1人、白位魔技師にも適用されている。そしてその魔技師はジンと同じ班に割り当てられていた。支部長の見立てとしては、両名ともに黄位以上の使い手だと判断したからこその采配だった。
さて、ジンは夜道を歩いていた。
もちろん目的もなく彷徨っているのではなくて、巡回任務の集合場所を目指している。
集合場所は、そのまま巡回の開始地点も兼ねていて、班員の3名は午前0時に集合するように決められていた。
なぜ昼間ではなく夜、それも深夜なのかといえば、それは単に目の届きにくい時間帯が深夜から明け方にかけてだからである。
日の出ている時間であれば民間の協力者、そこには一部の護憲兵も含まれるが、そういったものに任せた方が効率の面でも、人数の面でも有利だという理由があった。
「ジン。やっと来たか」
そろそろ集合場所に着きそうだというところで、その集合場所の方から誰かが声をかけてきた。暗闇に目を凝らして見ると建物の影に寄りかかった人影がある。ジンはその声に覚えがあった。
それとなく警戒をしながら近づいていく。
「ドラコーンさん、待たせましたか?」
真っ赤に燃えた長い髪を持つこの女性が、ジンの初任務に同行したのは記憶に新しい。あれから3週間ほどしか経っていないが、再会を懐かしむ気持ちをジンは抱いた。季節は完全に春へと移り変わっており、そういった目に見える時間の移ろいがそうさせたのかもしれない。
「いや私が早かっただけだ。早いついでに巡回の引き継ぎも済ませておいた。日中は異常なしだそうだ」
「そうでしたか。助かります」
「いや、気にしないでくれ。とにかく息災で何よりだ」
「初任務の後に、あんなことがありましたからね。ははは」
ジンの言う「あんなこと」が異形受肉体を示していると理解したドラコーンは呆れた様子で肩を竦ませた。
深級に届こうかという異形と対峙した直後に、今度は前代未聞の異形受肉体を発見したのだ。お前がトラブルを引き寄せているんじゃないのか、などという言葉が喉まで出かかってドラコーンはそれを飲み下す。代わりに近くの屋根に目を向けてこう言った。
「それは置いておいて、そろそろ降りてきたらどうだ?」
「ちっ、分かってやがったか」
ドラコーンの視線の先から男の声が降ってきた。音も立てずに着地する。その身のこなしだけで、青年が只者ではないと知れる。
青年の身につけている道着は、鍛錬の跡が見受けられるほど擦り切れていた。また素足に無手であることから徒手空拳で戦うのだろう。身だしなみには無頓着な様子であり、ぼさぼさの伸びた黒髪を後ろで束ねている。
青年はドラコーンを睨みつけていた。
「いつから気づいてた?」
「ここに来た時から分かっていた」
「けっ、そっちのテメェは?」
「僕も気配は感じていました。位置までは掴めなかったので、それとなく警戒することしか出来ませんでしたけど」
ジンがドラコーンに声をかけられた時、実はドラコーンとは別に、もうひとつ気配を感じ取っていた。
「俺も修行が足りねえな……」
「視線に気をつけることだな」
ドラコーンの指摘に、青年は頬をかきながら顔を背けた。ドラコーンのジトっとした眼差しを見れば、青年がドラコーンのどこを見ていたのか容易に想像がつく。
「それで、お前は何者だ?」
ため息を吐き、それでも眼差しはそのままに、ドラコーンが誰何する。青年はまるで不審者のような扱いを受けて、それを心外だとばかりに口を開いた。
「ここにいる以上、巡回任務を受けたに決まってんじゃねーか」
「そうか。私とジン、そしてお前が3人目なのか」
「おうよ。俺の名はゲンキ。職業格闘家。師に課せられた修行の一環で魔技師になった。よろしく頼むぜ!」
ニカっと笑う様子を見ると口の悪さはともかく、心根は良さそうだ。計らずとも自己紹介の流れになり、ジンとドラコーンもそれぞれ簡単に済ませる。
これで班員が集まった。
このメンバーの中では黄位と、いちばん階位の高いドラコーンをリーダーに据えて、3人は巡回任務の概要を改めて確認し合う。
「まず私たち第7班が担当するのは、メモレクサス南西地区の巡回だ」
班の番号は北から時計回りに1〜8まで順番に割り振られている。巡回を行う地域も時計塔を中心にして北地区、北東地区という調子で8区域に分けられていた。
ジンたちが担当する南西地区は、メモレクサス西部の田園地帯と南部の住宅街、その両方の特徴が混じり合う地区だった。具体的には時計塔に近づくほど建屋が多くなり、そこから離れるにつれて田畑が増える。
第7班の巡回開始地点は時計塔の聳えるメモレクサス中央寄り、整然と立ち並ぶ建物群の真っ只中。建物の影が折り重なる裏路地である。
「次に巡回ルートだが……」
そう言って懐から取り出したのは簡単な地図だった。ドラコーンは地面に広げた地図、そこに書き込まれた赤い線を指でなぞる。
「現在地から西にまっすぐ行き、田園地帯を周る。ひと通り見て周ったら、今度は南からエグプラン通りに入って北上していく。そしてこのように進んでいき……私たちは目の届きにくい主要な場所を重点的に見て回ることになるだろう」
確かに彼女が指し示したルートには、どこにも灯りとなるものがなかった。怪しい場所はしらみ潰しに見ていくことになる。南西地区は広いため骨が折れるだろう。
そして第7班が夜の街を行く。
ドラコーンを先頭にして、闇が蔓延る路地を注意深く西に進んだ。魔力感知を働かせても自分たち以外はかからない。やがて建物が疎らになり、田畑が増えてくる。
そうなると世界は暗黒に塗り潰された。ドラコーンの用意したランタンと、それから天より降り注ぐ青白い月光が仄かに照らし、世界はわずかな色を取り戻した。
暗闇は原初の恐怖を呼び起こす。
風に木の葉が揺れれば、あるいは遠くの森で獣が鳴けば、そこには何かがいるように思えてくる。些細な刺激に過敏な反応を示し、神経質に視線を彷徨わせる。
流石に魔技師の3人が、そこまで怯えることはなかったものの、それでもある程度の慎重さを持って巡回は継続されていた。
結局、初日は何も起こらなかった。
穏やかな夜の裏側にある悪意が露見しないまま、時計塔の針は着実に進んでいく。
事件が起こったのは数日後、張り詰めていた緊張の糸が緩み始めた瞬間だった。
読んでくださった方々ありがとうございます。
異形受肉体が他にもいるかもしれないということで、捜索と警戒を兼ねた巡回です。
作中では魔技師の総数を出していませんが、黄位の魔技師が一番多いのです。そして支部長は黄位の魔技師の大半を巡回任務に充てました。だいたい100人くらい。彼らの抜けた穴は他の魔技師、とりわけ赤位の魔技師が忙しなく働くことによって埋めています。
作中に出せなかった話をこういう風に後書きで補えるのは、ネット小説の利点かもしれません。




