41 集会
お待たせしました。
魔技師連盟メモレクサス支部の会議室には10人の人影があった。その中のひとり支部長が席から立ち上がり、集まった面々を見回してから口を開く。
「皆、忙しい中よく集まってくれた。感謝する」
「いえ、緊急とのことでしたから」
支部長が感謝の言葉を述べると、支部長から見て左斜め前に座る落ち着いた雰囲気の男性が、その瞳を閉じたまま応えた。声音は小さいが不思議とよく通る声だった。
彼の名前はザリュオン。
盲目でありながら青位魔技師という実力者である。
「そう緊急だ。未だかつて前例がなく、場合によっては民間人に計り知れない被害が出るかもしれん。というわけで早速、今回の議題を……」
「ちょっと待ってくれや、支部長」
支部長の話を遮ったことで、この場にいる数名がぴくりと眉を動かす。その数名に視線で問題ないことを示しながら、支部長は声を上げた彼に続きを促した。
「どうしたかな?」
そんな支部長の斜め右前に座る優男。灰色髪に、赤いジャケットという目立つ格好の彼は、苛立ちを隠そうともせず声を荒げる。
「なんでガキがいるんですか!」
そう言って優男が睨みつけたのは、この会議の末席に居る少年だった。見かけとは違う粗野な言葉遣いに怯むこともなく、その少年は優男の視線を受け止めている。少年の様子を見た会議室の面々は、その大半が感心の表情を浮かべた。
「一大事だって言うから、わざわざ任務の間を縫って駆けつけたんだ。ちゃんと説明してくれなきゃ筋が通らねえ」
優男が少年を指差し、支部長に訴える。
緊急の招集。異例の集会。それに出てみれば誰かも分からない少年がいる。優男の言葉遣いは乱暴だが、その要求は正当なものであり、現に会議室にいる全員の視線が少年へと向けられていた。
「ふむ。では自己紹介をしてもらおうか。頼むよ」
支部長の声に頷きを返すと少年は立ち、この場にいる全員に聞こえるように、はっきりと名前と肩書きを名乗った。
「白位魔技師のジンです。師匠の代理として参りました。本日はよろしくお願いしま」
ジンが言い終わるより前に会議室の机が真っ二つに割れた。机を割ったのは先ほどの優男だった。机だったものの上に彼の踵があるのをみれば、彼がどうやって机を無残な姿に変えたのか察しがつく。
優男はドスの効いた声でジンを威圧する。
「ガキが、舐めてんじゃねえぞ。馬鹿にするのも大概にしろよ。白位がこの場にいるわけねえだろうが。大体てめえ誰の弟子だ?どうせ大したことねえんだ、ぶっ壊されたくなかったら、さっさとここから失せやがれ」
「ウェウリン」
「あ?」
優男の間の抜けた声が会議室に谺した。
支部長以外の会議室にいる面々の間に一瞬の静寂が共有される。その静寂を上書くようにジンが再び発言した。
「紫位魔技師ウェウリン。あの人が僕の師匠です」
一度ならば聞き間違いもあったかもしれない。だが二度ならば間違いはない。
会議室に座した各々が、ウェウリンの名を聞いてそれぞれの反応を示した。あるものは驚きに、またあるものは羨望を、そしてまたあるものは苦々しげな顔をする。
その中で最も苛烈な反応をした者がいた。
「ぶっ壊す」
その言葉の直後に優男の姿はかき消えていた。常人には目に追えない速度で移動した彼が現れたのは、当然ジンの眼前だった。彼は右脚を振り抜いて、今にもジンの頭部を蹴り砕かんとしている。
「やめろ」
優男の蹴りが当たる寸前、ジンを庇ったのは隣に座っていた寡黙な大男だった。大きな掌で優男の脚を掴み、尋常ならざる速度で振り抜かれようとしていた右脚の勢いを完全に殺し切っている。
大男は脚を掴んだまま立ち上がり、優男を宙吊り状態にする。優男は当然大男に抗議するが、逆さまの体勢で何が出来るわけでもなく、じたばたと暴れるしかない。
「邪魔すんな、ダズ!」
「よく見ろ」
「意味わかんねえよ!」
「ジェット、ジンを見ろ」
寡黙な大男はダズ、優男はジェットと言った。
いつも寡黙なダズが珍しく自分の名前を呼んだことで、ジェットは目をぱちくりさせて驚きを露わにしながらも、彼の言葉に従ってジンの方を見やった。そこでは椅子ごと後ろに倒れたジンが起き上がるところだった。
椅子を立てたジンの手には刀が握られている。
「俺の動きが見えてたってのか?」
「そうだ」
「ちっ……」
ジンはジェットの蹴りが当たる直前、椅子ごと後ろに倒れることで回避しようとした。それだけではない。倒れながら刀を手元に手繰り、抜刀。ジェットの脚にカウンターで斬撃を見舞おうと考えていた。実際にはダズが止めたことで機会を逸したのだが。
もしジンが抜刀していたとしても、ジェットの脚が切断されることはなかっただろう。なぜならジェットを含め、この場にいる魔技師はジン以外が皆、青位魔技師なのだから。魔力への理解と魔技の練度が違う。
とはいえ白位魔技師に動きを見切られた本人は面白くない。しかし実力を示されては難癖をつけるわけにもいかず、バツが悪そうな顔で顔を背けてしまった。
ジェットが大人しくなったので、ダズもこれ以上暴れることはないだろうと判断し、掴んでいた脚を放す。逆さ吊りの状態から身を翻し、器用に足から着地する。
「…………」
ジェットは無言のまま自分の席へと戻ると支部長に向き直り、深く頭を下げた。
「支部長。騒いですいませんでした」
「謝罪は受け取ろう。しかし机を片付けないといけないね。会議は一時中断しよう。皆、隣の会議室に移動してほしい。きみ、人を呼んできてくれないかね。ここの片付けを頼みたいのだ」
支部長の指示で議事録を書いていた書記の男性が会議室を出て行った。集まった魔技師たちも隣の会議室へ移ろうと動き出す。
「おい、そこの白位」
ジンも席を立とうとしたところで、ジェットがそれを呼び止めた。
「さっきは悪かった。だがな!俺はお前を認めねえぞ。場違いなことに違いはねえんだ。立場を弁えろよ、立場をよ」
ジンが返答に迷っている間に、ジェットは会議室を出て行ってしまった。謝罪ではない何かに困惑していると、それを見守っていたダズがため息混じりに口を開く。
「すまなかったな」
「いえ、気にしてませんから。確かに僕は新人で、あの人の言ってることは正しいです。だから気にしてません」
「そうか。しかし間違ってもいる」
「そう、ですかね?」
「ああ。ジェットも根は良いヤツなんだ。でもプライドが高い。だから許せなかった。嫌わないでやってくれ」
「あ、はい」
話しすぎたなと言ってダズも行ってしまった。もしこの場に他の魔技師がいたら、ダズが話しているのを見て目を見開いたに違いない。ダズが喋るところを見たことがない人間の方が多数なのだ。中にはダズは喋れないと思っている魔技師もいる。
書記の男性が戻ってきた。後ろには何人かの職員がいる。彼らの邪魔にならないようにジンも会議室を後にした。
「さて、改めて会議を再開しよう」
10分後、書記の男性も戻ったことで準備が整ったのを見てとり、支部長がまだ始まってすらいなかった会議の再開を告げた。
「今回の議題だが……」
そこで一度言葉を区切り、支部長は会議室を見回す。皆が注目していることを確認し、支部長は続ける。
「先日、実体を持つ異形が確認された。当支部の技術開発局によって異形受肉体と名付けられたソレについて、諸君らの意見を聞き、その対策を話し合いたい」
事前に情報を得ていたのだろう。この場に驚く者はいなかった。
「まず、手元の資料を見て貰えるかな」
会議室に紙を捲る音が幾つも起こる。
ジンの前にも資料は置かれていて、そこには技術開発局が異形受肉体を調査したデータと所見が記されていた。ジンにとってはドクターから聞いた内容であり、資料は既知の情報の塊であった。
皆がひと通り資料に目を通した頃、この会議室に2人しかない女性。その片方、紫紺の髪を肩口で切り揃えた女性が手を挙げた。支部長が発言の許可を出す。
「ムラサキくん、どうぞ」
「はい。ここに白位魔技師が異形受肉体を倒したとあります。その白位魔技師とは、もしかして彼のことではありませんか?」
ムラサキと言う女性がジンへと視線を向けた。
「いかにも。奇しくもその白位魔技師は、この会議の場に出席している」
「では彼に幾つか質問をさせてください」
「私は構わないがジンくん、どうかな?」
「僕は構いません。答えられることであれば答えます」
「だ、そうだよ」
「ありがとうございます」
支部長とジン、それぞれに軽く頭を下げた後、ムラサキ女史は質問を切り出した。
「ジン殿に聞きたいのは異形受肉体についてです。実際に実物をその目で見て、何を感じましたか?」
皆の注目がジンに集まる中、当人は当時の状況を思い起こしながら、その時に何を感じたのかを正確に言い表そうと努めていた。
「僕が下水道で戦った異形、今は異形受肉体と呼称されていますが、その異形に感じたのは知性でした。しかしより強力な異形に見られるような知性ではなく、まるで獣のようだと感じました」
「獣、ですか」
「はい、獣です。腹が減ったから食う。縄張りを侵されたから攻撃する。きっと、勝てないと悟れば、あの異形は逃げたと思います」
「なるほど……強さはどうでしたか?」
少し返答に迷う。
がしゃどくろの異形よりは間違いなく弱いと断言できたが、他に何と比べるか。ジンの実戦経験は実のところ両の手で数えられる程度しかない。がしゃどくろの異形と、あともうひとつを除けば、残りは全て下級や低級の異形だった。
ジンは自身が初めて戦った異形、灰色の肉塊のような異形と異形受肉体を比べてみる。すると前者の方が強さでは上に感じた。
あの廃工場で戦った異形の強さは、中級でも上位だろうとジンは師匠から聞いている。魔技師連盟が掲げる異形の脅威度と照らし合わせてみれば、このくらいの強さだろうと当たりをつけることができた。
「恐らく単純な強さで言えば下級上位レベルだと思われます。ただ、階級に対して知性が高いことを加味すると、僕は中級相当が妥当だと判断します」
「数がいると厄介そうです。分かりました。質問に答えてくださり、ありがとうございます。私からの質問は以上です」
ムラサキ女史が席に着いた。
今のやりとりを受けて、考え込む者が多い中、盲目の青位魔技師ザリュオンがポツリと呟く。それは不思議な響きを持って全員の耳へ届いた。
「支部長の言葉の意味が分かりました」
「どういうことだよ」
すかさず口を挟んだのはジェットだ。
ザリュオンは言った。
「異例の集会を開き、わざわざ我々を集め、意見を募り、対策まで話し合わなければならない事態。ことの深刻さをようやく理解できたと、そういうことです」
「青位魔技師が全員集められるくらいだ。そんなの初めから分かってたことだろ」
「いえ、恐らく紫位の方々も招集されたはずですよ。そうですね、支部長?」
会議室に驚きが広がる。
支部長は申し訳なさそうにしながらも、ザリュオンの指摘に頷いた。
「ザリュオンくんの言う通り、紫位の魔技師も招集したのだが、1人は連絡がつかず、もう1人は忙しいと断られてしまった。最後の1人、ウェウリンに至っては知っての通りだ。本来いるべき者たちがいないことを、彼らに代わって私が謝罪する。すまない」
紫位の魔技師は、この連盟支部に3人しか所属しておらず、そのいずれも隔絶した実力を持っている。少なくとも、がしゃどくろの異形を瞬殺できる程度には強いのである。
また、紫位の魔技師は変人揃いで有名であり、支部長が謝る必要はないというのが、この会議室に集まった面々の総意であった。特にジンは自分の師匠のことなので申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「全ての青位と紫位の魔技師に招集をかけるほど、事態は逼迫しているのだと私は考えている。そしてこの考えは、連盟本部の上層部の判断とも一致している」
「具体的には何が予想されている?」
「実体があるということは、異界外にも関わらず一般人にも見えるということだ。異形受肉体が増加した場合、メモレクサスの街は大混乱に陥り、民間人にも少なくない被害が出ると予想されている」
「それは許されない」
「そうだ。だから改めて君たちの意見を聞きたい。今後の対策について」
ダズの質問に対する支部長の答え。そして異形受肉体が将来齎すであろう被害を聞き、会議室に重苦しい空気が流れる。
この場にいる人間は誰も、異形受肉体が増えないかもしれないとは考えていない。異形受肉体が人為的に生み出された可能性がある以上、そこには必ず理由が存在しているからである。その理由がなんであろうとも、放流されて既に実害が出ていた以上は楽観できるわけがなかった。
「とにかく街の人々を守らなければ。皆で知恵を出し合いましょう。これだけ人がいるんだから何か良い考えも浮かぶはずです」
そのザリュオンの言葉で再び会議は動き出し、議論が活発に交わされるようになる。そして最終的に作られた草案は、短い時間で作られたにしては中々の出来栄えだった。
まず街のシンボルでもある時計塔を中心にして、メモレクサス市街を8つのエリアに分ける。黄位の魔技師でスリーマンセルを16班作り、1つのエリアに2班振り分ける。2つの班が交互に当該エリアを巡回する。
巡回中、もしも異形受肉体を発見して手に負えなかった場合は、技術開発局が改良した救援要請信号送信器を使う。信号を受信した時点で連盟支部に常駐する赤位もしくは青位の魔技師が救援に向かう寸法だ。
「これを草案にして急ぎ協議し、近日中に対策を実施する。これにて閉会としよう。皆お疲れさま、本当にありがとう」
無事に集会は終わった。
この数日後、支部長は宣言通り、連盟支部所属の魔技師たちに異形受肉体の存在を公表し、周知させ、巡回任務を常設する。
読んでくださった方々ありがとうございます。
今回、新たにキャラクターが複数登場しましたので、この後書きではキャラクターの特徴をまとめてみます。まず支部長とジンを除いた8人の青位魔技師の内、今回で名前が明らかになったのは4人です。
盲目の男ザリュオン。
灰色の髪に赤いジャケットを着たジェット。
寡黙な大男ダズ。
そして紫紺の髪を肩口で切り揃えた女性ムラサキ。
彼らが今後どのように関わってくるのか。
青位魔技師の強さも、そのうち見せることが出来ればと思っています。




