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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
42/94

40 束間

お待たせしました。

 技術開発局製造部のカルナから連絡がないまま1週間が経とうとしていた。そろそろこちらから足を運ぶべきか。ジンが悩んでいると自宅の玄関がノックされる。


「はい、どちら様で……アイリーンさん」

「はーい、ジンくん。お久しぶりね」


 玄関扉を開けるとウェウリン邸で侍女頭をしているアイリーンが立っていた。


「最後に会ってから、まだ久しぶりというほど時間は経っていない気もしますが……」

「いいのよ、細かいことは気にしなくて。会えて嬉しいという気持ちが大事なのだから。それで今日訪問した用件は想像の通りよ。ウェウリンお嬢様が話をしたいそうなの。来てもらえるかしら?」

「今からですか?」

「ええ、そうしてもらえると助かるのだけれど」


 ジンは少しだけ考える素振りをしながら、特に問題はないと判断して頷く。カルナから近々足を運んでもらうかもしれないとは言われたが、具体的に日付を指定されなかった。それならば明日にでも行けばいいだろうというわけである。

 また、時刻は既に昼下がりであり、すぐに出かけられる程度には支度が整っていたというのも大きい。

 小首を傾げて伺うように見ていたアイリーンは、ジンが頷くと顔を綻ばせた。


「よかった。それじゃあ早速行きましょう」


 戸締まりを軽く済ませたジンは外に出る。そしてアイリーンの案内で、もはや案内の必要ない通い慣れた道を行く。

 どうしてアイリーンが毎度、ジンを迎えに来るのかといえば、それは彼女がジンに親愛の情を抱いているからに他ならない。だから別に彼女が暇なわけではない。むしろかえって忙しいとさえ言える。

 アイリーンが仕えるべき主人はウェウリンだ。

 彼女の中では何においても優先される。そこは揺るがない。

 だがその下には高低が存在する。その中でジンは賓客として、それなりに高い位置へと置かれていた。それこそアイリーン自身が自ら迎えに出向くほどには。

 それほど高い位置付けをされているとも知らず、案内のために前を歩くアイリーンの後ろ姿を視界に入れたまま、ジンは呑気に街並みを眺めていた。

 やがてウェウリン邸に近づくと態度が引き締まっていく。それは屋敷に到着してより顕著となり、ウェウリンが待つ談話室に通される頃には、緊張を越して冷や汗となって額に浮き出ていた。


「よく来たな。さあ、掛けなさい」

「……」


 ウェウリンは腕を組んでソファに掛けていた。目線だけで自分の向かいのソファをジンに勧める。

 促されるまま席に着く。

 どこからともなく2人分の紅茶がローテーブルの上、それぞれの前に供された。アイリーンの仕事だ。しかしジンには紅茶の香りを楽しむ余裕がない。

 ジンは未だかつてないプレッシャーに晒されていた。ウェウリンとの修行、特に打ち合い稽古の時とは別種のプレッシャーである。

 ちらりとウェウリンを観察しても普段通りの平静そのものに見える。しかしジンは気がついていた。このプレッシャーを発している正体がウェウリンの目であると。

 極寒の眼差しがジンを射抜いている。

 事実ウェウリンは平静さの仮面を突き破る鋭利な怒気を意図的にぶつけていた。ジンにもそれは分かっている。そして自分がそうされる心当たりもなくはなかった。恐らく刀の一件だろうと当たりをつける。

 重苦しい空気の中で行われる無言のやりとりの末、先に口を開いたのはウェウリンだった。自分が怒っている理由をジンが察していることを見抜いたウェウリンは、すでにその怒気を引っ込めている。それだけで力んでいたジンの体は幾分か楽になった。


「水臭いと思わないか?」

「刀の、ことですね」

「ああ。武器が壊れたのであれば、せめて相談するべきだった。私か、私が不在であればアイリーンにな」


 ここでジンは自身の失敗を悟った。

 自分はどれだけ師匠を心配させたのだろうと、ようやく思い至ったのである。弟子が得物を失い、それを相談にも来ないとなれば、ウェウリンが憤るのも無理はない。


「我が弟子のことだ。お世話になってばかりだから自分で何とかしようだとか、魔技師として活動を許可されて張り切ってしまったとか、大方そんなところだろう」


 思考を読んだとも言えるし、あるいはジンのことをよく理解しているとも言えた。図星だった為にジンは驚いて声が出ない。結局ただ無言で頷くことしか出来なかった。


「そして今回の件の根底にはジン、お前の抱えている焦燥がある」


 今度こそジンは大きく目を見開いた。

 その様子に目を伏せつつウェウリンは続けて言う。


「強力な武器は戦力を底上げする。あるいは刀という未知の武器、その可能性に魅せられたのかもしれない」


 以前ウェウリンに言われた忠告が、ジンの脳裏に思い出された。焦りは禁物であると。簡単に手に入る力ほど、道を踏み外しやすいものはないのだと。

 自分が焦りから新しい武器、刀に手を出そうとしていたのではないか。その問いに自信を持って首を横に振ることが、今のジンには出来なかった。師匠に相談しなかったことそのものが証明である気がしてならなかった。

 そしてなにより道を踏み外していた可能性に思いを巡らせてゾッとした。


「その様子だと分かったようだな」


 反省をしなければならない。

 人に頼るのがこれほど難しいとは思わなかった。

 どうすればいいのだろう。

 そこまで考えて、ジンは目から鱗が落ちる思いをした。初めから何も特別なことは無かったのだ。

 自分が困っている時に誰かを頼ることも、誰かに相談に乗ってもらうことも、逆に誰かに頼られてそれを助けることも、そこには何も特別なことは無かったのである。


「何か言うことは、あるか?」

「……僕は、愚かでした。自ら孤独に突き進もうとして、本当にどうしようもない弟子です。そんな自分を不甲斐なく思います。でも、だからこそ、何かあれば助けてくださいと、今なら言えます。これからも迷惑をかけますが、よろしくお願いします」


 ジンはそのままの姿勢から頭を下げた。


「今はそれでいい。自分に出来ること、出来ないことを正しく見極めることだ。ああ、それと私がジンに頼られて迷惑に思うことはないから、その点は安心して頼りなさい」

「はいっ、ありがとうございます」

「よし、これでこの話は終わりだ。頭を上げるといい。せっかくの紅茶が冷めてしまう。ああそれとアイリーン、あれを持ってきてくれ」

「承知しました。ただ今お持ちします」


 アイリーンが談話室を出て、それほど間を置かずに戻ってくる。談話室を出る時には持っていなかった手の中のもの。彼女はそれをウェウリンの前、ローテーブルの上に置いた。


「これは打刀だ。お前がカルナに頼んでいた1本だな。当初の構想に少しだけ変化を加えさせてもらった。代金は支払い済みだ。これを餞別として受け取れ」


 ウェウリンは右手で、刀の鞘の中程を掴み上げ、ジンに差し出した。


「受け取れません。僕にはその資格がない」

「師の顔に泥を塗る気か?」

「いえ、そんなつもりは」

「なら、ここは私の顔を立てて受け取ることだ」


 初めジンは固辞しようとしたが、相手は師匠である。私の顔を立てろと言われれば刀を受け取るしかなかった。


「……分かりました。ありがたく受け取ります」

「そうしてくれると私としても嬉しい」


 また武器が破損した時のために予備の武器を用立てよう。そしてそれに必要な資金を今から貯めていこう。そんな決意をしてジンは刀を受け取った。

 ずっしりとした重さが両手にかかる。

 刀を抜いてみろという師匠の言葉を受け、ジンは柄に手をかける。黒塗りの鞘からゆっくりと刀身が姿を現した。70センチメートルの刀身が放つ鈍色の光沢と、刃に沿って直線的に引かれた刃文が美しい。

 これぞカルナの傑作である。

 出来の良さは勿論、円形の無骨な鍔、柄に幾重か巻き付けられた紫紺の紐の色もジンは気に入っていた。なによりも不思議と手に馴染むのである。


「久しぶりに実践稽古といこうか。裏手の運動場に来なさい。相手をしてやろう」


 その提案にジンは一も二もなく賛成した。

 この刀に習熟するのにもってこいであり、また早くこの業物を振るってみたかったという本心もあった。そわそわしていたこともあり、ウェウリンの温かい眼差しにジンが気がつくことはなかった。

 この実践稽古から程なくして、連盟支部は集会を開いた。連盟支部に所属する主だった魔技師を招集して開いた異例の集会である。そして異例中の異例は白位にも関わらず、その場に召集されたジンの姿だった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


ついに刀が完成!

次回から話が動き出します。

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