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魔技師  作者: 檜山 紅葉
第2章 世に混沌のあらんことを
41/94

39 蠢動

お待たせしました。

 製造部中枢での用事を終えたドクターは、地下大工房に連れ去られたのだろうと当たりを付けて、そこにいるであろうジンを迎えに向かった。だが、第21番作業場に辿り着いたドクターが目撃したのは、ジンに抱きついて満面の笑みを浮かべるカルナの姿だった。


「いや、キミたち何してるの?」


 思わずといった様子で、そう呟いてしまったのも無理はないのかもしれない。

 そんなドクターの目の前では、抱擁を解いたカルナが自身の腰に片手を当てて、空いている方の手で親指を立てた拳作って自分を指し、何かを宣言するというなにやら男前な態度を披露していた。

 それにジンが頷くと、カルナが先ほどの笑みも霞むほどの笑顔を咲かせる。

 いったい何が起こっているのか。

 カルナはともかく、ジンとの付き合いは短いものの、ドクターから見た2人の性格を考えれば、それが艶っぽい話でないのは日を見るよりも明らかだった。そもそもまだジンは子供である。だから実際のところは、カルナが剣を作ってやると言い、ジンがそれを承諾したといったところだろう。

 カルナの過剰なスキンシップのせいで、一瞬でもいらない誤解をしそうになった頭を振り、気を取り直して2人に声をかける。


「やあ、2人とも」

「あ、ドクターちゃん。用事は済んだの?」

「うん。元々大した用でもなかったしね。そんなことより剣の目処は立ったのかい?」

「打刀に決まったよ。細かいところや見積もりはまだなんだけどね。アタシにできる最高のものを作ってやろうと思う」


 ドクターは先ほど2人の間で交わされたやりとりが、どうやら概ね思った通りだったことに安堵した。そして打刀というこの地域ではマイナーな武器に注目する。

 東洋の島国で発達した湾刀の一種であり、扱いの難しさから使用には熟練を要する。使い手の間では「鉄を斬れて一人前」と口伝されていることからも、非常に高い技量を求められることが分かる。


「打刀を選んだのは?」

「僕です。ドクター」

「なぜ、と聞いても?」


 それに答えたのはジンではなく、なぜかカルナだった。


「武器には意志が宿る場合があって、そういう武器は武器自身が使い手を選ぶって聞いたことがある。まだ産まれてもいない武器だけど、これからアタシが打つソレにジンは選ばれたんじゃないかな。きっとね」


 その言葉は不思議な響きを伴ってジンに受け入れられた。根拠のない確信という曖昧な感覚は容認されて納得へと置き換わる。しかしそれはジンだけだったらしい。ドクターは腑に落ちず、訝しげに口を開いた。


「そういうもの?」

「そういうもの。少なくともアタシはそう思うし、そう信じてる」


 理解はすれども納得はしていないという様子で、ひとまずドクターは頷き、それからジンに向き直って、言った。


「剣の心配がいらないのは分かったよ。それで、そもそもワタシはジンを迎えに来たのだけど、どうする?まだやるべきことが残っているなら、ワタシもそれに付き合うけど」

「えっと、カルナさんどうですか?」

「んー、今日のところは十分かな。ただ、さっきも言ったけど見積もりとかは流石にまだなのね。というわけで近々また足を運んでもらうと思うから、その辺よろしく」


 改めて見積もりと聞いたジンは少しの不安を感じていた。それは師匠であるウェウリンに相談しなかったこともあるし、なにより自分が支払える金額なのか心配だった。

 そんなジンの心配を見てとったのか。それを吹き飛ばすようにカルナは笑った。


「大丈夫だよ。いざとなったらローンも組めるし、ジンは腕もいいみたいだから、すぐ返せるって。ね、ドクターちゃん?」

「連盟支部も優秀な人材を遊ばせておく余裕はないからね。魔技師は任務に対して成功報酬が支払われるわけだし、そういう意味で言うとジンなら大丈夫だと思うよ」

「えっと、ありがとうございます」


 褒められ慣れていないジンは頭を下げ、顔を俯かせて、その恥ずかしさを読み取られないようにするしかなかった。所謂、照れ隠しであり、当然目の前の2人には筒抜けであったのだが。

 ともかく、これでこの日は解散となった。




 メモレクサスの街の明かりも疎らな深夜。所々に設置された街灯が点々と大通りを照らしていた。既に人々は寝静まり、歩道を歩く人影も、道路を走る車もない。そんな時間に闇夜の世界を見下ろす者がいた。

 その人物はメモレクサスの中央に聳え立つ時計塔の上から、メモレクサスの眠れる街並みを眺めて笑みを漏らす。これから自身が起こす行動とその結果、それらを想像して思わず滲み出てしまった、そんな笑み。そこには間違いなく嘲りと愉悦が混じっていた。

 自慢の金髪を右手で掬うようにかきあげながら、その人物は自分が信ずるところの教えを、即ち信仰を言葉にする。


「世に混沌のあらんことを」


 その声は間違いなく男の声であったが同時に美声でもあった。10人が聞いたら10人が聞き惚れるような声である。

 男は繰り返し言葉を吐き続ける。


「世に混沌のあらんことを」


 まるで水溶性を持つように言葉は闇に溶けていく。それでも構わないと言うように、男は繰り返し言葉を吐き続ける。それでも闇が飽和することはない。だから男の美声が止むこともまたなかった。


「世に混沌のあらんことを」


 予兆は既にあった。

 前代未聞の危機がすぐそこまで差し迫っている。

 しかし今は、ただ夜が更けていくばかりだった。

読んでくださった方々ありがとうございます。


今回の話を書くにあたって、過去の話をほんの少しだけ加筆しております。具体的に言うと34話ですね。どこをどのように加筆したのかについては、34話の後書きを参照してください。

2章も終盤、一体何が起こるのか。楽しみにして頂ければと思います。

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