36 主任
お待たせしました。
1周年ですが、特別なことは何もありません。
ドクターの話が終わった。
これで解散かと思われたが、そうはならなかった。ノームはジンに向き直るとジンの剣について尋ねた。
「下水道で戦った時、ジンの剣は折れちまったろう?新しい剣に当てはあるのか?」
よく手に馴染んでいた剣が折れてしまったので、ジンは新しい剣を入手する必要があった。しかし当てがなく困っていた。そこで近いうちに、師匠であるウェウリンの元を訪れて相談しようと思っていたのだった。
ジンは素直にそういった事情を話すことにした。
「そういうことならこのワタシに任せたまえよ」
すると話を聞いていたドクターが、自分の胸にトンッと拳を当ててそう言った。
彼女が自信たっぷりなのには理由がある。というのも魔技師の装備を特注で製造しているのは技術開発局だからだ。彼らが作っているのは便利アイテムだけではないのである。
「技術開発局の研究区画、つまりこのフロアの下にある製造区画には、素材加工に心血を注ぐ連中が集まっていてね。まずはそこにある製造部を案内しよう」
ドクターはさっさと研究室を出て行ってしまう。
「おじさんは行くとこがあるから、ジンだけで行ってくるといい。また何かあったら連絡する。じゃあな」
「分かりました。それではまた」
「もう何してるんだい?置いて行ってしまうよ?」
ドクターが部屋の外からひょっこりと顔を覗かせる。置いていかれては堪らないとばかりに、ジンは慌てて研究室を出た。
道すがら製造部について話をする。
「製造部の主任は気難しい男でね。自分が気に入った相手にしか武器を作らないんだよ。面倒な男だけど腕は確かでさ。製造区画っていうのは程度の差こそあれど、ああいうこだわりの強い人種が多いんだよね」
それでたまに喧嘩になるんだ、とドクターは笑って言った。それは製造部内はもちろんのこと、用件があって訪れた他の区画の局員とでさえも喧嘩になるらしい。
お互いが真に納得できるまで譲らないからこそ、良いものが生まれるのだとドクターは言う。そして、これから向かった先で仮に意見が衝突したとしても、どうか気分を害さないで欲しいとも言った。
「そういうことなら。事前に聞けてよかったです」
「ワタシは局長だからね。当然のことをしたまでだとも。あ、そうそう製造区画に着いたら私用で申し訳ないけど、初めに製造部中枢というところに行くからね。それからさっき話した主任を紹介するよ」
「分かりました。お任せします」
「うむ。さて話しているうちに着いたよ。ここが製造区画だ」
フロアの構造自体は研究区画と変わっていない。しかし同じ地下だというのに雰囲気はまるで異なる。製造区画は活気がある街のような喧騒で埋め尽くされていた。
何かを叩く音、何かを削る音、何かを切る音。
各所から聞こえてくる言い争う声は怒号のよう。
ジンは氾濫した音の洪水に思わず、その耳を塞ぎたい衝動に駆られた。しかしそれを実行に移す前に声をかけてくる者がいた。
「あれ、ドクターちゃんじゃない。どしたの?」
燻んだ赤い髪をゴールデンポニーテールに結った女性だ。作業着を身につけているが今はタンクトップ姿で、上着は腰に巻き付けてある。溌剌とした様子が印象的だった。
「製造部中枢に向かうところさ。そっちは?」
「アタシ?アタシは材料の関係で総務課と話つけてきたとこ」
お互いに相当、声を張り上げている。そうしないと会話がままならない環境であることは、ジンも身をもって知っている。
「それで、そっちの彼は誰?」
「彼はジン。彼の剣について相談があってきたんだ」
「へぇー、ドクターちゃんが直々にね」
女性はジンの顔をまじまじと見る。計らずとも胸元が強調されてしまい、ジンは目のやり場に困ってしまう。そんなことを知ってか知らずか女性は突然、ニカッと笑った。
「アタシはカルナ。よろしく!」
「えっと、僕はジンです。よろしくお願いします」
「どうせ親方に用があるんでしょ?アタシが案内したげる。ほら行くよ。着いてきて」
困惑するジンを他所に、カルナはジンの手を掴むとそのまま引っ張っていく。ジンは想像していなかった強い力に驚いた。よく見るとカルナは筋肉質であるらしい。特に露出した二の腕には逞しい筋肉がついていた。
「カルナは、これから行く製造部中枢の入室許可持ちだよ。一定の階級以上じゃないと入れないのさ。今は幹部候補ってとこかな」
「アタシなんてまだまださ。親方のがスッゴイんだから」
「親方って主任さんのことですよね。そんなに凄いんですか?」
「ああ。なんせ複数の課に分かれての分業が基本の製造部で、自分専用の鍛治工房を持ってる。青位とか紫位の魔技師の武器は大体、親方がこさえてんだから」
「本当に凄い人みたいですね」
「まっ、かなり気難しいけどね!」
やっぱり気難しいのか、とジンは思った。
製造部中枢に差しかかるとカルナが胸の谷間から許可証を取り出して、それを認証装置に挿し込んだ。それだけで製造部中枢へと繋がる扉は呆気なく開いた。
ジンはカルナに手を握られたまま、半ば引きずられるように足を踏み入れた。
製造部中枢では多くの機密が管理されている。その中には禁忌として扱われるものも多くあり、知ったが最後、組織の監視下に置かれるのなら良い方で、最悪は口封じされてしまうような情報も少なくない。
「元は技術開発局も独立した組織だったんだけどね。当時の長が秘密を抱えすぎちゃったみたいでさ。あんまりしつこく狙われるものだから、魔技師連盟の庇護を受け入れることを余儀なくされたわけ」
書棚の行列を横目に、ドクターの解説を聞きながら進む。
ここには本と聞いて連想する革で装丁された書物から巻物、ファイリングされた書類の束、変わり種としては石板や竹簡など、とにかくあらゆる記録媒体が保管されていた。
ジンはきょろきょろと物珍しげに視線を彷徨わせていたが、カルナが立ち止まったことで目的地に着いたことを悟った。
「やあ、カウコーツ主任。元気してた?」
ドクターが気さくに声をかけたのは、見るからに気難しい顔をした男だった。背丈はそれほどなく、細身で、メガネをかけている。しかし不思議と頼りない印象は受けない。
それもそのはず。その肉体は、無駄のない引き締まった筋肉によって万全に支えられていたのだ。そしてジンは、彼が漂わせる武の気配と共にそれを見抜いていた。
「ちっ、面倒なのが来たな」
わざと聞こえるように舌打ちを鳴らしたカウコーツ主任は、不本意であることを前面に押し出しながら、ドクターへと向き直った。
「面倒なのとは挨拶じゃないか」
「うるさい。俺は忙しいんだ。さっさと用件を済ませてくれ」
「親方が自分以外を優先してる……」
「黙れカルナ。余計なことを喋るな」
製造部の主任という立場でも、いや主任という立場だからこそだろうか。カウコーツ主任は、局長であるドクターを蔑ろには出来ないらしかった。
「ワタシの用件は製造部中枢自体にあって、カウコーツ主任にはないのだよ。用があるのはそっちの彼さ」
紹介しよう、と場所を譲ったドクターがジンを見た。目だけで促されるまま、ジンは簡単に――階級と名前を明かすだけだ――自己紹介をした。
「白位魔技師のジンです。以後、よろしくお願いします」
「カウコーツだ。お前の名前を覚えるつもりはない。だから俺の名前も覚えなくて結構だ」
「相変わらずだね、カウコーツ主任は。まあいいや。この男はいつもこうなんだ。ジンくん、君の用件を話すといいよ」
「分かりました。カウコーツさん、実は」
「勝手に話を進めるな」
ドクターに話せ話せと催促されるので、ジンはそれに従った。カウコーツ主任は止めようとしたが、ドクターは局長である。彼女の方が権限は上なので、ジンの判断は正しい。
とはいえ長々と話しては怒らせてしまいそうだと考えたジンは、かいつまんで話をすることにした。剣が折れてしまったので作って欲しいと伝えればいいので、要点を抑えて簡潔に話すことは難しくなかった。
話を書き終えたカウコーツ主任は、その気難しい顔をさらに気難しくさせた。眉間の皺は3本ほど増えていたかもしれない。その状態のまま、彼はジンのことを観察し始めた。
さほど時間を置かずにカウコーツ主任は口を開いた。
それは極めて明快で単純なひと言だった。
「ダメだな」
否定を込めた4文字の言葉。
ジンは数秒の時間を使って言葉の意味を噛み締めてから、カウコーツに尋ねた。
「理由を聞いてもいいですか?」
静まり返る製造部中枢の空気をカウコーツ主任の盛大な舌打ちが波立たせた。
読んでくださった方々ありがとうございます。
この作品を投稿してから1年が過ぎたのだな、と思うと感慨深いものがあります。だのに物語は中盤にも差し掛かっていません。2章が終わって中盤の想定ですが、2章が終わるまでにはあと5話分は必要かもしれません。それだって当てにはなりませんが!
それとですね、この場を借りてお礼を述べようと思います。
評価!ありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しかったです。励みになります。
あまりの驚きに飛び上がったのは内緒です。
見通しは甘々ですが、これからも今まで通り細々と書き続けていきますので、応援よろしくお願いします。




